第2話 推しのVTuberに恋占いをしてもらったら明日彼女ができると言われました
「はあ……」
舞子にフラれてからしばらくの間、僕はショックで家に引きこもり塞ぎ込んでいた。
何とか大学の卒業式までには家を出られるくらいまで立ち直ったが、大学で舞子に会うと無視され、周りの知り合いからは「ケンカでもしたのか?」「いよいよ破局か?」などと質問攻めに遭った。
居心地悪く思った僕は卒業式が終わると、友人たちからの飲み会の誘いを断り逃げるように家に帰った。
しかし家にいたところでお先真っ暗な未来への不安に押し潰されそうになり、舞子との思い出の品を捨てるなど荷物の整理をして気を紛らわせることにした。
「ん? このダンボールの中、何が入ってたっけ?」
目に見える場所が終わり僕が押し入れを開けて中を漁っていると、奥から見覚えのないダンボール箱が出てきた。
箱を開けて中身を見てみると、大学受験の勉強で使っていたノートや参考書、大学の入学案内などが入っていた。
「あ……」
その中の一つ、表紙に科目名が書かれていない青いノートに目が止まる。
手に取りパラパラと捲っていくと、架空の人物の名前や特徴、日時や出来事などがノートの約半分に渡って乱雑に書かれていた。
「随分と懐かしい物が出てきたなあ」
僕は高校時代、趣味で小説を書いていたことがある。
現実とは違う、何もかも自分の思い通りにできる世界を創っていくことがとても楽しかった。
僕はいつも鞄にこのノートを入れ、何か良いアイデアや言葉を思いつくと忘れないように書き留めていた。
そしてそれらを組み合わせ、足りない部分を付け足して出来上がった小説を小説投稿サイトに投稿した。
僕が書いた小説で世の中の人を感動させたい。
1人でもいいから「人生が変わりました!」と言われたい。
人気が出れば小説家に……と夢見ていたが、現実は厳しく全く読まれなかった。
絶望した僕はアカウントを削除し、大学に入学してからは一度も書いていない。
「これももう捨てようかな?」
そのうちまた書きたくなる時がくるかもしれないと思い一応置いてはいたけど、多分その時は二度とこないだろう。
頑張って書いても読まれない。
僕の小説には読者の人生を変えるどころか、評価ボタンを押してもらう指1本さえ動かすことができないという現実を突きつけられるのが怖くて、とても書く気になれなかった。
「……いや、もう少しだけ置いておこう。捨てるだけならいつでもできる」
しかし僕は少し迷った後、ノートをダンボール箱の中に戻す。
他人にとっては1円の価値もないものだけど、これは僕にとって青春時代の大切な思い出だ。
ぐぅ~っ
ダンボール箱をまた押し入れの奥に押し込んだところで、突然僕のお腹が鳴った。
時計を見ると、今の時間は18時前の夕食時。
「お腹空いたな。今から買い物に行って作る気分じゃないし、適当に外食で済ますか」
続きは明日にしようと決めた僕は上着を羽織り、財布を手に持ち靴を履いて家を出た。
◆◆◆
「あ、もうこんな時間か?」
帰宅後、これからどうするかぼんやり考えながらゴロゴロしていると、20時になり僕の楽しみにしている時間がやってきた。
僕はパソコンを開いてYouTubeにアクセスし、ハンドルネームである「カナブン」でログインする。
そして登録チャンネルの一覧からお目当ての配信者の名前をクリックした。
「おーっす! 信者の諸君ご機嫌よう! 1000年に1人の大天使! アマテラス
するとパソコンの画面に聖女を思わせるような格式高い白いドレスを身に纏い、天使のように背中に大きな白い翼を生やし、ショートカットの金髪に碧眼、活発そうな声と顔つきをした高校生くらいの見た目のアニメ絵の女の子が映し出された。
「お、始まった」
これから僕の推しであるVTuberの配信が始まるのだ。
『司様こんばんは!』
『お待ちしておりました!』
『今日のお布施です!』
『どうか恵まれない我々をお救いください!』
司が登場した途端「信者」と呼ばれる熱狂的なファンたちが次々とスーパーチャットで挨拶していく。
