第5話令嬢救出記〜前編っ!〜
首都サンベリーナ。賑やかな大通りを旅の連れアリシアと並んで歩く。
「なんかついてないっ!」
金に近い
愛らしい外見に、むすっと怒った表情がことさら可愛らしさを引き立ててはいるが、今までの経験上この状態の彼女に声を掛けるとロクな事がない。
「きゃぁっ!」
建物の陰から急に飛び出して来た男が、アリシアを跳ね飛ばして走り去っていく。
おっと。
とっさにあたしが腕を掴んで、転倒は
「待ちなさいよっ!
このっ
アリシアの振り下ろした指先から氷の結晶がはらりとこぼれたかと思うと、ビキビキを音を立てて氷の帯が大通りを突き進む。
ギイィィンッッ……。
急激な温度差にあたりの空気が悲鳴を上げて、氷の帯に追いつかれた男が氷の彫刻と化した。
ほら、ロクな事がない。
「凍らせてどうするの?」
「ぶつかってきたのよっ! あたしにっ」
アリシアだけの大通りじゃないから。
どんだけお山の大将なのよ。
「ひぃっひぃっ……!
っ。捕まっ、捕まえて頂いて……」
息も絶え絶えな声に振り返ると、白髪の髪を振り乱した身なりの良いじーさん。
「た。助かりました。
これで、お嬢様の、みっ身代金が……」
身代金?
「まぁ、ご老体。随分とお困りのご様子。
わたくし達は旅の身ですが、腕には覚えがございます。
微力ながらお手伝い出来るやもしれません。
お話伺わせて頂きますわ」
出たっ。
柔らかな物腰と心配そうな
さっきまでの不機嫌さは
「おお。女性の魔道士殿とは。
ぜひ屋敷に」
幸運を喜ぶじーさんに背中を向けて、あたしにゆっくりとうなづいた。
じーさんから見た後頭部は「行くわよっ!」なんて決意のうなづきに見えたかも知んないけど、あたし側から見た顔は、にまぁっと笑った悪魔の微笑み。
金ヅル掴むの上手いなぁ。
今日は朝からついてなかった。
つい半月位前まではこの辺りは山賊どもが出没し、街の商人達も荷物の出荷や仕入れに護衛を付けなくてはならない状態だったらしいんだけど、近隣の村にも被害が出始め、街を治める上級貴族が事態を重く見て兵を出し、
まぁ、あたし達も別件からこの討伐には一枚噛んでたりするんだけど。
とにかく、山賊がいなくなった。という事は高い金を出して護衛を雇う必要がなくなった。って事で、ギルドには急に仕事にあぶれた連中がたむろしていた。
正にあたし達は自分の首を締めちゃったわけだ。
少ない仕事を取り合う中では女って事で、仕事を断られる事も多分にあり、アリシア嬢の機嫌は上記のように悪くなった。と言うわけ。
じーさんの素性は街で商売をしているダグラス商会の執事長。との事。
アリシアに氷漬けにされた男は、じーさんが銀行から下ろした身代金の入ったカバンを引ったくり逃げる途中だったらしい。
あの後街の警備兵を呼び、アリシアが解凍した男はそのまま御用になった。
屋敷は街の中心部に近く、それだけで権力の強さを
屋敷の中に通されたあたし達は応接のフッカフカのソファーに身を沈めた。
きらきらと輝くシャンデリア。
大きな暖炉の上に並ぶ
成金的ないらやしさは全くなく、長く続く老舗の商売屋だと感じさせる。
明らかに値踏みしているアリシアの視線がちょっと気になるけど……。
コンコンコンッ。
小さなノックの音に、一度瞳を閉じたアリシアの顔が「知的な魔道士」の顔になる。
女は怖いなぁ。
あたしも女だけど……。
部屋に入って来たのは40そこそこと言った感じの男性。軽く白髪が混じってはいるが、がっしりとした佇まいには他を寄せ付けない風格を感じる。
あたし達が立ち上がるとスッと手で制した。
「お座りください。
マイルズから話は聞いております」
後ろから合わせて入室して来た執事長のじーさんがうやうやしく頭を下げる。
「私は家長のダグラスです。
礼金はいくらでもお支払い致します。
愛しいフィーリアを助けて頂きたいっ!」
あたし達の向かいに座りググッと頭を下げる。
「お顔を上げてください。
わたくし達もそのつもりで来ております。
お話を詳しく聞かせてください」
今朝の事。毎朝恒例の散歩に出ていたフィーリアお嬢様。どうやらそこで誘拐犯に遭遇したようで……。
空を飛んで来た黒服の何者かに連れ去られた。
と、お付きの女性から報告があり、屋敷には身代金を要求する手紙か届いていた。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!
ふぃ~りあぁぁぁっ!!
わたしのフィーリアがぁぁぁっっ!」
突如叫び出すダグラスさんにビックリして
「今頃きっと泣いているっ!
