第5話

 朝起きて朝食をみんなで頂き、ヒルダと共に訓練に向かう。訓練は午前中のうちに大体二時間程度行うとのことだった。確かに訓練し過ぎて魔物の襲撃があった時に疲労困憊だったら本末転倒だもんな。


「ロイドは、今日は見学で良いよ。ロイドの実力はみんな昨日見てるから見学してても文句はないと思うし」


「そうか。ならお言葉に甘えてどんな感じなのか見せてもらうよ。」


「多分父上はロイドにみんなを鍛えて欲しいんだと思うけどね。良かったら少しずつ頼むよ」


 王国に居た時も騎士団員を鍛える訓練は良くやっていたから訓練自体は問題ないと思うが、まずはメンバーや力量は見ておきたいところだ。


「そうだな。いきなりだとお互いに大変だろうから考えながらやっていくよ」


 ◇


 今俺は防衛隊の訓練を見させてもらっている。訓練場にいるのは二十人程の若者たちだ。ほとんどが男性で、数人の女性が混じっているようだ。

 始めの一時間程で体力づくりの基礎訓練を行い、残りの一時間で実戦形式の模擬戦をしている。今は模擬戦がちょうど始まったところだ。


 模擬戦では怪我をしてしまうこともあるようで回復魔術に優れたヒルダの妹のミリアも訓練場に控えている。ミリアは俺を見つけると笑顔で駆け寄って来た。


「ロイドさん、わざわざ私に会いに来てくれたんですね。私嬉しいです」


 そう言いながら俺の腕を掴む。

 気に入ってもらえることが嫌なわけではないが、ミリアが寄って来てから、防衛隊メンバーの若い男達の視線がかなり敵意に満ちたものになってしまった。さらに何故かヒルダまでこちらを睨んでくる。ミリアはとても可愛いらしいので防衛隊内でもきっと人気があるのだろう。


「ミリア。出来たら離れてもらっても良いか?みんなの視線が痛いんだが」


 そう言うとミリアは頬を膨らましながら俺の腕を離してくれた。


「ロイドさんは照れ屋さんなんですね。私はみんなにどう見られても構わないですよ」


 こちらが構うんだけどな。ここに来て早々揉めたくはない。


 そんなやりとりはほどほどにして、模擬戦をしっかり見学しよう。みんなの実力を把握して明日からの訓練に役立てたい。


 さて防衛隊のみんなの様子を見ているが、みんなの魔力操作の技術がかなり拙いな。強さの簡単な見極め方として、魔力許容量と魔力操作の技術がある。ざっくり言うと魔力許容量が多くて魔力操作の技術が高いほど強い人間であると言える。

 俺は師匠から教わった技術で他人の魔力許容量を見ることが出来る。魔力操作の技術は戦っているときの魔力の流れを見ればどれくらいの技術ががあるかは測ることが出来る。この二つの能力が戦争では非常に役に立つ。勝てそうな相手にしっかり勝つのが重要だからな。


 さて先ほどから防衛隊のみんなを見ているが魔力許容量はかなり多いな。王国の魔法騎士団達の多くは魔力許容量が少ないのを魔力操作の技術を高めて補っていた。この国では逆の者が多いようだ。これなら魔力操作の技術を高めていくことで防衛隊の総合力を高めていくことが出来るだろう。


 そんなことを考えていると訓練を終えたヒルダがとなりに来ていた。


「ロイド、みんなはどうだった?」


「みんなかなりの力を持っているな。ただ魔力操作の技術が甘い。そこを鍛えていけばさらに強くなれるだろう」


「そうか。防衛隊が強くなれば町のみんなが安心して暮らせる。これからさらに頑張っていかなければな」


「ヒルダは今日はいた中では一番強そうだな」


「兄上には勝てないけどな。いずれこの街で一番になってみせるよ」


 確かにヒルダも鍛えていけばかなりの戦士になれるだろう。明日からの訓練には俺も参加していこう。


 ◇


 午前中の訓練を終えて訓練場のとなりにある食堂で昼食を取った後、これからまた釣りでもして過ごそうかと思っていたところ防衛隊のメンバー二人と荷車を引いた大きなネズミの様な生き物が何やら揉めている様だった。


