第1章:いざ冒険へ

59.南の海岸-1|サスカー海岸-1

探索のための用意を初めてから5日が立つ。


北の森のアイアンアントの出現するあたりで3日ほど矢の素材を集め続けた後、ルクシアから南のエリアを探索している。探索を初めて二日目の昼を過ぎたあたりで、無事に南の海岸エリアのボスモンスターである、大蟹を倒すことができた。こいつも巨大猪と同じく固くて遅いモンスターであったが、巨大猪のように突進などの速い攻撃が無い代わりに、南の海岸エリアでよく出現していたロッククラブと言う蟹型のモンスターを引き連れていた。それでも大した脅威にはならなかったが。


一度街に戻ったときに思いついて買った紙をまとめただけのノートが、かなり便利だ。このエリアの探索も相当楽に進んだ。まだ全域を見れていないが、裏を返せば虱潰しに探すことなくボスエリアに到達できたとも言える。


スケッチをするときほど丁寧というわけではなく、ほんの1、2分で地形や地図をまとめておくことで、現在地やめぼしい地点を探りやすくなっているのだ。


この南のエリアが複雑に入り組んだ海岸と磯が幾重にも重なったような地形をしているため、メモのありがたさがよくわかった。


「あんまり俺の使えるアイテムはなさそうだな」


ボスモンスターだった大蟹の素材を獲得したメッセージが流れたところで、適当に拾いながら進んできたアイテムを確認する。大体どのエリアでも拾える鉱石系の素材に加えて、『水の海塩』や『朽ちた流木』、『古貝の欠片』、それに一つだけだが、『水脈の小欠片』といったアイテムが拾えた。


『水の海塩』は説明を見るに普通に使えば市販の塩とそれほど変わりがないようだ。おそらく本職で醸造や料理をしているプレイヤーであれば何かしらの活用法があるのだろうが、俺では特に活用できないだろう。


『朽ちた流木』は一見木工に使えそうだが、少なくとも強度を必要とする弓には無理そうだ。もしかすると魔法職の使う杖にあった木材として存在しているのかも知れない。


『古貝の欠片』は説明を読んだ上で細工スキルを使って特性を確認してみたが、武器や防具の装飾、それにアクセサリーぐらいにしか使えそうにない。アクセサリーにすればステータスに恩恵のあるものができるかも知れないので、これは一応取っておこうと思う。形がバラバラであるので、いくつかまとめてネックレスや腕リストバンドにするのが良いかも知れない。


『水脈の小欠片』は不思議なアイテムだ。


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水脈の小欠片 品質D- レア度:2


水のエネルギーを秘めた結晶の小さな欠片。

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説明を見るに、属性エネルギーのようなものを秘めているのだろうが、“細工”スキルでも使いみちがわからない。小さな欠片であるなら“細工”スキルで利用できるかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。もしかすると、俺の知らない特殊な加工方法があるのかも知れない。一応これはシンにあずけておきたい。なぜかはわからないが、二日間の探索で一つしか発見できていない。珍しいアイテムだったのでメモをしておいたのだが、これを発見できたのは磯の奥まった波の打ち寄せるあたりだったので、もしかすると森や岩場でも発見できていないだけで似たアイテムが有るのかも知れない。


「まあ、こんなところか」


大蟹を倒した所からすぐ近くの岩場をよじ登る。


北の森の巨大猪の戦闘エリアはそこそこ広い森だったが、大蟹と戦ったのは周囲を磯に囲まれた一種の闘技場のような地形をした砂場だった。磯の外側には海が広がっているので、そこへ行くために磯の上に登ったのだ。


インベントリやマジック・バッグから、すでにかなり出回っているであろうモンスターの素材を破棄していく。すでにインベントリの中身はいっぱいであるし、持ち帰っても売れないだろう。捨てるしか無いのだが、そのまま砂の上に捨てるのは忍びないので海へと返そうと思ったのだ。


