通学路での恐怖…
ノアのロケット
祖母からもらったストラップ…
カタカタカタカタ
一人の女性が、パソコンのキーボードを打っている。
「よし、やっと書き終わったー」
女性は、そう言った後、イスに座ったまま伸びをした。
――私の名前は、
真由美が、何となく窓の外を見てみると、いつの間にか、空は真っ暗になっていた。
――小説も書き終わったことだし。そろそろ寝ようかな。
真由美は、パソコンをシャットダウンした後、イスから立ち上がった。その後、パソコンの隣に置いてあったスマホを取って、寝室へ向かった。そのスマホには右手を失ったくまのストラップが付けられており、静かに揺れていた。
真由美が、部屋から出た後、電気が消えた室内には、誰もいないはずである。しかし、ひとりでにパソコンが起動され、先ほど書き終わった小説が、映し出された。
【パソコンの画面】
今回の小説は、私がこれまでの人生の中で、一番恐怖に感じた実体験を基に書きました。今でもその時の恐怖が頭から抜けることはありません。それは、私が小学校に通い始めたばかりの頃の出来事です。
【回想】
「お母さーん、行ってきまーす」
「こら、真由美、忘れ物よ。まったく、今日から初めての小学校で楽しみなのはわかるけど、うっかり転んで怪我なんてしないようにね。本当に真由美を見ていると心配になってくるわね。私が、一日目だけでもついて行ってあげましょうか」
母が、腰に手を当てて、とても心配した表情を作りながら話した。
「真由美だって、ひとりで行けるもん。小学生になったんだから、真由美だって、お姉ちゃんになれたんだもんね」
真由美は、にししっという効果音が、つきそうな表情で笑った。
「今度こそ行ってきまーす」
新しいランドセル、新しい制服、新しい靴、そして…亡くなった祖母からもらったくまのストラップをランドセルに付けた真由美は、小学校という新しい世界へ向かって走り出した。その時は、目に映るすべての物が新鮮で、見えている物がキラキラと輝いて見えていたことを覚えている。
今思うと、すべては、この日が始まりだった。あの恐ろしい体験の…
「どうしよう…迷子になっちゃった。それに、家に帰る道もわからなくなっちゃった…こんなことになるんだったら、お母さんについて来てもらったら良かった」
真由美は、涙がこぼれそうになるのを必死に我慢して、顔をきょろきょろ動かしながら歩いていた。
「泣きそうな表情をしているけど、何かあったの…」
あんなにも楽しみにしていたはずの小学校への初登校が、辛いものへ変わろうとしていたとき、突然女性の声が後ろから聞こえてきた。
真由美は、誰かが後ろに来ていたことに、まったく気が付くことができなかった。猫のようにびくっと全身で飛び上がりながら、声がした方向へ振り向いた。
そこには、長くてきれいな黒髪をしたお姉さんが立っていた。とても優し気な表情をしており、白いワンピースを着て、黒いパンプスを履いていた。
「お姉ちゃん。だぁれ…」
「お姉ちゃんはね。泣きそうな表情をしながら一人で歩いている女の子のことが心配だったから、声をかけてみたんだ。いったいどうしたのかな」
「あのね、真由美ね。迷子になっちゃったの…」
真由美は、とうとう涙をこらえきれずに泣き出してしまった。
「そう…真由美ちゃんって言うのね。迷子になっちゃたんだ。かわいそうに…どこの小学校なの。もしお姉ちゃんが、わかったら案内してあげよっか」
「ほんとに!えーっとね。
親切そうなお姉さんの提案に心の底からほっとした真由美は、大きな声で答えた。
「ふふっ。凄く元気ね。それなら知っているわよ。よっし、お姉ちゃんが一緒に連れて行ってあげる。ついておいで」
そう言って、お姉さんは歩き出した。
「それにしても、清風高等小学校って面白い名前よね。小学校なのか高校なのかわかんない感じが…」
フフフっと笑いながらお姉さんは言った。
「でしょでしょ。だから、真由美はね。すごくお姉ちゃんになった気分になっちゃって、だから…ひとりで小学校行くのって、お母さんに言っちゃったんだ。でも…結局…迷子になっちゃった…だけどね、お姉ちゃんと出会えたって思えば、良かったと思うの…」
真由美は、お姉さんに向かって満面の笑みを浮かべながら言った。その時のお姉さんの表情は長い髪の毛に隠れて見ることはできなかった。
「お姉ちゃんの髪の毛ってね、とっても長くてきれい。真由美もお姉ちゃんみたいにきれいになれるかな」
