20.薬師の里-6
翌朝早目に目を覚ますと、昨日カッセルから色々教わった場所で作業を行う。
黒曜石の矢は考えていた分は作り終えているので、後はウルフの爪を使った矢を作っていく。
ダンロンベアの爪や牙、ダオックスの角にソアウィーゼルの爪などはウルフの爪よりも鋭利で頑丈だったので矢に使用したいが、ソアウィーゼルの爪を加工しようとした所、“細工”スキルのレベルが足りないためか加工がうまく出来ず、二つほどだめにしてしまった。ソアウィーゼルは集団で出現するので鏃の素材にするのに数の問題で困ることはないが、ダンロンベアの爪を無駄にしていればもったいなかった。
そもそもこの三体の牙や爪の素材はウルフのそれより大きく、そのまま矢の素材にすることは難しそうだ。切り出していくつかに分けてからそれぞれ矢にするのが都合がいいかもしれない。そう考えると、現在の俺が持っている“細工”用の道具は削るための道具しかなく、“木工”用ののこぎりでモンスターの素材を切るとどう傷むかわからないので、これらを使うのはそのための道具を入手してから考えよう。ライアに頼んでみるのも良いかもしれない。
「朝早くから精が出るの」
順調に矢を作っていると、カッセルが起きてきた。
「これが俺の戦うための手段だ。準備を万全にするのは当然だ」
「準備などしてもしきれんがの。それでも、良い心がけじゃ」
そう言いながら向かいに腰を下ろしたカッセルは、完成した狼牙の矢を手に取るとじっくりと眺める。
「よく出来ておる。じゃが、少しばかり矢羽の質が良くないようじゃ。このあたりには良い矢羽の取れるモンスターがおる。すこしばかり手強いが、良い鍛錬になるじゃろ。狩ってこい」
俺の目には、特にその矢についている矢羽の悪い点はわからない。他の矢につけている矢羽と変わらないはずだ。
「矢羽の質は何で判断している?」
俺がそう尋ねると、カッセルは矢羽の数カ所を指し示しながら答える。
「こことここを見い。わずかに太さに差があるじゃろ。それにこの矢羽はばらつきが多いようじゃ闘鶏の羽根じゃの。あれは個体によっても質が多少変わるから使うなら気をつけい。ほんの僅かな差が大きな狂いを生むのが弓の世界じゃよ」
言われてみると、確かにわずかに矢羽の間で違う部分がある、気がする。細かすぎて自分で見ただけでは絶対に気づけない。その程度の差だ。その差にすぐ気づくという事実に、カッセルの技量の高さを感じる。
「これでも昔は多少弓をかじっておったでの。お前さんが弓を使うと聞いて昔の血がちと騒いだだけじゃ」
俺の表情から驚きを読み取ったカッセルが尋ねる前に答えてくれる。
「…精進する」
まだまだ俺では足りない部分があるということだ。レベル以前に。レベルを上げることもそうだが、そういった技量をレベルとともに磨かなければならないだろう。
「その意気じゃよ。弓は道具じゃ。故にその扱いには精通する必要がある」
「ああ」
朝は午前8:00に村長の家の前に集合することになっているので、作業を終えて村長の家の前に向かう。俺がつくとまだシンしか来ていなかった。
「おはよう」
「おう」
壁にもたれたシンは、一冊のノートのようなものを眺めている。
「それは?」
この世界でノートにどんな使いみちがあるのか気になったので聞いてみる。
「“錬金”と“合成”のレシピ一覧だ。どのアイテムから何が出来たか、どのアイテムから何ができそうか。この世界から出れない以上あっちでファイルを作って保存するわけにはいかないからな」
「そんなものがひつようになる…のか。”錬金”と”合成”に関しては、他の生産職と違って基本的に組み合わせが大事になるということか」
俺が話している最中に気づいて自ら答えを言うと、シンは嬉しそうに笑う。
「正解。それわかってくれない人が多いんだよな、βのころから。だいたい誰も彼も生産職なんて根本は似たようなものだとか言ってるけど、ほんとに違うから」
それは当の生産職たちすらも、攻略を主とするプレイヤーと自分たちを対比するために言うことだ。俺たちは、お前たちが戦うために大切なものを生み出している。ほんとうにそうだろうか。
