第23話 2人きりになったら真白にキスされました

「文人お、まだあ?」

 その後、僕は慎重に人目につかない道を選んで通り、15分かけて真白を公園の奥にある茂みに連れてきた。


 何せこの公園は先程のように警察官が見回りをしている。

 見つかって声をかけられようものなら完全にアウトだからだ。


「うう、もう出るう……」

「も、もう少しだから頑張って! ……よし。ここなら大丈夫だろう」


 真白の切迫した声にいよいよ我慢の限界を迎えたのを感じた僕は、周りに人の気配がないことを確認すると意を決して真白にここで用を足させることにした。


「真白、もういいよ」

「はあい」

 僕がオッケーを出すと真白がよろよろと僕から離れる。


「じゃあ僕は向こうで待ってるから、終わったら呼ん――」


 するっ


「ええっ!? ちょっ、ちょっと!?」

 すると真白は僕が傍にいるにも関わらず、スカートの中に手を入れてパンツを脱ぎしゃがみ込んだ。


 ギョッとした僕は反射的に真白に背を向ける。

 一瞬だけ見えたけど、白と水色の縞パンだった。


「ふい~っ」

 おおおおおいっ!!?


 そして背後から草を叩く水の音と真白の気持ち良さそうな吐息が聞こえ、僕はその場に硬直した。


 いやいやいやいやいや、この人マジで何考えてるの!?

 緊急時とはいえ、男のすぐ隣で用を足すとか頭おかしいんじゃないかな!?


 あのドスケベの巫子でさえ、まだやったことないのに!


「ふう、スッキリ♪ さてティッシュティッシュ」

 僕が心の中でツッコミを入れまくっていると水音が収まり、今度はゴソゴソと後始末をするような音が聞こえてくる。


「お待たせ。もう大丈夫よ♪」

 それが終わると真白は何事もなかったような顔で僕に声をかけてきた。


 危機が過ぎたからか声に少し元気と余裕が戻ってきている。


「あのさあ真白、いくら相手が僕だからって無防備過ぎるというか、少しは女性としての恥じらいを持ってよ……」


「何で? 別に文人に見られても恥ずかしくないし、万が一途中で誰かに襲われたら困るじゃない? 合理的で妥当な判断よ」


「いや、そうかもしれないけどさあ……」

 僕はまだ心臓がバクバクしているのを感じながら、真白に抗議すると真白は何がおかしいのかと言うように反論した。


「それよりも文人、ドキドキした?」

「……は?」


「だからあ、すぐ傍で私がおしっこしてる音とシチュエーションにドキドキした?」

「えええ……」

 すると真白は話題を変え、ニヤニヤと僕の反応を面白がるように聞いてくる。


 恥ずかしがるどころか、むしろそれをネタにしてからかってくるのか!?

 酔ってるからか分からないけど、いつも以上に悪質だな!


「ああドキドキしたよ! 普段は巫子が隣にいるから言わないけど、真白だって十分かわいい女の子なんだ! だからさっきも文句を言ったんだよ! 悪い?」


「そう。正直でよろしい♪」

 何を言ってもからかわれると思った僕が開き直って素直な気持ちを答えると、真白は満足そうな顔をした。


「ねえ文人。いいこと教えてあげる」

「何?」


「さっき2番目でいいから彼女にしてって言ったでしょ?」

「うん。それがどうしたのさ?」


「実はあれ、割と本気だった♪」

「え……?」

 真白の言葉に僕の時間が一瞬止まる。


 それってつまり……少なからず僕のことを男として好きってこと?


 何で? 真白に惚れられるようなことをした記憶は一切ないのに?


「それとね。たとえ悪いことをしたとしても、バレなければしてないのと同じなのよ♪」


 チュッ


「んんっ!?」

 僕が戸惑っていると次の瞬間、真白が僕の頬に手を添え目を閉じてキスしてきた。

 え!? 僕、真白とキスしてる!?


