ブスと美麗

徳野壮一

第1話

 私、轟千代は太っています。


 女の子なのに身長は178センチもあります。周りの同性とは頭一つ以上高く、どうしても目立ってしまいます。

 小学生の時には身長は既に高く、みんなと一緒にいても仲間外れにされているみたいで、それが嫌で体を窄めているといつの間にか猫背になっていました。

 小学生の頃は太っていない私でしたが、どうやらストレスが溜まると食に走ってしまうタイプのようで、太ってしまい、太った自分の姿にまたストレスを感じ食べるという、負の無限ループにハマってしまい、抜け出すことができませんでした。

 自分の容姿も嫌でした。普通にしていても睨んでいると思われる一重で鋭い目つき、鼻の周りにはそばかすがあります。

 もちろん、お化粧で綺麗になろうとしました。動画やネットでメイクの仕方を調べ、全部やってみました。アイライナー、下まつげ、アイシャドウ。そばかすは簡単に消すことができましたが……なんだかやり過ぎて、化生の者みたいになってしまいました。

 せめて人間になりたい……。いや、やっぱり綺麗になりたい。

 私はめげずに何度も練習しました。そしてある事に気付きました。

 綺麗になりたければ痩せなければいけないという事実に……。

 頭上の光明に手が届いたと思ったら、それは都合のいい幻で、私に纏わりつく脂肪が下へ下へとブサイクの沼へ引き摺り込んでいくのです。

 運動すれば良いとお思いでしょうが、体育の成績が常に一番下で、なおかつお腹の周りに重りをつけている私にとっては荷が重い選択でした。

 故に高校生になっても私は劣等感と脂肪の塊でした。

 そのうえ自虐癖もあるので初対面の人とは毎回、不自然な間が生まれます。おそらくこの高校最速、最高で苦笑い目撃記録を達成したに違いありません。レコードホルダーです。

 そんな面倒臭い私にも、友達ができました。

 花蓮という名前の音のとおりに、可憐で綺麗な女の子でした。

 こんなに整った外見をしている人は、今まで見てきた人の中でも——テレビや雑誌にでている人を合わせて——彼女を合わせて、二人しかいません。

 初めて話しかけてもらった時、あまりの美しさに合掌してしまったのを誰が責められましょうか。

 はい。冷静になった私が責めます。

 せっかくボッチ脱却のチャンスだったのに。

「ハハハ、千代ちゃんは面白いね」

 いきなりやらかして、ワタワタとしていた私とそれでも仲良くなってくれました。しかもいきなり下の名前なちゃん付けで。中学の時の渾名、「ブタちゃん」以来のちゃん付けに嬉しさより先にビックリしました。

 仏のような器のデカさ。ただ体がデカいだけの私とは大違いです。

 そんな花蓮ちゃんはクラスで性別、年齢問わず人気者です。好きだった男の子が花蓮ちゃんにぞっこんでムカつくみたいな、女同士のドロドロした雰囲気はありません。いつも彼女の周囲には人がいます。私も花蓮ちゃんとお話ししたいけど、迷惑かなと躊躇っていましたが、花蓮ちゃんの方からよく話しかけてくれました。とても嬉しかったです。

 自分勝手な理由だけど、花蓮ちゃんはとっても目立つので、私が隣にいてもみんな花蓮ちゃんの方に視線が行くのでとても気が楽でした。


「おお、すごい盛ってる。これ絶対映えるね」

ある週末、私と花蓮ちゃんは最近有名なパフェが食べられる店にきていました。

 可愛らしい格好の店員さんが、私ほどではないがボリュームのあるパフェを二つ、私達の目の前にスッとサーブしました。

 花蓮ちゃんはいろんな角度から写真を撮っていました。

 SNSにあげるみたいです。花蓮ちゃんは十万人以上フォロワーがいるらしく、学校だけじゃなく世間でも人気者みたいです。そんな人と一緒にいる私は少し誇らしく感じました。二人一緒の写真を店員さんに撮ってもらい。さらに花蓮ちゃんは自撮りもします。