真由美は、大人っぽくて、きれいなお姉さんに対して凄い魅力を感じていた。その後も、スキップをしながら小学校に着くまでお姉さんとたくさんの話をした。
「小学校に、着いたわよ」
「お姉ちゃんのおかげで遅刻しなかったよ。ありがとう。また、会ったらいっぱい話そうね」
真由美は、そう言って、お姉さんに手を振りながら小学校の校門をくぐった。登校時間帯にもかかわらず、校門の周りには誰もいないというおかしさに気が付かないまま…
小学校では、新しい友達や体験がたくさんできて、凄く楽しかった。しかし、楽しい時間は短く感じるようで、すぐに下校時刻になってしまったのである。
バタバタバタバタ
活発そうな女の子が、一人走り寄って来た。この女の子の名前は、
「ねー。ねー。真由美ちゃん。帰る方向って大体一緒だったよね。だったら、一緒に帰ろうよ」
「うん、一緒に帰ろー。こっちこそ誘ってくれてありがとー。いっぱいお話しながら帰ろうね」
初めての小学校の帰り道で、真由美は花梨とたくさんの話をしながら歩いていた。花梨と話をしていると、ふいに何かに気が付いて、真由美のランドセルに指を差してきた。
「わー。そのくまさん…かわいそーだよ。右手が無くなってるよー」
真由美は、花梨の言葉を聞いて、ショックと焦りを感じながら、急いで背負っていたランドセルを近くにあった低めのブロック塀に乗せてから、確認を始めた。このくまのストラップは、大好きだった祖母から最後にもらった物だった。そのため、真由美にとって、このストラップは宝物だったのだ。
確認すると、本当にくまのストラップの右手が無くなっていた。とても不自然に、まるで…誰かに引きちぎられたかのように…
「なんで…こんなことになってるの。これは、おばあちゃんから最後にもらった宝物だったのに…」
真由美は、我慢ができずに泣き出してしまった。
「でもね。花梨は、思うの。いつかは壊れちゃうものだし…仕方がないって思うよ。そんなに泣いてあげたんだから、真由美ちゃんのおばあちゃんだって、きっと喜んでると思うよ…」
「うん…そうだったら嬉しいな…」
その後、ふたりともあまり話さずに、並んで帰った。そして、とうとう花梨との分かれ道が来てしまった。
「花梨ちゃん。今日はごめんね。ありがとう…」
「そんなことどうでもいいよ。真由美ちゃんが明日、元気に来てくれたら、花梨だって嬉しいもん。やっぱり明日からも一緒に楽しくおしゃべりしたいもん」
そう言って、花梨は笑ってくれた。真由美は、花梨の笑顔のおかげで気分が、とても軽くなった気がしたのだ。だから、真由美も笑顔を返すことができたのだ。
「「じゃあ、また明日、学校で会おうねー」」
その日は、何事もなく家に帰ることができたのだった。
その日の夕食、父は単身赴任で遠くにいるため、真由美は母とふたりでごはんを食べながら、初めての友達のことや新しい体験をたくさん聞いてもらった。夕食が終わり、ひと段落した頃、真由美は母にくまのストラップを壊してしまったことを話すことにした。
「お母さん、あのね。くまさんがね。壊れちゃったの…」
真由美は、恐る恐る、くまのストラップを見せるために母に差し出した。
母は、くまのストラップの状態を見た途端、血相を変えて、詰め寄って来た。真由美は、怒られると思い、咄嗟に目をつむった。
「真由美!どこにも変なところはないの!今日、他に変わったことが無かったかしら!」
母が、真由美の両肩をつかみながら聞いてきた。
「あのね。真由美ね。恥ずかしくて、ずっと黙ってたんだけどね。朝、迷子になっちゃたの、それでお姉ちゃんに会って、案内してもらったんだ。すごく優しかっ」
「どうして、そんな人について行ったりなんかしたの!絶対に、次はついて行ってはだめよ!明日は、絶対にお母さんも学校までついて行くからね!」
真由美は、母の剣幕に理由を聞くことも反論をすることもできず、ただ黙ることしかできなかった。
「あと、もうひとつ、これだけは絶対に守ること!壊れてはいるけど、絶対にくまさんのストラップだけは、いつでも持っていなさい!いいわね!」
母は、最後にそのように締めくくって会話を終了させた。
次の日の朝は、母に小学校までついて来てもらった。母がいる間は特に何事も起こらなかった。しかし、先生からの最初のお知らせが、真由美にとって最悪な出来事だったのである。今日、登校時間中に花梨が、亡くなったというお知らせだったのだ。
――嘘だ!先生の言うことなんか絶対に信じないもん!昨日まであんなにも元気だった花梨ちゃんが、死ぬはずないもん!
