天使の死体を無視したい。できれば私が殺したい。

骨々ぼおん

プロローグ できれば天使を殺したい

――天使 富慈美あまつか ふじみは間違いなく神に愛された少女だった。


天使と書いて「あまつか」と読むらしい。その時点でなんだか選ばれた人間のように思えてしまう。

コイツを慕う生徒は皆、名は体を表すなんて言って天使様だなんて呼んでいるぐらいだ。


品行方正、清廉潔白、温厚篤実、文武両道……

悔しい事に聖人君子としか言いようがないほどの完璧な美少女、虫唾が走るほどの聖人。


私はそんな彼女が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで仕方がなかった。


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腰まで伸びた、白い髪が目を惹く。


異端なものはとことん排除する”学生”という排他的なコミニュティの中でもその異質な外見が受け入れられるのは、その性格と美しさが理由だろうか。


一目で無害な人間だとわかる垂れ目に、母性を感じさせる大きな胸とやわらかそうな身体。慈愛の象徴であるかのような泣き黒子が極め付けのように目を惹く。

外見がこれでもかという程、母性と優しさを押し付けてくる。なんて腹が立つのだろう。


全く。こんな奴と寮が同室だなんてとことんついていないな。


私は天使が眠るベッドの横に立ち見下ろす。

天使は寝起きは良いが誰かが声をかけないと起きることができないという何とも一緒に暮らす人間に頼った体質をしている。

同室者がかわいそうだ。私だけど。

警戒心が全く感じられない寝息を聴きながら、このまま喉に包丁を突き刺しこの息を止めてしまおうかと夢想する。


しかし、こんな女のために人生を棒に振るのは癪だ。


せめてもの仕返しのように、私は天使の間抜けな寝顔を、布団ごと剥いだ。


「はうっ」


天使は間抜けな声をあげて、ぼんやりとした所作で起きあがった。

それからベッドの横に立つ私にゆっくりと顔を向けた。


「おはようございます。水姫さん!起こしてくださりありがとうございます!」


どこまでもまっすぐな声と眩しい笑顔になんとなく苛つく。

私はそんなイラつきを隠すように笑顔の仮面を作り「おはようございます」とだけ返して、そのままスタスタと朝食を食べに部屋を出た。

「待ってください~」という間抜けな声は聴こえないフリをした。


「お隣失礼しますね!」


食堂のテレビを見ながらオレンジジュースを飲んでいたところ、当たり前のように天使が隣に座ってきた。私は良いとも悪いとも言っていない。

コイツが隣に座ると周りに人間がわらわらと寄ってきて正直ウザったいのだが。


「県内で連続殺人事件ですか…物騒ですね…」


天使は私と同じ方向を見ていた。

それがテレビに映っているニュースを指しているのだとワンテンポ遅れてから気づく。

ここから30分程電車に乗って辿り着くようなもっと栄えている町のニュースだが同じ県内ではある。放火魔と殺人の合わせ技なようで、殺された人間は必ずまる焼けで見つかるらしい。


「水姫さんも気を付けてくださいね」


「…どう気をつけろというんです。あんなの」


私は愛想なく返した。

ようやく成立した会話に、天使は嬉しそうに微笑む。

ムカつくな。本当に。


「水姫さんは聡明でしっかり者ですからきっと大丈夫ですね」

「嫌味ですか。成績は貴方の方が上でしょう。この間のテストも貴方は難なく一位を取っていましたね。」

「誤差ですよ。それに私は神から頂いた知恵という力を最大限活用するために勉学に励んでいるだけですから。水姫さんのように良い大学に行くなどといった立派な目標はありません!」