 早く食べたいという思いを、前菜、スープ、魚料理、肉料理、主菜、サラダの代わり食べ、飲み込みました。次のデザートを待ちます。

「待たせちゃってごめんね。あっ、さっき一緒に撮った写真、SNSにあげていい?」

「うん、別にいいですよ」

 花蓮ちゃんは一緒に映った写真を上げる度に私にあげていいか聞いてくれます。モラルもしっかりあるのです。

「それじゃ食べよう。いただきます」

「いただきます」

 写真を撮り終わって満足した花蓮ちゃんと一緒に手を合わせて食べ始めました。

「すっごく美味しい!」

「1800円も納得の味です」

 花蓮ちゃんの小さな口に入るペースに合わせて、私もチマチマと細長いスプーン動かします。「お前の口は排水溝か!」と父からツッコミをもらったことのある私としてはもっとガッツリといきたいところですが一人だけ食べ終わるのは寂しいので我慢をしました。

「千代ちゃんもSNSやればいいのに。みんなが反応してくれるのって面白いよ」

「……私は花蓮ちゃんみたいに可愛くないですから……」

 二人とも食べ終わると、花蓮ちゃんが御手洗いに立ちました。

 私は一人メニューを見てもう一品食べようか迷っていると、来店しちょうど背後の席に座った人たちの会話が耳に入ってきました。

「えっ!ちょとこれ見て」

「なになに、どうしたの?」

「今さぁ、カレンのSNSポストされたんだけど、このパフェって、ここのでしょ!?」

「あっ、ほんとだー。えっ、てことはさっきまでここに居たのかな?」

 店内にまだ居ますよ。

「てか花蓮ちゃん。めっちゃ綺麗だよね。顔小さ過ぎじゃない」

「ねぇ〜、あんなに綺麗だと凄いモテるんだろうな〜」

 花蓮ちゃんが褒められているとなんだか私まで嬉しくなります。

「でも生で見たら、意外にそこまで可愛くないかもよ?写真だから、すごい加工とかしてるかも……」

「あるかもね〜。もしくわ、花蓮ちゃんとよく一緒に写ってる、太っててブサイクの人と並んでるから綺麗に見えるだけ、みたいな」


 …………。


「凄い美人だけど、性格ブサイクかもよ」

「それはないんじゃない。だってこんなデブと一緒にいるなんて絶対優しいよ」

「ええ〜。そうかな〜。い————」

 私は居た堪れませんでした。

 思わず、花蓮ちゃんを待たず、お金を置いて店を飛び出しました。

 走りました。

 全力疾走です。傍目には軽いランニングに見えるかもしれませんが、私は全力で走りました。

 といっても50メートルただずして歩きだしましたが……。

 ……わかっていました。花蓮ちゃんと私は釣り合っていないことぐらい。いくら綺麗な人と一緒にいようと私が綺麗になるわけじゃないことぐらい……。

 30分ほど重い足を動かし、いつもの植物園に向かいました。

 私が嫌なことがあったら行く場所です。

 なかなか広い所で、人も少なく、いろんな形をした緑に囲まれた空間は、周りと比べゆっくりと時間が流れているようで、とても安らげるところでした。

 私はそんな植物園でもさらに人が来ない、そこら辺に生えているような、特に見どころのない木々がある、奥の場所が私の定位置です。

 私が息を切らしながら到着すると、そこには先客が、1人と1匹が芝生の上に座っていました。

 ハーネスをつけたクリーム色の犬と、とんでもない程のイケメンです。

「この足音……。こんにちは、轟さん。なんとなくだけど今日会える気がしてたんだよ」

 花蓮ちゃんと匹敵するほど、整った外見をした青年は振り向きもせず、隣に座るゴールデンリトリバーを撫でながら、そう言いました。

 私より年上の青年カナデとゴールデンリトリバーのイルとは顔見知りです。

 中学生の頃、嫌なことがあってここで歌っていました。私は嫌なことがあると、気持ちを落ち着かせるために歌を歌う癖がありました。そんな時です、カナデとイルに出会いました。

