結婚保険に入らずに結婚するなんて正気ですか!?
ちびまるフォイ
保険がつむぐ愛の形
「結婚保険にご加入ですか?」
「ええ、実はボク結婚のつもりがあるものの不安でしょうがないんです」
「そうですね。結婚というと人生における一大決心。
お金もかかりますし、一緒に生活して見える嫌な部分もあるでしょう」
「だから結婚保険に入って、もしも離婚することになっても保険適用で被害を最小限にしたいんです!」
「そういう人、多いですよ。最近はなにかとお金がかかりますし」
「このこと、どうか彼女……いえ、妻には内緒にしてください。
まるで彼女との結婚に自信がないみたいに思われるでしょう」
「もちろん黙っていますよ。それが結婚保険ですから」
「ありがとうございます!」
「ではしばらくしたら契約書類を発送しますので、ハンコ押して返送してください」
それから男は結婚への一抹の不安を拭い去り結婚した。
妻との新居に届く郵便のなかに結婚保険の契約書が見つからないかヒヤヒヤしたが、
男の郵便ポスト巡回のおかげで妻の目をかいくぐって契約書にサインができた。
そうして幸せに輪をかけてはじまった新婚生活だったが、
むしろ付き合っているときよりも口論が多くなっていった。
「ねえ、なんで洗ったお皿を寝かせるの? 乾かないじゃない」
「皿を立てて置いたら崩れたときに割れちゃうだろ」
「うちではいつも立ててたの!」
「知らないよそんなこと!」
「なんでそんなふうに言うの!?」
「君からけしかけてきたんだろ!!」
いつも口論の始まりはたいした内容ではなかった。
お互いの違いが好きを上回ってしまっただけだった。
男はしだいに口論するエネルギーを使いたくないがために家に帰らなくなり、
それが妻との関係をより冷え込ませていく悪循環になった。
いつしか口論もなくなり、同じ家に住む他人という感覚になった。
(なんでボクは結婚したんだろう……)
夜、布団に入って天井を見ながら考えるのは今の生活への後悔だった。
なぜ自分が結婚したかったのか、なぜ彼女を選んだのかもう思い出せない。
男が離婚を切り出すのにはそう時間がかからなかった。
「……なんかもう、家にいるのが辛いんだ。離婚しよう」
男はどんなそしりを受けるのかと思っていたが妻の対応はドライだった。
「そうね別れましょう」
もはや冷え切った関係であれば結婚生活になんの未練もないのだろうと男は思った。
離婚して喪失感だとか後悔が生まれるかと思ったが、結婚保険のおかげでむしろ気持ちは上向きだった。
「これで結婚保険が適用される。一転してセレブな生活ができるぞ!」
結婚の鎖から解放された男は結婚保険を見越して、
高級タワーマンションの一室を購入した。
結婚保険が適用されるとその金額に目を疑った。
「ご、500万!? なんで半額になってるんだ!?」
当初の契約では1000万だったはずがまさかの50%オフ。
怒り狂った男は結婚保険へと殴り込みに行った。
「どういうことだ! 保険適用されたのに500万しかなかったぞ!」
「それでしたら、お客様が契約されたのは結婚後でしょう?」
「ああそうだよ! だからなんだ!」
「保険適用対象は夫と妻で折半されているのです」
「……なんだって!?」
おもえば契約書類を返送したのはすでに結婚後。
財産分与で自分が得られるのは半分になってしまった。
「うそだろ……」
男は深く後悔したがいまさら「ボクの契約した保険だから」と、
結婚保険をこっそり契約していたことをバラしたうえ500万よこせと迫るのは
あまりに惨めで自分の人生でも群を抜いてかっこ悪いシーンになるため諦めた。
「500万を手に入れる機会はなくなったけど……自由は手に入れたんだ」
男は500万を手に、自由な生活を謳歌した。
楽しかったのはせいぜい最初の1週間程度だった。
「ただいま……」
家に帰れば自分が出たままの惨状が部屋に広がっている。
結婚をきっかけに友達関係も遠のいてしまい、ますます誰かと話す関係が失われた。
ある日、通帳を見てみると追加で500万が振り込まれていた。名義は元妻だった。
「ボクの結婚保険で得た500万なんていらないってことか……」
離婚後に露呈した結婚保険の500万を使う気になれなかったのだろう。
遅ればせながら、1000万を手に入れたもののもはや嬉しくもなかった。
食べ物はいつもコンビニ弁当ばかりで、もはやゴムを噛んでいるような感覚。
普段、どれだけ自分が妻に支えられていたのかを感じてしまう。
「ああそうか……ボクは孤独に耐えられないから結婚していたんだ……」
独り身の自分が死んだらどうなるのか。
最近はそればかり考えるようになった。
将来への不安。現実の孤独。自分の存在価値。
それらはお金を持つことではとても解消されなかった。
男が1000万円をどこかに寄付して自分は死のうと考えたとき、妻から復縁の話が来た。
こっそり結婚保険に入っていた後ろめたさや、
離婚を自分から切り出した気まずさから言い出せなかったが、
復縁の話を聞いたときに男は飛び上がるほど嬉しかった。
これまでに感じていたあらゆる不安は再婚の2文字で吹き飛んだ。
自分が誰かに必要とされていると思えるだけで人はこんなにもプラスに転じられるのだと思った。
妻に指示された喫茶店へと向かった。
「それでね、別れて思ったんだけど……やっぱり私にはあなたが必要だと感じたのよ」
「ああボクもだよ! 君がいない生活なんて考えられなかった!!」
ふたりはひと目のはばからずにお互いを抱きしめあって再婚を誓った。
再婚してからしばらくして夫は妻にふと尋ねた。
「君から復縁の話を聞いたときは驚いたよ。
最初に結婚しているときにはすっかり愛情に冷めてると思ったから」
「そんなことないわよ」
「でも、どうして急に再婚しようなんて思ったの? なにかきっかけがあったのかい?」
妻は開いていた通帳越しに答えた。
「ええ、だって結婚してから契約した結婚保険って夫婦で折半されるんだもん」
その後、妻が契約していた結婚保険のお金は夫婦の口座に満額振り込まれた。
結婚保険に入らずに結婚するなんて正気ですか!? ちびまるフォイ @firestorage
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