「研究者と職人の違いということだな」
「そういうこと」
「ところで、お前の研究者の相方は何をしている?」
姿が見えないレンについて尋ねる。すでに午前8:00は過ぎている。ライアの方はおそらく武器に調整したいところがあって時間がかかっているのだろう。あいつはそう言うところはやたらと気にするやつだ。
「今日は昨日よりも丁寧にマップをまとめながら進むために二つ用意しておくんだってよ。今回のクエストを記録するものと全体のマップ」
「なるほど」
今日探索を行った成果は全体マップとは別に、何かしらを発見し次第記録していくということか。どのような形で目的のダイアウルフを探すにしろ、なにかしらの痕跡や目撃地点は記録していったほうがいいだろう。一度目で勝てずに出直す羽目になることも考えられる。
「ごめん、ちょっと待たせたね」
俺とシンがそれぞれ考えにふけっている間にレンがやってきた。
「構わない。ライアがまだ来てないからな」
「どうせまた武器いじりでもしてるんだろ?鍛冶馬鹿だぜほんと」
シンがそうぼやくように言うと、ぬっとシンの顔の横からなにかの包が突き出される。
「誰が鍛冶馬鹿だって?」
俺は“発見”スキルと耳のおかげでライアが後ろからこっそり近づいているのはわかっていたが、警戒していなかったシンは驚いたようだ。
「お、おうライア」
少しどもりながら言うシンにからかうようにライアが言う。
「飯やんねえぞ」
ほれ。そう言いながら俺とレンには包を一つずつ放ってくれる。
「いただきます」
「ありがとう」
俺たちがそれぞれ受け取るのをレンは羨ましそうに見ていた。
「サンドイッチだからあるきながら食べれるぜ。ほらよ、シン」
ライアもそこまでいじるつもりはなかったようで、すぐにシンに包を渡していた。
「サンキュ」
受け取ったシンは特に悪びれる様子はない。学ばないから毎回毎回からかわれるのだ。だがシンはそのことを学ばない。毎度毎度の掛け合いのようなものだ。
「さて、食事はライアが用意してくれたということでさっそく探索を始めよう。今日はレベル上げとマップ作成を主にして、明日以降でダイアウルフを討伐しよう」
「了解」
「異議なーし」
ライアは早速サンドウィッチをぱくついている。見ると、背中に吊っていた木の盾は今日は装備しておらず、代わりに腕に鉄のバックラーを持っている。金属素材には鉄よりも下位の素材で、銅や、銅と錫を混ぜて作る青銅があるのだが、まだ鍛冶をほとんどしておらずレベルが低いにもかかわらず生産することが出来たようだ。
俺がそれを見ているのに気づいたのか、こちらに剣も見せつけてくる。それも昨日まで使っていたいささか頼りない直剣から変わって、少し肉厚の剣先が四角くなった剣に変わっている。剣先は四角くなっているにも関わらずしっかりと研ぎ上げられているようだ。
「もう鉄の加工ができるのか」
「バゼルに手伝ってもらってな。おかげでレベルも一晩とは思えないぐらい上がったぜ。教えてくれる人がいると助かるわ」
そこで、昨晩カッセルから学んだ俺はアビリティという特殊なものを獲得したことを思い出す。
「ライア、アビリティは取得したか?」
「おう。てことはムウもだな。俺は『鍛鉄・初級』だった。お前は?」
「俺は『木を見る目・初級』だ。どうやら、学んだことがそのまま能力に現れるようだな」
「らしいな」
その後、俺がレンに歩いた距離を伝えてマップを作成している間にライアがシンにアビリティについて説明してくれた。レンも地図を記入しながらであったが聞き耳を立てていたようだ。レンも集落一の薬師から教わった際に、『薬師の心得・初級』というアビリティを獲得したらしい。
確実なことは言えないが、大地人から教わることでアビリティを獲得する確率は今の所100%のようだ。ただ、より強力はアビリティになれば一度、もしくは一日で取得するのは難しくなるのではないだろうか。いずれにしろ、今後も気をつけておこう。
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