それが嫌味だと言っているんだ。本当にムカつく女だ。


天使は敬虔の念が異常な程に深い。

深すぎて常人の常識の範疇外の努力も「神のため」の一言で簡単にこなしてしまう。

それこそ神から貰った基礎能力が高いこともあるのだろうが。


そんな虫唾の走るような会話をしていた時、少し離れた場所から、今っぽい姿をした生徒たちが固まっているのが目に入った。

「早苗!ノートありがとね!」

「マジ助かるわ!サンキュー!」

その中心には小柄で気の弱そうな少女がニコニコと愛想笑いを浮かべている。

その脇には一人の人間が持つにしては異常な量のノートが置かれていた。


「私達また成績ヤバくてさ!」

「次もノートとるの頼むわ~」

「早苗と友達でマジでよかった~」


あぁ、なるほど。恐らくあの気弱そうな少女を都合よくパシリに使っているのだろうな。

逆に気弱そうな少女は友達がいないからあのイケている集団にくっついていると見た。私がそんな考察をしている間に、天使は既に隣の席から消えていた。


「早苗さんにノートを借りるのもよいですけど、自分の力でやらないとだめですよ!」


道徳の教科書みたいなことを言いながら突如登場してきた女に、今風の女たちはバツの悪い表情に変わる。

アホみたいな説教だが、コイツのまっすぐな目に見つめられると、存外馬鹿には効くらしい。

天使は馴れ馴れしく気弱そうな少女の肩に手を置いた。


「早苗さんは大変字が綺麗なのでノートをお借りしたくなる気持ちもわかりますが…しかし、自分の力でやらないと勉学は身につきませんよ!!」


いや、そもそもソイツらは学習をする気の無い奴らだろう。

正論を振りかざす癖になんかズレているのだ。この女は。

責められている女連中は打たれると弱いのか、気まずそうに天使から目を逸らした。

その中で一人、天使に掴みかかる度胸のある女がいた。


「早苗が良いっつってんだから別にいいだろ!私達のこと知らん癖に話に入ってくんなよ!!」


「しかし、高橋さん、友人同士というものは…」

「なんで私の名前知ってんだよ!!!!」

「え?!この学校の学生なので…」

「お前この学校の生徒全員覚えてんのか?!」

「はい!!2年A組高橋美香さん!」

「キモっ!!!!」

「ええ!?キ、キモいでしょうか、私!?」


何だか会話の緊張感が削げてきたな。


「あ、あの天使さん」


この騒動の中心である気弱そうな少女が声をあげた。


「私、全然大丈夫ですから!」


にこりと笑って、やんわりと天使の仲裁を拒否する。

しかし、天使は厄介である。何しろ彼女は空気が読めないのだ。


「いいえ早苗さん!!友人同士の頼み事というのは必ずWinWinであるべきです!!でなければ良い子ではなく都合の良い子になってしまいますよ!!」


ただでさえ目立つ天使が騒ぎ出したのだ。食堂を利用する寮生たちの視線が集まりだす。気弱そうな子を囲う女たちは

「わーったよ授業にはでっから」「じゃっ」

と諦めたように解散していった。


「あ…」


名残惜しそうに手を伸ばした気弱な少女の手を天使は両手で包んだ。


「よかったら私とお友達になりましょう!!!」

「ふぇぇ!?天使さんと!?」

「はい!!一緒にお昼を食べたり語り合いながら歩く友です!!」

「い、いや私なんかと天使さんなんて釣り合わないというか…」

「自分を卑下しないでください!さぁ悩みでもなんでも相談してください!!」

「意外と押しが強いね…私は大丈夫だから放っておいてくれると…」

「いいえ。いつも職員室に行くとき見かけていたので、きっと私と気の合う方なのではないかと気になっていたのです!」


くだらないな。


私は騒動が収まったのを見てから、食べ終わった食器を下げて、食堂を去った。


その日、宣言通り天使はクラスの違う少女につき纏っていた。

まぁ、クラスで気の強いクラスメイトに利用されるよりは数段マシだろう。


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放課後、校内のごみ拾いをし、生徒に挨拶周りをしているついでに来校者に道案内をしている天使を見かけた。早苗と呼ばれた気弱な少女も一緒だ。

慈善活動をしながら慈善活動をする異常な光景に吐き気がした。


「天使先輩さようなら!」

「はいさようなら!」

「天使ちゃん、この間本当に助かったよありがとう!」

「いいえ、いつでもご相談ください!」

「天使さん。応援しています!!」

「ありがとうございます!光栄です」


天使は早苗とゴミ拾いをしながら色々な生徒に絡まれる。私は目立たないように天使の前を通り過ぎようとするが


「あ、水姫さん!」


すぐに見つかった。目が3つついているのか?


「よかったら募金しませんか?これは災害孤児の施設に与える…」

「歩くボランティアかよ」


あ、思わず敬語が抜けてしまった。

いけない。私はアリス女学院のお嬢様。冷静沈着でいなければ。

私は咳払いをしてから「今日も精がでますね」と言い直した。


「全ては神に報いるためです。どうやら私は神に愛されているようですから」


満面の笑みで、当たり前のように天使は返事をした。

神に愛されている、か。

頭の出来も、容姿も、運動神経も、勘も、性格も、運も、才能も何もかも手にしたようなこの女の前では誰もがそう思ってしまうだろう。


だが、私は決してそうは思わない。認めない。


その日の夜


――天使富慈美あまつか ふじみは死んでいたのだから

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