 結構全力で歌っていたので恥ずかしかったです。

 それ以来、ここで会ったら話す間からになりました。そして私の歌のどこが気に入ったのか、カナデは会う度に歌ってと言うようになりました。恥ずかしいので歌いませんが。

「……こんにちは」

 挨拶を返しましたが、できれば今は会いたいようで会いたくない人でした。

「……何かあったの?声に哀しみがのってるぞ」

 カナデには隠し事ができません。彼はとても耳がいいのです。声の『感じ』でその人がどういう人なのか今どういう感情を持っているか判るらしいのです。

 だから会いたくありませんでした。私が抱いている醜い感情を知られたくなかったから。

 だから会いたくもありました。短くて浅い付き合いてすけど、友達ではなく、ましてや彼氏でもなく——私みたいなブスが考えること自体が烏滸がましいですけれど——ただの顔見知り程度の間柄ですけど、彼は優しいから私の愚痴にも嫌な顔せず耳を傾けてくれるとわかっていたから……。

 私はさっきあったことを話そうとした、その時でした。後ろから芝が踏まれる音がしました。

「千代ちゃんやっと見つけた」

「——花蓮ちゃん……」

「戻ったらお金だけあっていなくなるんだもん。心配したよ」

そういえば、花蓮ちゃんに何も伝えずお店を飛び出してきてしまいました。

「ごめんなさい。何も言わずに帰ってしまって……」

 それにしても、どうやってここがわかったのだろう?いや、花蓮ちゃんのことだからきっと道ゆく人に聞きながら探してくれたのでしょう。私は太っているから目立っていたはずですから。