「あれは火鼠族のモルだな。荷車を彼らにぶつけてしまったようだな」


 とヒルダはあまり興味なさそうに言う。


「お前の荷車がオレにぶつかったじゃねえか。謝れよ!」

「ほんとしょうもねえなあ。気をつけろよ!」


「気付かなくてぶつかってしまって悪かったッス。今後気をつけるッス」


 そう言って火鼠族の青年は申し訳なさそうにしている。


「なぁヒルダ。止めに行かなくていいのか?」


「うーむ。見たところモルの方が悪かったようだしな。あまり酷いことをしなければほっといても構わないが」


「いや、弱い者イジメはだめだろ」


「ロイドは外から来たから分からないだろうが、この国では強い者が正しいという価値観がある。だから強い者が言うことにはある程度は従わなければならない」


 そんなに価値観が違うのかよ。まだ暴力を振るった訳ではないのでもう少し様子を見るしかないか。


「モル、お前は農業をしっかりやってればいいんだよ!俺ら防衛隊に迷惑かけてんじゃねーよ!」

「ホントだよな。マジで迷惑だよ。お前の妹は働けもしない役立たずじゃないか」


「今オイラがぶつかってしまったのは悪かったッス。でもオイラの妹のことを悪く言うのはやめるッス」


「はぁ?お前口答えすんのか?痛い目に合わせてやろうか」


「妹は身体が丈夫じゃないけど頑張ってるッス。妹を悪く言ったのは謝って欲しいッス!」


 モルはそう言って防衛隊のメンバーの目を見据えている。怯えなど無い輝きのある目だ。


「そんなん知らねえよ!」


 片方の男がそう言いながら手に魔力を込め始めた。マズイな、流石に止めなければ。


「お前ら、そこまでにしとけよ」


「うるせえな。俺はコイツに立場を分からせてやってるんだよ!」


「ほう。そうやって強い者が何をやっても良いと言うなら、俺がお前らに立場を教えてやっても良いということだよな?」


 そう言いながら俺は全身に魔力を漲らせ相手を威圧する。


 するともう片方の男がかなりこれの威圧にあてられたようでかなり腰が引けている。


「おい、この人は昨日の魔物の大群を一撃で片付けたロイドさんだ。ここは引いといた方がいいぞ」

「確かに今日の訓練にも来てたな。チッ!しゃあねえな行くぞ!」


 そう言って二人はその場から去っていった。


 訓練の時にもいた奴らだが、真剣に訓練に取り組んでいたのを覚えている。


 それにしても強ければ良い――か。

 俺も自分の強さを存分に発揮する生き方をしてきた。流されるようにそう生きてきたが、今この手に残ったものは何だ?戦争は終わらせることが出来たが、その守ってきた王国にはもう戻れない。

 そう思うと戦いの強さだけあれば良いという価値観には同意できないな。ただ、強くて悪いというわけじゃない。大事なのは力の使い方とそれを持つ者の心のあり方だと俺は思う。


 色々考え込んでしまっていた俺に火鼠族の青年が話しかけてきた。


「お兄さん、助けてくれてありがとうッス。オイラは火鼠族のモルっていうッス。お兄さんの名前も教えてもらっても良いッスか?」


 そうモルはそう言って右手を差し出す。俺もその手を握り答える。


「俺はロイド・ヴィクトルという。助けるなんてたいしたことはしてないよ」


「そんなことないッス。あのままだと何をされるかわかんなかったッス。オイラもあそこで口答えせずに謝ってればよかったのに、妹のことを悪く言われて我慢出来なかったッス」


「いや、家族のことを悪く言われて自分よりも強い相手にもしっかり立ち向かえる君のことを、俺はとても素晴らしいと思うよ」


 俺は自分よりも立場の強い相手には逆らわず生きてきた。だからこそさっきのモルの姿はとても美しいものに見えた。


「そんなことないッスよ。強くなければ自分を通すことは難しいッス。それにしてもロイドはすごく強いッスね。さっきの威圧の魔力でオイラがちびりそうになったッス」


「いや俺は師匠に本当に大切なのは心の強さだと教わってきたからな。力の強さだけじゃ意味がないよ」


 するとモルは下を向きながら何かを考えているようだった。そして戸惑いながらこう言った。



「もし良かったらオイラを鍛えてくれないッスか?」


 これが俺と火鼠族の青年モルとの出会いだった。


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