真由美は、あんなにも優かった花梨が、亡くなってしまったという事実をすぐに受け入れることはできなかった。
「それと、亡くなり方がとてもおかしかったらしく、現在もお巡りさんが、調べてくれているらしいんだが…まるで、人間の手で手足を切断したような状態だったらしく…先生も理解ができない事件だったんだ。とりあえず、不審者に会ったら、すぐに大声をあげて、誰かに助けを求めながら逃げること!」
――昨日のくまのストラップの壊れ方にそっくりだ…お母さんの態度が、おかしくなっちゃったのは、お姉ちゃんのことを話してからだったよね。もしかして…あのお姉ちゃんの正体って…まさか…どうしよう…怖いよ…
真由美は、その話を聞いた瞬間、あのお姉さんに対して、初めて底知れない恐怖を感じてしまった。そして、身体が勝手にブルブルと震え出し始めたのである。そして、もう一つ重要なことに気が付いてしまったのである。
そう、くまのストラップを自宅に忘れてきてしまったということを…
「花梨ちゃん、ほんとうに大丈夫。昨日一番話してたの真由美ちゃんだもんね。真由美ちゃんが、一番落ち込むのも仕方ないよね…」
学校にいる間、込み上げている恐怖を必死に我慢していると、花梨との突然の別れに深く落ち込んでいたクラスの友達たちが、真由美の様子を見て心配してくれた。もちろん、花梨が、亡くなったことはとても悲しかったのは事実である。でも、このときに一番恐怖に感じていたのは、あのお姉さんがどこかで真由美のことをずっと見ているような気がしていたからだった。
小学校の授業がすべて終わり、とうとう下校時刻になってしまった。
昨日、花梨と一緒に帰った楽しかったはずの道が、今日はとても薄暗く感じた。昨日は、あんなにも短く感じた道だったはずなのに…今日は、終わりが見えない長い道に変わったような気がした。真由美の歩く速度は、無意識にいつもより速くなっていた。
「今日は……くまのストラップが…無いんだね…」
突然、後ろから…あのお姉さんの声が聞こえた。真由美は、押し寄せる恐怖を必死に我慢しながら、ゆっくりとした動作で後ろを振り返った。
そこにはお姉さんが、立っていた。でも…最初に出会った時のお姉さんとは、もの凄く見た目が変わっていたのである。目が血走り、微笑みを浮かべていたはずの口元は、にやにやとしている。服装もズタズタで血まみれだった…
――もしかしたら、花梨ちゃんの血かもしれない…
真由美がそのように考えた途端、なおさら恐怖がこみあげてくるのだった。
カツ……カツ……カツ……カツ……
得体のしれないものから、今すぐ逃げ出したいはずなのに、真由美は、一歩も足が動かなくなってしまった。ガタガタ…ガタガタっと身体を震わせながら…ただ、押し寄せてくる恐怖から我慢をすることしかできなかった……
カツ……カツ……カツ……カツ……
少しずつ…ゆっくりと近づいてくる……
カツ……カツ……カツ……カツ……
人ならざるものの手が、届きそうな距離になった。「はぁ…はぁ…」と息遣いも聞こえる。
すぅっ…とゆっくりな動作で人ならざるものが、真由美に向かって手を伸ばしてきた。
ああ…もうダメだ……
真由美は、すべてを諦めて目を瞑った。
「真由美っ」
はっとして目を開けると……あの恐怖の対象は、どこにもいなくなっていた。代わりに、真由美の目の前には、お札を持った手を前方に突き出した姿の母が立っていた。
真由美は、どっと押し寄せる安心感とともに、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした顔で、母に飛び着いた。
「怖かったよー。お母さん、本当に怖かったよー」
そう言って飛び着いてきた真由美を、母は優しく抱きしめてくれた。
「ほんとうに間に合って、良かった…」
【回想終了、パソコンの画面】
母の家系は代々神社の巫女だったらしい。しかし、母には、霊的な才能が少しだけしかなく、母の妹が神社に残ったという話だった。巫女の中でも祖母は、才能がもの凄く高かったらしく、その祖母が作ったストラップをあんな状態にするのは、とてつもない怨念を持ったものにしかできないらしい。
そこで、母は、私が見せたくまのストラップの状態を見て、急いで神社にいる妹に連絡をした後、お札とお守りを取りに行ったそうだ。しかし、妹がいる神社から、自宅に戻ると、娘の机にくまのストラップが、置いたままであることに気が付いて、私を慌てて探しに来てくれたということである。
今は、祖母からもらった右手を失ったくまのストラップと母からもらったお守りを肌身離さず持ち歩いている。だからだろうか…あれから、あの人ならざるものと出会ったことはない…
今では、あれがどうなっているのか、私にもわからない……
【真由美の部屋】
誰もいない部屋でひとりでに動いていたパソコンの動きが止まったかと思うと、突然、パソコンの画面が荒れ始めた。そして、画面が安定したと思われたが、そこに書かれていたものは小説ではなく、一行の文章だけだった。
『今でも…あなたを…見ています……』
しばらくたった後、パソコンはひとりでにシャットダウンされ再び部屋は暗闇に包まれるのであった…
終わり…
通学路での恐怖… ノアのロケット @gurug9uru33
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