「本当だよ。せめて連絡してくれたらよかったのに。……ところで千代ちゃんの後ろにいる人は?」

私の横から覗き込む花蓮ちゃんにカナデとイルを紹介しました。といっても全然知らないのですが。

「えっと、男の人がカナデさんで犬はイルって名前です」

「へぇ、この人か……」

 花蓮ちゃんの声が小さくてよく聞こえませんでした。

「ごめん。花蓮ちゃん今なんて言ったの?」

「うん?別に何も言ってないよ」

いつもの笑顔を私に向けた花蓮ちゃんは物おじせずカナデに話しかけました。

「はじめまして、千代ちゃんの友達の花蓮っていいます。」

 凄いです。普通こんな王子様のようなイケメンがいたら躊躇うはずなのに。実際初めて会った時、私は吃りまくりでした。

「カナデといいます」

 やはり顔を見ずに挨拶するカナデ。私は花蓮ちゃんが気分を害さないようにフォローを入れました。

「カナデはね、病気で目が見えないの。だから顔を合わせないのは別に嫌っているわけじゃなくて……目を向けるじゃなくて、耳を向けてるから」

 聞いたところによるとカナデは全盲という視覚障害者らしいです。

「へぇ〜そうなんだ。じゃあもしかしてイル君は盲導犬?」

「う、うん」

「わっ、本当だぁ。イル君の背中にあるバックに盲導犬って書いてある。イル君撫でてみてもいいですか?」

「ええ、いいですよ」

「ありがとうございます」

花蓮ちゃんは私の隣を通り過ぎ、カナデの方に行きイルの頭をそっと触った。

「イル君はとっても落ち着いてますね。しかもカナデさんをこの場所に連れてくるなんて凄いですね」

「よく勘違いされるんですが、盲導犬は飼い主を連れて歩くわけじゃありません。飼い主が行く場所についてくるだけですよ。まぁ、賢いのは否定しませんけど」

「へぇ〜。そうなんですか。初めに盲導犬に行きたいところを言うと連れてってくれるものだと思っていました」

「……ちょっと飲み物買ってくるね」

 そう言って返事も聞かず、楽しそうに話している2人を置いてその場を私は離れました。

 美男美女ととてもお似合いの2人が談笑してしてる姿はとても絵になっていて、見ているとなんだか胸が痛くて……締め付けられるように痛くて逃げてきてしまいました。


 誤魔化すつもりはありません。私はこの胸の痛みの原因をしってます。この痛みを生む感情を何というか分かっています。


 ……分かっているのです。

 花蓮ちゃんもカナデも私とは釣り合っていないことぐらい……。

 かっこいい王子様は綺麗な女の人と結婚することぐらい……。

 分かっているのです。


 ああ、私はなんてひどい女なのでしょう。

 あんなにも私に優しくしてくれた花蓮ちゃんに嫉妬して、いなくなって欲しいという考えが頭を過ぎるだなんて。

 もういっそのこと、このまま帰ってしまいましょうか?

 きっとその方が邪魔な私がいなくて、あの2人も喜びます。

 私はポケットに入っているスマホを取り出しました。

 しばらくスマホを眺めていました。が、やはり飲み物を買ってくるといったので一旦戻ることにしました。買った飲み物を2人に渡したらすぐ帰ろう。そう心に決めました。

 大丈夫。辛いことには慣れています。

 私は自動販売機で水と微糖コーヒーと紅茶を買って戻ります。店を飛び出した時以上の重い足取りでした。

「どこまで買いに行ってたんだよ?」

 戻ってすぐカナデにそう言われました。

 意を決して戻ってみたものの、いくら周りを見渡しても花蓮ちゃんはいませんでした。

「花蓮ちゃんは?」

私は尋ねました。

「なんか知らないけど帰るってさ」

 連絡が来ているかもとスマホを見ましたが着信は入っていませんでした。

「それよか、何買ってきたの?」

「コーヒーと紅茶を……。水は私用に」

「そっ。じゃあコーヒー頂戴」

飲み口が手前側にくるようにカナデに渡しました。

 カナデはプルトップを開けコーヒーを一口飲みんで言いました。

「今日も歌わないのか?」

「花蓮ちゃんどうしたんだろう」

「……無視かよ」

 そんなことより私は気になっていたことを聞きました。

「カナデは花蓮ちゃんのことどう思った?」

「……そうだな、声に陰湿な感じが潜んでいたぐらいかな」

 私が聞きたいのはそんなことはではありません。

「でもでも花蓮ちゃんはスタイル良くて、顔ちっちゃくて、優しくて、私とは月とすっぽんで、とっても綺麗で——」

 男の人なら誰でも花蓮ちゃんのことを好きになっちゃうんじゃないの——と。

「アホかお前は」

 カナデは言葉を連ねる私を一笑に付しました。

「目が見えない俺に外見の話をいくらしたって意味ないだろうが。それに声なら断然にお前の方がいい。太陽の光みたいに温かくて綺麗な声だ」



——私は嫌な女です。

 彼の目が見えなくてよかったと思ってしまいました。

 私の顔は静かに落ちる鼻水と涙でいつも以上にブサイクになっているでしょうから。

「おい、なんか言えよ。ちょっと恥ずかしいだろ」

 私は声が震えないように気をつけました。

「——あの……歌、歌いたい気分なんで、歌ってもいいですか」

 泣いていることはバレていないでしょうか?この溢れ出るこの気持ちに勘づかれてはないでしょうか?

 ああ、でもやっぱり、バレても、勘づかれてもいいかもしれません。

 自信はありませんが、あなたがを褒めてくれたこの声をで胸を張って歌います。

 あなたを想って歌います。


 綺麗な声が草木を揺らしました。

 一人と一匹は目を細め澄み渡る声に体を委ねます。

 人も、動物も、植物も包み込む彼女の歌声は、さながら天上の者の祝福のようでした。

 


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