第24話 美貌の代償
―――それが始まりとなって、互いの都合がつけば不定期に、優里は美弥の部屋に遊びにきた。
優里と過ごしていると、美弥の心がほぐれてゆく――。
「美弥ちゃんは何か目標とかあるの?」
「目標っていうほど大げさなものじゃないですけど、大学で心理学の勉強をできたらなって……」
叶うはずもないと思いながらも、誰にも話したことのない夢を優里には聞いてほしかったのかもしれない。
「心理学かあ……、いいね、美弥ちゃんにぴったりかもしれない。心に静かに深く向き合えそうだから。叶うといいね。がんばってね」優里は、そういってくれた。
美弥も優里に聞いてみた。「優さんは、目標とか……?」
「う……ん、そうだね、ずっとしたかった事がやっとできた感じかな? だから、新しい目標とかはないかも……」と言ってから「ダメだね」と笑った。
つられて美弥も微笑んだが、優里の言ったずっとしたかった事というのが何なのか気にかかった――。
聞いてもいいのかな……どうしようと思っていた時、二人同時にお腹の音が鳴った。
顔を見合わせ、大笑いした。
美弥は食費は出来得る限り抑えていたが、せっかくだからと優里に「何か食べにいきますか」と聞いてみた。すると優里は「美弥ちゃん料理するの?」と聞く。美弥が自信なさげに「少しだけ……」と言うと「じゃあ美弥ちゃんの料理が食べたい」といたずらっぽく笑いながら言った。
タイミングが悪くロクな食材がなかった。だから覚えたての具なしの天津藩をつくった。美弥が一口しかないコンロで慣れないなりに手際よく作る様を、優里は興味深げに眺めた。
やがて出来上がった簡素極まりない天津飯を、絶賛しながら本当ににおいしそうに食べてくれた。
食べ終わると「ごちそうさま。美弥ちゃんは、AV引退しても料理の道でいけるよ」そう言って優里は笑った。
その後、優里が部屋に遊びに来るときは、美弥が作った料理を食べるのが慣例になった。来るたびに「余ったら使ってね」と、いつも余るに決まっている量の食材を持ってきてくれた。
―――後になって思えば、彼女は頑なに外の店で食べようとはしなかった。
なぜだろう――と考えたことがある。
優里が普通に店に行けば、男女問わず、そうそうは目にすることのない美貌に――女の嫉妬や羨望をはじめ、男の舐め回すような不躾な目が注がれるにちがいない。男性なら人気AV女優だと知る人も多いはずだ。
彼女はそんな視線が煩わしかったのではないか。
だからこのウサギ小屋で美弥と二人きりでいる事を選んだのだろう。
美弥には想像もつかないが、あれほど図抜けた美しさというのは、あるいは生き辛さを伴うものなのかもしれない、そう思った――。
――行きすぎてしまった美貌は人を遠ざける。
学校などでもそうだ。集団にはヒエラルキーが発生する。華やかな一群から色彩を欠いた一群までグラデーションが描かれる。
そこにもし、華やかな一群を圧倒的なまでに置き去りにする美しすぎる誰かがいた場合、君臨するか、排除されるかだ。
君臨できた場合はいい。名実ともに女王だ。
しかし―――、多くの場合、華やかな一群はそれを拒む。
本当はわかっている。自分たちが霞んで見えてしまうほど彼女は美しい―――と。だが、それは認めたくない。認めない。私たちこそ華やかな一群なのだ。君臨すべきなのだ。
次第にそれは苛立ちに変わっていく。
だから排除する理由を作る。理由はなんでもいい。理由になっていなくてもいい。
たとえば手っ取り早く「なんかムカつくよね」でいい。
誰かが口火を切ればいい。そうすれば一人ひとりの秘めていた苛立ちが次々に表明される。一体感に変わる。団結した攻撃へと変わる。
ね? グラデーションの一番華やかな場所に君臨して持て囃されるべきなの私たちだよね?
だから―――あんたは邪魔だ―――。
美弥は、優里ほどの美貌に出会ったことはなかった。
しかし中学でも高校でも、本来なら華やかな一群に位置する、あるいはそれを凌ぐほど綺麗な子が、色彩を欠いた層に降りてきているケースはあった。そんな子たちは落ち着き場所が定まらぬ頃、いつもぼんやりと一人でいる美弥に話しかけてきた。助けを求めるように――。
もしも優里ほどの美貌だったなら―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。