俺が次々と海に投げ込むアイテムは、そのまま引き込まれるように水中へと消えていく。


「後は魔法陣だな」


北の森にあったのとおそらく同じ魔法陣が砂場の上にあるのを見て、周囲に見落としが無いか確認した後その上に立つ。北の森と同様に魔法陣が輝いた後視界が光に包まれ、少ししたら先程いたのとは全く違う地形になっていた。


南の海岸に広がっていたのは、複雑に重なっているとは言え代わり映えのしない砂浜と、岩ばかりの磯だった。だが今目の前に広がっているのは、南国の樹木に、それを湛える小さな島々、そしてそこに広がる砂浜と広大な海だ。複雑に入り組んだ入り江ははるか遠くまで続いているのが見て取れ、俺はそれを小高い崖の上から見下ろしている。


北の森同様に新しいエリアが広がっているのが確認できたら戻ろうと思っていたが、この景色を見てはすぐ帰る気にはなれない。


キャンバスを置いて絵の具セットを取り出し、魔力を通す。今の所まだ“絵画”スキルのレベルが上っていないが、レベル5でアクティブスキルが取得できなかったことを考えると、“絵画”スキルは純粋に絵を描くためのスキルなのかもしれない。


絵の具を調色して意識を目の前の風景に集中させる。空を含めて、島々や海の色をいくつもの色を混ぜ合わせて作りながら絵を描いていく。


やがて、目の前の風景がそのまま布地の上に現れたところで筆を止める。絵というのもおこがましい、ただ目の前の風景を写しただけのもの。だが、俺にはそれで十分だ。


「帰るか、な…」


ふと、視界の端、崖の下から手を振っている人物がいるのに気づく。目を凝らしてみると、俺が柄を手掛けた槍を持っているのが見える。ルクだ。俺より遥かに早く南側の探索をしていたルクはたどり着いて当然だろう。


俺が気づいたことに気づいたルクは、崖を迂回するようにして登ってきた。


「おっす」


「ああ」


そのままルクは、俺が描いた絵の前に立ち、俺と同じ風景を眺める。


「なかなか、ここは美しいもんだな」


「ああ。お前もここに来たときに見たんだろう?誰でも足が止まるというものだ」


俺がそう返すと、ルクはかぶりを振る。


「いやあ、俺が来たときには崖の下側だったぞ。しばらく探索しているうちに魔法陣が消えてしまってずっと戻れずに困っていたんだ」


そう言いながらルクは未だに光を弱めながらもそこにある魔法陣に目を向ける。


「どうやら、そいつはこちら側では移動するみたいだな」


「なるほど。まだそれほど使っていないからわからないが、一定の場所を周期的に移動しているのかもしれんな」


俺は常に定位置に存在してボスエリアとこちら側をつないでいるのかと思ったが、そうでもないようだ。とすると、まさにルクのように、下手にこちら側に来てしまうと戻るのが困難になる。やはりもう一度準備を整えてからだな。


「俺は一度街に戻るが、ルクはどうする?」


「俺も戻るかな。色々足りなくてな」


「じゃあ一緒に行こう。時間も遅いので戦闘はなるべく避けるがな」


「はいよ」


キャンバスをインベントリにしまい、ルクとともに再び魔法陣を越えてボスエリアを経由してルクシア南のエリアに戻る。


「そう言えば、他のプレイヤーはすでにこちら側に来ているのか?」


「一組見かけたが、食料が無いって言って撤退していったな」


「確かに、そのあたりの準備は済んでなさそうだ」


「まあ、他の奴らは野宿の用意すらしてないだろうしな」


「そのうち気づくだろう」


ルクと軽く会話しながら、街へ向かう。街に戻ったところで、ルクがよるところがあったので別行動にした。俺はいつもどおりタリアのところに向かう。使わないアイテムを良い値で買ってくれるのでありがたいのだ。ボスエリアの先に行ったときに金が役に立つかは疑問だが、アイテムをプライベートエリアに眠らせておくよりは良いだろう。