「おお! 今日はなかなか多いじゃないか? 結構結構! うむ。任せろ! 今夜も
信者たちの熱心な信仰心に司がご満悦な顔をする。
「相変わらず凄い人気だな……」
アマテラス司。
天照大御神一族の子孫と天使一族の子孫が契りを交わして生まれた全知全能の神の子で、信者(チャンネル登録)になればどんな願い事にも効く御利益をいただける……という設定らしい。
中の人についての情報は一切なく、熱心な信者でも誰1人会ったことがなく全てが謎に包まれている。
喋り方こそ男っぽいが声の感じと配信の内容から、20歳前後の女性ではないかと噂されている。
4年前、当時の僕は大学受験が終わりYouTubeを見ることにはまっていて、たまたまおすすめに表示された司の配信のサムネイルを見て気になりクリックした。
どうやら初めての配信だったらしく、その時のチャンネル登録者数は0。
僕が初めての登録者になった縁で、それからずっと応援し続けている。
「まずはおすすめ小説の紹介から、1つ目はカクヨムの――」
ライトノベルが好きらしく、配信の内容は主に小説投稿サイトで見つけた面白い小説の紹介。
その見る目は確かで、無名の頃から紹介された小説が次々と人気作になっている。
信者の調査によると紹介された小説の書籍化率は通算で4割を超え、いつしか「アマテラス司は出版業界の重鎮の娘」「書籍化を目指すなら新人賞受賞よりもアマテラス司におすすめされることを狙う方が早い」と言われるようになった。
そして「自分の小説を紹介してください!」と御利益にあやかろうとする人が殺到した。
お布施(スーパーチャット)をすれば金額に応じた分だけ小説を読んでくれるが、本当に面白いと思った小説しか紹介しない。
また出版社からの案件でも容赦なくダメ出しする忖度しないスタイルがさらに人気を呼び、今では書評系配信者のトップに君臨するまでになった。
「今日の紹介は以上だ。次は今日の本題。タイトルにも書いてある通り、この度我の信者数が100万人を突破したぞーっ!」
『司様おめでとうございます!』
『司様なら当然です!』
『いや、むしろまだ少ないくらいですよ!』
「僕も『おめでとう!』と送っておくか」
誇らしげに報告する司に、信者たちが次々とお祝いのコメントを送る。
「うむ。我にとってこの数字は単なる通過点だ。もっとビッグになる予定だからこれからも応援よろしくな♪」
司はコメントを見ながら満面の笑みで信者たちにお礼を言った。
「というわけで今回は特別にあの伝説の企画、アマテラス司の占いコーナーを復活させるぞーっ!」
『うおおおおっ!!』
『また司様の奇跡を見ることができるんですね!!』
『今夜はいったい何が起こるんだ!?』
「マ、マジか。あれをやるのか……」
司の発表に信者たちが湧き上がる。
この占いコーナーは司の信者数が10万人くらいの時によく行っていた企画で、やること自体は司が適当に切ったトランプを引いて占うだけのシンプルなもの。
しかしその的中率は脅威の100%で、司は一時期「予言者」「未来人」「ガチの神の子」と呼ばれていた。
だが悪い結果が出ることもあり、婚約者が浮気しているから別れると言った時は希望者の女性が怒り出し、後日本当に浮気が発覚して別れ「あなたのせいよ!」とトラブルになったことで止めてしまったのだ。
「これは……いくべきだな」
ちょうど今後のことで悩んでいる僕にとって、これは願ってもないチャンス。
今日占ってもらえなければ、次はいつになるか分からない。
絶対に逃すものかと僕は背筋を伸ばした。
「さあ迷える子羊共、我に占ってもらいたければお布施を投げろー!」
『小説家になりたいんですけど、なれるかどうか占ってください!』
『好きな人がいるんですけど、どうすれば付き合えますか?』
『どこで宝クジを買ったら当たりますか?』
司の開始の宣言を合図に、希望者たちが怒濤の勢いでスーパーチャットを送る。
「この流れだと……1万円か?」
僕はコメント欄を見つめ希望者たち動向を伺う。
占う順番はスーパーチャットの金額が高い順のオークション形式。
現在の最高額は7000円。