ふぃ~りあぁぁぁっ!!」
うっわぁぁ。このオヤジ……。ヤバいわ。
「旦那様」
こそっと耳打ちするマイルズさん。
「……。こほん。
よろしくお願い致します」
「えと。
とりあえず警備兵とか、ギルドに相談しようとか思わなかったんですか?」
完全に引いてるアリシアの横から口を挟む。
まぁ、依頼料さえ払ってくれるなら構わないんだけど、ギルドに依頼済みの仕事だとマージンがかかっていたりするので横取りは色々まずい。
「警備兵は男なのだよ。
ギルドにも問い合わせたが、紹介されるのは男か、男女混合のパーティ。
フィーリアは手塩にかけて育てた、まさに
自分を助け出した。なんて理由で、筋肉バカな兵士どもや、どこの馬の骨とも知れぬヤドロクの小汚い旅の男どもを
『白馬の王子様❤︎』
だなんて勘違いさせるわけにわいかんのだよっっ!」
酷い言われようだな。それあたし達も入ってんだろ。
まぁ、話し合った結果依頼料は破格だし、ダグラスさんの性格に多少の問題はありそうだけど、断る理由はない。
「後で散歩に同行した方にも話を聞きたいですね。
後は、フィーリアさんの外見の特徴。彼女の顔がわかるものとかありますか?」
「
それはそれは愛らしい娘なのだよっ」
力説されてもわかんねぇよ。
「旦那様。肖像画がございます」
ダグラスさんがこそっと耳打ち。
早く出そうよ。そういうの。
マイルズさんが出してきた絵をアリシアと覗き込む。
ダグラスさんと、椅子に座った二十代前半の栗色の髪の女性が柔らかく微笑んでいる。
「あれ。黒髪って」
あたしの疑問にアリシアの冷たい一言。
「もしかしてこっち? 膝に乗ってる黒毛の……」
膝に乗ってる。
「猫じゃないのぉっっ!」
だって
一緒に散歩に出た……。いや。猫を散歩させてた使用人曰く、空を飛んできた黒服の男に連れて行かれた。
あっという間で何が起きたかわからないとの事だった。
「
犯人は魔道士。
身代金の受け渡しは午後からだったわね。
待ってんのも面倒だし、ササッと行って終わらせてきましょう」
屋敷を出てサンベリーナの街道を進む。
町から離れ、小さな森の入り口に都合よく建っている五重の塔。
普段は無人の見張り小屋みたいなものらしいんだけど。
「あたしなら黒猫集めまくるかな」
塔の入り口が見渡せる茂みに身を隠す。
「まぁね。あたし達には見分けつかないし。
違う猫を連れて帰って怒られるんなら、最悪誘拐犯の方を捕まえて帰りましょう」
アリシアが大きく髪をかきあげる。
払うつもりが無いので身代金は持ってきて無い。
「攻め入る?」
「えー。無駄な労力使いたく無いし。
時間も早いし、知らん顔して正面から当たってみよっか」
抜きかけたロングソードを鞘に収めた。
コンコンコン。
洒落っ気も何も無い。リング状のノッカーを叩く。
「こんにちはぁ」
警戒心ゼロの声でアリシアがニコニコと微笑む。
『……。まだ時間には早いはずだが』
警戒心を
「あら。ごめんなさい。お約束は取っていないんです。
あたし達、ギルドの方から町の魔道士の生活向上調査に来たんです。
少しお時間頂けません?」
まぁ、スムーズに適当な言い訳が出てくる事。
「アンケートにお答え頂くと、ギルドで使えるお食事券。差し上げてまぁす」
詐欺師かよ。
『残念だが、来客があるので』
ブツッと小さな音を残して声が切れた。
「あら、残念」
「顔だしてくれれば楽だったのに」
ギィッと
薄暗い部屋の中に浮かび上がるシルエットが、扉を開けた事で一斉にこちらを向いた。
その数、ざっと20超え。
バタンッッ!
「何今の?」
勢いよく扉を閉めてアリシアと顔を見合わせる。
「ゴブリン」
返事が早いか、室内から吹き付ける〈イヤな感じ〉にアリシアのウエストを抱えて扉を離れるっ!
「
ギイィィンッ!
軋む音に風が渦巻く。
木製の扉が鋭利な断面を見せて崩れ落ちた。
「ゴブリンじゃ無いのも混じってた」
抜き身の剣を下げて先頭に立つのはシルエットこそ人っぽいけど、全身を覆うのはヒョウのような動物の毛。
獣人? キメラ?
バラバラと後から湧いて出るゴブリン達。
「調査員って言ったのに」
「ならば去れ」
獣人が口を開く。
「ダグラスの屋敷の腐った臭いがする。奴に雇われたのならば容赦はしない」
なんだかダグラスさん本人に因縁がありそうな言い草。
「塔をぶち抜かないでよ」
剣を抜き、アリシアに釘をさす。
「あたしがみすみす高額依頼料を逃すわけ無いでしょ」
うん。一番説得力があるかも。
「
アリシアの呪文が距離を詰めて来たゴブリンを吹き飛ばし、スペースを確保する。
「
広範囲に広がった氷の散弾がゴブリン達に降り注いだ!
【後編っ!に続く】
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