多くのプレイヤーが集っている露店郡の中を抜け、タリアの露店へと向かう。


タリアの露店に近づくと、揉めているらしき声が聞こえた。


「だから、私は独占には反対て言ってるでしょ!」


「タリア、これは別に独占なんかじゃない。僕たちのしたことに対する正当な対価だ。そのために価格を上げるのも最低限にしてる」


「またそれ?私はそれに反対だって言ってるの。わからない?」


あれやこれやと、人通りの多い中で騒いでいる。せめて場所を選んでほしいものだ。


「タリア、今日も買取を頼む」


露店の前まで行き、相手の男を睨んでいるタリアに声をかける。親しい相手と話しているなら話しかけるタイミングは気をつけるが、くだらない言い合いをしているなら気にしない。特にタリアはもう話したくなさそうな様子をしているので、割って入っても問題ないだろう。


「ああ、ムウくんちょっとまってね。そういうことだから、もう私のところには来ないで」


「…先に彼の対応をして来てくれ。その後にまた話そう」


「まったく、懲りないわね」


話を中断してこっちに来たタリアが疲れたようにため息をつく。後ろの男は、興味ない様子を装いながらも、こちらの、どちらかと言えば俺の様子を伺っている。商売敵の取引相手の情報を集めておいて、あわよくば奪ってやろうと言ったところか。


「なかなかに大変そうだな」


「無視してればいいし、それほどでもないよ」


「商売的には問題なくても、精神的に疲れるだろう」


「…まあ、ね。どうにかしたいんだけど、ここには警察もいないししょうがないよ。それより、アイテムを見せて。買い取るから」


「ああ、わかった」


どう見ても疲れているがな。タリアを仲間に引き入れたいというよりは、精神的に疲弊させたいだけにも見える。


「また随分あるね」


「2日狩り続けてたからな」


こんな会話ももう慣れたものだ。他のプレイヤーに比べていつも俺の持ってくるアイテムは多いらしい。


「俺にも見せてくれないか?」


タリアがアイテムの数や種類を確認しているのを見ていると、後ろで待っていたタリアと揉めていた男が声をかけてくる。


「何で?」


「単純な好奇心だ。君の仕入れているアイテムは希少な物が多いからね」


タリアは気に食わなそうだが、だからといって生産でもない取引を見学させてもらいたいと言われては、理由もなしに拒否するのは難しいようだ。


「別にアイテムぐらい見せてもいいだろう。それより、お前」


「何かな?」


「生産職として作るものに誇りを持っているなら、ライバルに圧なんかかけてないで作るものの価値で戦え」


「ふむ。生産職のことをよく知らない君に言われる筋合いは無いと思うけどね」


「生産職だろうと戦闘職だろうと関係ないだろう。より良いものを提供する側が評価されていくだけだ。その程度も理解せずに商売などするな。見ていて気分が悪い」


俺の言葉に、男の表情にわずかに苛立ちが浮かぶ。


「圧をかけているつもりは無いよ。これは僕たち生産職が持てる当然の権利だ」


「お前がそう思っていて主張する分には構わないが、少なくとも商売や生活の邪魔にならないようにすればいい。それぐらいはできるだろう」


俺がそう言うと、ことのほかあっさりと男は引いた。


「わかってるよ、これ以上は迷惑だっていうのは。すまないタリア。時間を取らせて」


「本当に。それぞれのやり方でやればいいでしょ。別に私達も直接あなた達の行動を止めようと思わないわ」


「君たちのやり方じゃあ…」


「おい」


俺が声を挟むと、ビクッと二人がこちらを向く。話の内容に若干腹がたったことと俺との取引を放置して言い合いされることに対するいらだちで、いつもよりドスの利いた声が出てしまった。


「…ごめんね、少し熱くなっちゃったわ」


自分に言い聞かせるようにタリアが深呼吸をする。


「別に熱くなるのは構わないが、取引が終わってからにしてくれ」


「そうね。全部で価格はこれぐらいよ」


タリアにアイテムを渡してゴールドを受け取る。


「ありがとね。またアイテムが溜まったら来て頂戴」


「しばらく旅に出る。次来るのはいつになるかわからないぞ」


「そっか。それって…」


そこまで言ってタリアが男の方を気にするように見る。新しいエリアか、と聞きたいのだろうが、他人がいる場所で聞いて俺が情報を持っていることがバレるのを懸念してくれたのだろう。


