Lady Blue Babies
準永遠/万願寺
彼女のこと
遠くへ、と彼女は言った。
いつ、どこでかは問題ではない。それどころか、変革されたこの世界においては彼女が誰だったのさえ問題ではない。
正直なところ、今の私には分からないのだ。どれほど思考しても記憶を掘り起こしても、脳裏に浮かぶ彼女の像はあいまいでつかみどころがない。
そうして、そのように分からないからこそ推測できる事実もある。
つまり彼女はもう、この世界で認識できる範疇を越えたのだ。と、ありとあらゆる思索のあとに私はそう結論した。未だなおこの世界に囚われている私は、この世界の中の概念しか理解することができない。彼女はその外側の存在になった。遠くへ、と言った彼女は、正真正銘の世界の果てにたどり着き、その向こうへと行ってしまった。そういうことなのだろう。
途方もない望みを、彼女は自力で達成した。私はその計画を口を開いて見ているだけの間抜けな観客で、共犯になんてなり得べくもなかった。そのことについて、恨めしいとか悔しいなんて気持ちは、だけど私には起こらない。だいたいこの世界の連中ときたら、誰もが勝手にやりたいことをやるのが常なのだ。吼えたいように吼えて、暴れたいように暴れて、堕ちたいように堕ちる、それは、自由や奔放なんて健やかなものとはほど遠いけれど。今やすっかり忘れ去られてしまった心なるものの輪郭を、どうにか確かめようとしてがむしゃらに手を伸ばしているような、無様なあがきでしかなかったのだけれど。こんな世界に見切りをつけた彼女こそが、この世界の人間らしい不遜さでもって颯爽と退場していった、というのは、私にとっては痛快なくらいだ。
だから私はせめて、この物語を語るとき、彼女のことを『あなた』と呼ぼう。
だってそうだろう。彼女がこの世の運命というものを打ち破って、理を超越したのならば、彼女はきっとそちら側にいるはずだ。
かつて『あなた』は彼女だった。
今この文章を読んでいるあなたへ。
ここに綴られた言語を理解し、一語一語を噛みしめて、踏みしめて、進んでいるあなたへ。
さよならの仕方も知らなかったあなたへ。
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