第50話 巫子の幸せいっぱいな平日の1日に密着しました・午前編(巫子視点)

 ピピピッ! ピピピッ!


「ん……」

 朝の7時、スマートフォンのアラーム音で私は目を覚ましました。


「んう~……爽やかな朝ですねえ」

 私は体を起こすとアラームを止め、ぐ~っと伸びをして体を解します。


「さあ、今日も頑張りましょう♪」

 そして両手をグッと握って力こぶのポーズ。


 しっかりと疲れが取れて体が軽く、眠気もなく頭と気分もスッキリで元気いっぱいです♪


「ぐう……ぐう……」

「あら?」

 すると隣で寝ている文人さんのイビキが聞こえ、私は顔を向けて文人さんの寝顔を見ました。


「ふふっ、気持ち良さそうに寝てる。子供みたい♪」

 男性にこう言うのは失礼かもしれませんが、文人さんの寝顔はとてもかわいらしくて、見ると母性本能が刺激されて微笑ましい気持ちになります。


「夜のベッドの上ではとても男らしいんですけどね♪」

 昨日も「好きだ! 愛してる!」っていっぱい言ってもらいながらかわいがってもらっちゃいました♪


 ご奉仕するのも好きですけど求められたり迫られたりする方が、女性として愛されてるって感じがして私は好きです。


 しかも文人さん「男の甲斐性だから」と言って、疲れてても必ず私が満足するまで頑張ってくれるんですよね。


 おかげで私は毎日幸せな気持ちで眠ることができ、さらに隣に文人さんがいる安心感からか熟睡できて目覚めは最高。


 ああ、私、今凄く「生きてる」って感じがします♪


「あう、その時のことを思い出したらドキドキしてきました……」

 文人さんの野性味というか「男」を感じる、必死の表情と一生懸命な姿を脳内で再生した私は思わずときめいてしまいます。


「まだ時間に余裕があるし、起きる前に少しだけ文人さん成分を補給しちゃいましょう♪」

 私は自分に言い訳するように呟いてから再び横になると、文人さんの胸元に抱きついてさらに顔を埋めました。


「くんくん、くんくん。はふう、文人さあん……」

 そして鼻を鳴らして文人さんの匂いを体の中に取り込んでいきます。


「ううん、もっと、もっとお……」

 しかし嗅げば嗅ぐ程足りないと感じた私は、顔を脇や首筋に移動させてさらに濃厚な匂いを求めました。


 これを起きている時にやると文人さんが恥ずかしがるので、今みたいに寝ている時がチャンスなのです。


「すーはー、すーはー……」

 日によっては布団の中に潜り込んで中の籠った匂いを嗅いだり、股間付近まで顔を近づけることもあります。


 文人さん、変態な彼女でごめんなさい。

 ダメだとは分かってるんですけど、それでも止められくらい文人さんの匂いが大好きなんです。


 他のことで埋め合わせするので、許してくださいね♪


「ふう、補給完了。そろそろ起きて朝ご飯を作りましょう♪」

 5分後、満足した私は起き上がるとベッドから下り、パジャマから普段着に着替えてキッチンに向かったのでした。


◆◆◆


「うーん、設定や世界観はいいんですけど……」

 朝食後、文人さんと一緒に真白さんの部屋に出勤した私はタブレット端末で紹介依頼されている小説を読みながら、微妙な表情で首を捻りました。


「もう一つ主人公たちの魅力に欠けるというか、感情移入できないんですよねえ……」


 私は紹介する小説を選ぶ基準として、主に主人公や周りの人物たちを応援したくなるかどうか、具体的には「キャラ」を重視しています。


 人気作になるためには他の作品にはない「個性」が必要で、多くの作者は斬新な「設定」や「属性の組み合わせ」で個性を出そうとします。


 しかし、残念ながらそれは個性ではありません。


 なぜなら個性とは「他の人と違う特徴」ではなく、スポーツ選手で言う足がとても速いとか力がとても強いような「他の人がマネできない特徴」のことを言うからです。


 そして小説における設定や属性は「あ、これいいな。自分も書いてみよう」と簡単にマネできてしまいます。


 さらにマネした相手の作品の質が自分よりも高ければ、読者にとって読む理由がなくなってしまうのです。


「作者さんごめんなさい。この小説は落選にします」

 しばらく悩んだ後、私は謝りながら読んでいた小説の画面を閉じました。


「さて次の小説を……っと、もうこんな時間ですか。そろそろお昼ご飯を作らないと」

 ふと時計を見ると時刻は11時になっていて、私はタブレット端末を邪魔にならないところに置いて立ち上がります。


 お昼ご飯が遅くなってしまうと、空腹により真白さんの機嫌が悪くなってしまうのです。


「その前にちょっと休憩♪」

 少し喉が渇いていた私はキッチンに行き、ティーポットに入っている紅茶をティーカップに注いで飲みました。


「ふう……」

 そして一息吐いて和みながら、仕事をしている文人さんと真白さんに目を向けます。


「うう、なかなか良いアイデアが浮かばないなあ……」

 すると文人さんがパソコンの画面とにらめっこしながら頭を掻き、唸っている姿が目に入りました。


「文人さん、プロローグ作りにかなり苦戦しているみたいですね。ファイト! 応援してますよ♪」


 私は頑張っている我が子を見守る母親のような気持ちになり、こっそり文人さんにエールを送ります。


 先程の話に戻りますが、なぜ私が紹介する小説を選ぶ基準として「キャラ」を重視しているかと言うと、名作と呼ばれる作品には必ず多くの人に愛される、絶対的な主人公や脇役がいるからです。


 仮にその名作と全く同じ設定と世界観を使って別の人が小説を書いたとしても、同じような評価は得られないでしょう。


 また誰かに自分の好きなアーティストについて語る時「一番上手だから」と言う人はほとんどいないと思います。


 作品やメディアを通して伝わるその人の「信念や人柄」に惹かれて好きになっている人がほとんどでしょう。


 そう。創作や人間における個性とは能力ではなく「存在感」。


 仮に能力が低くても、直接的には何もしてなくても、周りに元気や良い影響を与えているならそれだけで価値があるのです。


 文人さんよりも優秀な人が文人さんと同じことをしても文人さんにはなれないように、設定や属性はマネできても「キャラだけはマネできない」のです。


「よし、休憩終了。私も頑張りましょう♪」

 文人さんに触発された私は紅茶を飲み終えると自分に気合を入れ、エプロンを着け昼食作りを開始したのでした。

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