確実に占ってもらうためには、これくらい高めにしておいた方がいいだろう。
「いけえっ!」
そろそろ締め切られそうな空気を感じたところで、僕は1万円を投入した。
「そこまでーっ! 最高額は……カナブンだーっ!」
「よしっ!」
見事権利を勝ち取った僕はグッと拳を握る。
「落札おめでとう! どうせ占う内容は彼女とのことだろ?」
僕の名前を見て、司が画面の向こうから手を振りながら茶化してくる。
司の配信は基本的に小説の紹介とお悩み相談の二本立て。
お悩み相談では女性目線の的確なアドバイスをしてくれる恋愛相談が人気で、僕も過去に舞子との破局の危機を迎えていた時に、どうすればいいのか何度も相談していた。
「えーっと『今日大学を卒業しましたがまだ就職が決まっておらず、それを理由に先日3年間付き合っていた彼女にフラれました。この先どうすればいいのか分からず困っているので何かアドバイスをお願いします』……ぎゃはははは! マジで彼女のことだった! しかも別れたって超ウケるんですけどww」
『ちょっ!? 笑い過ぎ! 人の不幸を笑わないでよ!』
スーパーチャットを読み終えた瞬間、腹を抱えて大笑いし始めた司に僕はコメントで抗議した。
「だ、だって、カナブンがどうしても別れたくなさそうだから今まで言わなかったけど、我は絶対に別れた方がいいと思ってたから……ぎゃはは!」
しかしツボに入っているのか司は笑い続ける。
「そもそも我がアドバイスし続けないと上手くいかない相手なんてどう考えても相性が悪いし、無理して一緒にいても辛いだけだ。夫婦じゃないんだし、別れて気を遣わなくても上手くいく相手と付き合った方が我は幸せだと思うぞ。目的と手段を間違えるなってやつだな」
「そう……なのかな?」
それでも笑いが収まると、司は真剣に僕の相談に答え僕はそれを聞いて考え込む。
もう別れたから、たらればの話になるけど、もし僕が就職できていて舞子との関係が続いていたとしても、そのうちまた別の理由でケンカして別れることになっていたのだろうか?
「……っと悪い悪い、話が逸れたな。じゃあ恋愛と仕事について占えばいいんだな? 分かった! 今から占うからちょっと待ってくれ」
すると司は話を本題に戻し、カシャカシャと音を立てながらトランプを切り始めた。
「結果は……おおっ! ハートのAとダイヤのAが出た! カナブン喜べ! すぐにお前のことが好きな女の子に告白されるぞ! 早ければ明日だ! 仕事もその子が紹介してくれるから心配ない! 良かったな!」
「う、嘘だあ……」
あまりにも良過ぎる結果に、僕は喜ぶどころか不信感を抱く。
今日卒業したから大学関係の子に会うことはもうないし、他の知り合いで告白してくれそうなくらい仲が良い子の心当たりもない。
しかも最短で明日?
さらにその子が仕事を紹介してくれる?
……あり得ないだろ?
司、これは完全に嘘吐いたな。
きっと良くない結果が出たけど、僕に気を遣って適当なことを言ったのだろう。
僕と司の仲だし、言いにくいことでも正直に言ってくれて大丈夫なのに。
お金を返せまでとは言わないけど……ガッカリだ。
『つ、司様。さすがにそれは……』
『小説じゃないんですから……』
『アマテラス司の占いも落ちるところまで落ちたな』
「お、おいコラ視聴者たち! 我は適当なことなど言っていない! 本当にそのカードが出たんだよ! ……くそっ! 全然信じてねえな」
視聴者たちの白けた反応に司が怒りながら反論する。
「見てろよ! この配信はアーカイブに残して必ず後で伝説にしてやる! おいカナブン聞いてるか! もし我の占いが当たったらお礼のコメントを書けよ! いいな! 絶対だぞ! じゃあ次!」
しかし状況が変わらないのを見て、司は言いたいことだけ言うと僕の占いを切り上げて次の希望者に移った。
僕は『いいよ。当たったらね』とコメントを送る。
「まあ、当たらないだろうけど」
司は僕の一件で反省したのか、その後の占い結果は常識的なものだった。
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