第6話 決  断




 20歳近く年上の容姿は冴えないがバツイチのエリートサラリーマンとの結婚―――それはシンデレラストーリーとはいえないものの、先の見えない美弥のような女にとっては僥倖といえなくもない。

 



 倉重は結婚したら、仕事はせずに家庭に入ってほしいといっている。

 つまりは専業主婦だ。そんな安穏な暮らしが自分にできるのか……。

 いくらあがいてももがいても抜け出ることができないと思っていた、生きるために働いて寝るだけの今の境遇を終わらせることができるのか……。





 いつのまにか、倉重に押しに押されるまま、形としては交際していることになっていた。



 しかし、何度食事を重ねたところで倉重に恋愛感情は湧かなかった。いささかの恋愛感情も持っていないが経済基盤のしっかりした年かさの男との結婚――それは人生における大きな賭けだろう。ただ、結婚を断ったところで待っているのは、今までと変わらぬ働いて寝るだけの、疲れ果てるだけの人生だ。



 倦み疲れた現状と予想がつかない未来とのはざまで、美弥は揺れに揺れた。自分の人生を振り返ってみたとき、自分なりに懸命に生きてきたつもりではあった。ただ、報われたと思ったことはなかった。今まで違う世界にいける可能性があるのなら、踏み出してみてもいいのではないか。そう思うようになった――。



―――失うものはない、それが大きな後押しになった。



 茫漠と生きてきた中での大きな決断だった。美弥は倉重の申し入れを受け入れることを決めた―――。


 

 承諾の旨を伝えると倉重は悦びを爆発させた。美弥の手をとり、「ありがとう、よく決心してくれた」と何度も礼を言った。何かをして誰かにそんなに喜ばれたことのなかった美弥は、これでいいのかもしれない、迷ったけれど、不安は消えないけれど、新しい人生を築けるのかもしれない――そう思った。



 


 

 だが、その結婚は美弥に、新しい地獄をもたらすことになった―――。




                      (第2章に続く)







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