ミドル8-2『第四幕:鍵を求めて』

稀生:「……"操演者"を倒してエイルを救うだけじゃ、意味がない。

 ニュクスの鍵としての役目を終わらせる事が出来れば……とは言っても、ニュクスって一体何なんだ……くそっ!」

 手持ちの情報では、答えに辿り着けない。焦燥感が、稀生の心を侵蝕する。

「こんな時、マリーも一緒だったらな……」

マリー:「何、浮かない顔をしてるですか、なの」

 いつの間に後ろにいたのか。振り返ると。そこには情報を集めたマリーが立っていた。

稀生:「うぉおう!? マリー、いつからそこに……って、その端末。何かわかったのか!?」

マリー:「わかったも何も、調べるのが任務なの。こっちはニュクスの正体に辿り着いた。そっちの進捗は?」

稀生:「ニュクスの正体――! こっちは、エイルを救える可能性を模索してた。手詰まりだったけど、ニュクスの情報があれば……!」


 やおら姿勢を正し、稀生は床に頭を擦り付ける。


稀生:「そのデータ、俺にも共有してくれ! 頼む!」

マリー:「エイルを救える可能性……?」

 その言葉に、マリーの表情が険しいものへと変わる。

「彼女に利用されておきながら、まだそんな事考えてたの。お人好し過ぎてもはや馬鹿なの。

 ニュクスの危険性は、稀生だって知っている筈。なのに何故、未だにエイルを救うことに固執するの? もしかして、まだエイルの能力が効いたまま?」


 それなら精密検査をオススメするの、と言い残し、マリーはその場を去ろうとする。


稀生:その細い腕を掴んで引き止める。

「確かに俺は馬鹿だよ。間違いなく大馬鹿だ! けどマリーだって見てたんじゃないのか。俺たちが部屋に帰る度に、エイルが何て書いて出迎えてくれたか!

 たった半日、それも任務で外に出ただけだったけど、あの日エイルがどれだけ楽しそうだったのか! 見てなかったとは言わせないぞ!」

 声を荒げ、それでも姿勢は変えようとせず、言葉を重ねる。

「俺はエイルを見捨てない。見捨てたくない。ニュクスの正体がわかれば、"操演者"と一緒に潰して助けられるんだよ……頼むよ……!」


 絞り出すような懇願こんがんの声。しかし、マリーは振り返らない。


マリー:「……それによって、一体どれだけの人間を危険に晒すかわかってるの。

 レインズだけじゃない、UGNが守ろうとしている日常は容易く崩壊し、人々の混乱はレネゲイドの覚醒を促す。

 稀生の出身、学園島アカデミアだって例外じゃないの。世界的な危機の中で、どうしてエイルを見捨てないの?

 ……元々、任務で仮初の共同生活を送ってるだけの薄氷の上の絆。マリーには……そんなもの、よりも世界を守る責務があるの。理解、出来ないの」

 振り返らず、淡々と告げようとしているのに。言葉とは裏腹に、声が震える。

稀生:「……何でだよ……何で、守るべき世界の中にエイルが含まれてないんだよ。

 わかってるよ、世界の危機って事くらい。だったら救うべき世界の中に、何でエイルだけがいないんだ。

 マリーだって言ってたじゃないか。単純な足し引きの計算だって。なら、世界にエイルを加えた方が数は大きくなる筈じゃないか……!」


 僅かに、マリーの肩が震える。振り返り、稀生に端末の画面を突きつける。


マリー:「なら、これを見て諦めるの。ニュクスを潰すなんて馬鹿げた事、いつまでも言える訳がないの」

 ここで、ニュクスの真実についてデータを共有するよ。

「ニュクスは危険なRB。遥かな太古から存在を確立させていた、マリーたちより上位の存在。敵に回せば、マリーたちだって無事じゃ済まない事、理解するの」


 星1つを敵に回す。その事実に、しかし稀生は思考を止めようとはしなかった。


稀生:「なら、どうして鍵が必要なんだ。それだけ強大な敵なら、いつだって力を振るえる筈だ。けど実際には、力を解放させるための鍵がいるんだ。

 決して絶対的な存在なんかじゃない。必ず、付け入る隙はある」


GM:やがて、諦める事なく情報を精査していた稀生は気付く。

 厳重に隠蔽いんぺいされた情報がある。そしてそれは……間違いなく、リエゾンロードにとって不都合なものだと確信出来る。


稀生:「現に、このデータにはまだ続きが残ってるよな。独力じゃ開示させられなかった情報がある。だからマリーはここに足を運んできたんだ。違うか」

マリー:「……違わない、の」

稀生:「なら、リエゾンロードが隠した情報を覗いてから改めて答えを出そう」

 端末から顔を上げ、右手を差し出す。

「それまで、また俺と組んでくれるか、"ブラッディメアリー"」

マリー:「…………」

 その手を掴んで良いものか、戸惑う。

 いつもそう。この男はいつだって軽率に手を差し出す。任務遂行のため、殺すために動く自分とは違って、いつだって救うために行動する。

 それが疎ましいような、羨ましいような。そんな感覚を覚えた。


 時間にして十数秒の沈黙。その緊迫は、マリーが差し出した小さな手によって破られた。


マリー:「……わかったの。確かにあのリエゾンロードは腹立たしい。報復できるなら、マリーも願ったり叶ったり。でも」

 釘を刺す。この男は、釘を差しておかないとどこまでも暴走しがちだから。

「マリーはあくまで世界を、レインズを優先するの。ここが"ブラッディメアリー"の居場所。マリーの帰る場所なの。

 取り敢えず、そこまでは一緒にいてあげるの。"ブロークンコンパス"」

稀生:「ありがとう。頼りにしてるぜ」

 その華奢な手を、しっかりと握り返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る