「セルク、席を外してくれない?話を聞かれたくないの」


「…人の個人的な話を聞く趣味は無い。また出直してくるよ」


そう言って男、セルクは去っていった。道理はそこそこわきまえているように思うのだが、なぜあれほどタリアに絡むのだろうか。善人のように振る舞っていて中身は自己中心的な可能性もあるが、進んで他人に害を成す人物とは思えなかった。


「やっと離れてくれたわ。ごめんね、変なとこ見せちゃって」


「別に構わない」


「それで、旅っていうのは、新しいエリアのこと?」


「そうだな。北と南、あとはおそらく東と西のエリアにボスモンスターが存在していて、それを倒すと出現する魔法陣に乗ると、おそらく全く別のエリアに行けるんだ。まだ俺自身探索は一切してないが、仲間が何人か入ってる。あとは、おそらくだが、ボスエリアの先の別エリアとは別に、それぞれのエリアに先がある気がするな」


「そう、新しいエリア、か。わくわくするわね」


「ああ。だからここ5日ぐらいはひたすら消耗品を集めててな」


ああそれから、と俺はボスエリアの先について考えていたことを伝える。


「この世界には、どうやらβテストの頃と違って転移ポータルみたいな移動手段がないらしい」


「そんな感じがするわね。それがどうかしたの?」


「俺達は自分でできるから困らないが、他の攻略組がそこに到達したときには生産職も拠点を移すか同行してやらないと、街までの往復は手間になるというだけだ」


俺の話を聞いて、タリアが一瞬真剣な顔で考え込む。


「確かに、そうなのよね。攻略組がテントとかを使って前線と街の往復を省けたとしても、アイテムの消耗とかはどうしようもない。武器だって損耗するでしょうし、そのあたりはどうにかしないと行けないと思ってたの。何かいいアイデアがあるの?」


「生産職も一緒に行けばいいんじゃないか?攻略組2~3パーティーに対して、鍛冶とか木工とか重要な生産組が1パーティーで生産アイテムをしっかり持って同行すれば、十分に消耗品ぐらいならまかなえるだろう。後は、多分そのうちプレイヤーの手で拠点が作れるんじゃないか?どういう場所なら作れるかはわからないが、石工や大工がいるなら不可能じゃないと思う」


「拠点ね~。それができるんだったら、本当に生産職冥利に尽きるわね。普段使うものだけじゃなくて、そんなものまで作れるなんて」


少し楽しそうにそう言うタリアを見て思う。やはり、生産職も攻略組と同じく、新しいものに挑み続ける者たちなのだ。


「俺の持っている情報はそれぐらいのものだ。ああ、それと…」


インベントリの中から、今日書いた絵を取り出す。


「南の海岸エリアの魔法陣の先で見た場所を描いたものだ。せっかくだから飾っておいてくれ」


「きれいね。良いの?私がもらっても」


「俺は書ければそれで満足だからな。せっかく描いたのなら人に見てもらったほうが良いだろう」


単純に、ずっと持っていてもインベントリを無駄に埋めるだけだというのもあるが、せっかく書かれた絵なら、誰かが見たほうが良いだろう。俺は別に描いた絵を幾度も見返したいわけではない。時間が立ってから絵を見返したくなるかも知れないが、どうせだいぶ先だろうし、これからも絵をいくつも描く。預けていても問題はない。


「わかった。ありがとね、店先に飾らせてもらうわ」


「押し付けてしまってすまない」


「押し付けられてるの?こんなきれいな絵をもらったら嬉しいわよ」


「それなら良かった。それじゃあ…」


「ええ。また旅から戻ったら遊びに来てね」


タリアと別れた後、大地人の経営するレストランに向かう。夕食はタクと一緒に取ることになっている。しばらく旅に出るのその前に知っていることを伝えてから出たかったのだ。

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