「ん……」

 僕は驚きのあまり目を見開き頭の中が真っ白になり、その一方で真白はキスを味わうように心地良さそうな顔をする。


「ぷはあ。……ふふっ♪」

 数秒後、唇を離した真白はまるで天使のような幸せそうな笑みを浮かべた。


 か、かわいい……。


 ふらっ


「おっと?」

 僕が思わず見とれていると、操り人形の糸が切れたように真白の体から力が抜け僕の方に倒れこんでくる。


「真白、大丈夫?」

「すう……すう……」

「えええ……」

 僕は真白を受け止めて尋ねてみるが、気が緩んだことで意識を失った真白は酔い潰れて眠ってしまった。


「全くこの人はどこまで自分勝手なんだ? 仕方ないなあ……」

 僕はため息を吐きながら真白を背負い、巫子のところへ戻ることにした。


◆◆◆


「ふう、サッパリした」

 家に帰り、風呂から上がった僕は大きく息を吐く。


「すう……すう……」

「それにしても、本当に世話が焼けるなこの人は」

 そして僕のベッドの上ですやすやと眠っている真白が視界に入り、僕は呆れながらため息を吐いた。


 巫子のところへ戻った後、真白がこの有り様であることからお花見をお開きにして家に帰ることにした。


 帰る間に巫子と相談し、体調の急変など何かあっても大丈夫なように、今夜は真白を僕の部屋に泊めることに決めて今に至る。


「文人さん、今日はありがとうございました♪」

 すると僕より先に風呂に入っていたパジャマ姿の巫子が声をかけてきた。


「ああうん。こちらこそありがとう。お弁当美味しかったし僕も楽しかったよ」

 ちなみに巫子には戻る途中で、真白が気分が悪いと言い出し休ませているとそのまま寝てしまったと説明している。


 巫子に嘘を吐くのは心が痛いが、さすがにあの出来事を正直に言うことはできなかった。


「あ、そっちじゃなくて真白さんのことです」

「真白?」


「はい。あんなに楽しそうにしているのを初めて見ましたから」

「まあ、あれだけ酔って好き放題やってたら楽しいだろうね」


「文人さんとの仲もかなり深まったみたいですし♪」

「うっ、ごめん。僕がもっとしっかりして窘めるべきだったね……」


「いえいえ、あの時はちょっとムッとしちゃいましたけど今は何とも思ってませんから♪」

 言葉通りもう気にしていないらしく、僕が申し訳なく思いながら謝ると巫子はいつもの穏やかな笑顔で許してくれた。


「実は真白さん、小さい頃に父親から性的虐待を受けていたみたいなんです」

「えっ……」

 そして巫子の表情が急に暗くなり、告げられた事実に僕は言葉を失う。


「厳密にはシングルマザーだった母親の再婚相手なんですけど、その影響で真白さんは男性に対して不信感を持つようになったみたいで、特に私と一緒に仕事し始めたばかりの頃は『男は女を性欲処理の相手にしか見ていない』『自分1人の力で生きていける私に男は必要ない』と言うくらい酷かったんです」


「そうだったんだ……」

「母親にも常に邪魔者扱いされていたようで、そんな生活に嫌気が差した真白さんは高校卒業と同時に家を出たそうです」


 知らなかった。

 巫子だけでなく、真白にもそんな辛い過去があったなんて……。


 普段の真白の醒めたような発言と良心に欠ける行動は、今まで自分が受けてきた仕打ちと目にしてきた人たちによるものだったのか。


 真白の闇を知り、僕は同情なのか哀れみなのかよく分からない複雑な気持ちになった。


「それで今日、真白さんが文人さんとベタベタしているのを見て、最初は嫉妬しましたけど少しでも男の人に対する見方が変わったと言うか、恋愛に前向きになれたのなら、良かったなあって」


 すると巫子は僕に感謝しているような笑みを向ける。 


「文人さんは凄いですね。あの真白さんに心を開かせたんですから」

「僕は何もしてないよ。ただ真白に好きなようにからかわれて、おもちゃにされてるだけだよ」


「そんなことないです。どんな形であれ真白さんに良い影響を与えたことは間違いないですから♪」

 いつものように巫子に持ち上げられ、僕は照れ臭くなって謙遜した。


 それにしても、いったい僕の何が真白を変えたのだろうか?


 酔っていたとはいえキスしてきたし、巫子が言ったことが事実なら別人になったくらいの大きな変化だ。


 しかもこの短期間で。

 僕は心当たりを探すが何一つ思い浮かばなかった。


「文人さん、お願いがあるんですけど聞いてもらえますか?」

「何?」


「今まで通りでいいので、真白さんに優しくしてあげてもらえませんか?」

「いいけど、どうしてそんなことを?」


「私、今まで真白さんに色々とお世話になっているので、真白さんにも幸せになってほしいんです。でも真白さんに結婚願望はないみたいで、このままだと真白さんはきっと一人ぼっちの淋しい最期を迎えることになると思うんです」


 その未来を想像したのか、また巫子の表情が曇る。


「でもこれからも文人さんの優しさに触れ続ければ、その気持ちも変わるんじゃないかと思って」

「なるほど」


「これは私のわがままですし、必要であればその……少しくらい魔が差しても構いませんから、真白さんはとても魅力的な人なので、文人さんを取られないか心配ですけど……」


「大丈夫だよ」

「きゃっ?」


「巫子みたいなかわいくて優しい子を裏切るわけないじゃないか? それにこの前、10倍幸せにしてあげるって言ったばかりでしょ?」


「文人さん……はい! そうですね♪」

 僕が不安そうにする巫子を安心させようと抱き寄せると、巫子は嬉しそうに甘えてきた。


 実際に僕は巫子に対して何の不満もないどころか、もう巫子がいない生活など考えられないくらい心身共に依存している。


 今日の真白の一件はかなり驚いたけど、それで巫子から真白に乗り換えようなんて微塵も思わなかった。


「ふああ……」

 話が一区切りついたところで、僕の口から大きな欠伸が出た。

 それに引き寄せられるように睡魔が僕を襲う。


「あ、ごめんなさい。お疲れでしたよね? 今日はもう寝ますか?」

「うん。そうする。ごめん巫子、今日の夜は無しになっちゃうけど」


「いえいえ仕方ないですよ。この埋め合わせは後日真白さんにしてもらいますから♪」

「あはは、そうしようか」

 悪戯っぽく笑う巫子に僕もつられて笑った。


「その前におやすみのキスをしてもらえませんか?」

「いいよ」

「んっ♪」

 そして僕は巫子と唇を重ねる。


「じゃあ巫子、おやすみ」

「はい。おやすみなさい♪」

 唇を離すと巫子は満足そうな顔をして僕のベッドに入り、僕は押し入れから引っ張り出してきた毛布を被って床の上に寝た。

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