春暁の消滅

春嵐

01

 恋人が死んだ。


 何のまえぶれもなく。ただ、その事実だけがある。

 彼女には身寄りがなかったので。死に伴う煩雑な部分は、全て自分でやった。書類を書いて。届け出を出して。

 死んだ後ぐらいはひとりでいなくてもいいように、無縁共同の墓地を選んで遺骨をお願いした。


 すべてが終わって。

 何も、残らなかった。

 悲しいという気持ちさえ、湧かない。ただの、空虚な感じ。


 部屋。

 彼女の使っていた食器や、タオル。


 ぼうっとしたまま、眠っていたらしい。

 目を覚まして。

 起き上がる。


 彼女の使っていたものを、袋に入れて。

 捨てようと思った。

 思ったのに。

 捨てられなかった。


 玄関に置いたまま。立ち尽くす自分。彼女がここにいた証が、袋いっぱいに、詰まっている。

 時間になったので。しかたなく袋はそのまま玄関に置いて、仕事に向かう。


 人が死んだら仕事に逃げるみたいなことを誰かが言っていたような気がしたけど、とてもそんな気にはなれなかった。

 仕事中も、結局、彼女のことを考える。


 仕事は、とても早く進んだ。

 女の上司に呼ばれて、仕事ぶりを評価された。

 気にくわなかったので、その上司を一発だけ殴って、仕事場を出た。


 少し歩いたあたりで、右の人差し指が少しじんじんしてくる。

 上司を殴ったときに、つき指したかもしれない。

 見てみたら、血がついていた。女上司の血なのか、自分の拳を切った血なのか、分からない。


「はあ」


 ひさしぶりに、呼吸をしたような気がした。ためいき。

 そして、ひさしぶりに、上を見る。

 夕暮れ。


 彼女が死んだことなんてお構いなしの、綺麗な夕陽だった。


 ほんの少しだけ、それを眺めて。


 また、とぼとぼと歩き出す。


 帰ったら、彼女の思い出がつまったごみ袋をどうするか決めないといけない。


 家に帰っても、もう、彼女はいない。

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