化異譚〜愛莉明と双の怪異録〜

おもちゃ箱

百奇夜談

プロローグ

 暗い部屋の中央に置かれた火鉢を見つめながら獅子堂匠は小さくため息を吐いた。

 火鉢の中では護摩木が赤く燃え、周囲を照らしていた。獅子堂がこの場に座っているのは火事にならないようにという火の番である。そのせいで100のうち90しか話を聞けないのを内心不満に思っていた。

 それを口にしなかったのは今回の企画が大切なものだったからだ。獅子堂が所属するオカルト研究部は訳あっていくつかの部が合併して最近できた部だ。そして今回のこれは合併してから初めての企画なのだ。親睦を深めるということで何としても失敗させるわけにもいかなかった。

 炎を見つめながらそんなことを考えていた獅子堂はふと視線を感じで思考を中断する。火の番の交代が来たのかと思ったがそれにしては早すぎる。獅子堂がここに座ってから五分と経っていないのだ。それに暗くて慎重になるとはいえ物音一つたてずに入ってこれるとは思えない。

 獅子堂は座ったまま周囲を確認してみたがやはり誰の姿もない。それに気づけば視線はもう感じなくなっていた。


「気のせいだったのか?」


 もしや出たのかもと思ったが企画が始まってまだそう経っていないのだしと思い直し、再び視線を火へと戻す。

 本来ならばここにあるべきは行灯または蝋燭であるべきなのだが並べるスペースと倒れたら危ないし、燃え残った蝋燭の処理が面倒ということで火鉢に護摩木ということになった。それに護摩木は100本1000円程度で蝋燭100本買うより断然安いかったのも理由の一つだ。

 とは言ってもこれでは雰囲気がだいなしで本来の結界の役割を果たせているのか疑問だ。一応神社で清めてもらった護摩木を使っているが効果はあるか甚だ疑問だが。

 そんなことを考えていると獅子堂は再び視線を感じた。さっきの視線は気のせいではなかったのかと振り返るとそこにいたものと目と目があった。


「………」

「………」


 それは幽霊ではなく獅子堂がよく知る相手だった。部が合併する前から付き合いのる同じ部の後輩の今井戸だった。獅子堂を驚かせるため音を立てないよう慎重に近づいてきていたらしい。


「……獅子堂先輩代わりますよ」


 今井戸は何もなかったかのようにそう言って護摩木に火をつけて火鉢にくべる。

 あちらでは獅子堂が戻ってくるのを待っていることだろうからすぐに立ち上がりむかうことにした。


「そうだ先輩。待ってる間何かありました?」

「いや、何もなかったよ」

 

 獅子堂は何も悩むことなくそう返した。さっきのはどうせ気のせいだと思ったからだ。それにもし言ったらありもしない視線を感じることもあるので先入観を持たせるのはよくないと思った。

 獅子堂は今井戸が伝ってきた紐を頼りに闇へと足を踏み入れていった。

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