無能冒険者。根性だけは誰にも負けません!

楽人べりー

第1話 俺には何もない

 俺はとにかく前に進むしかなかった。枯れ枝より細い腕が風に吹かれて粟粒のような鳥肌を立てる。膝はがくがくと震え今にも折れそうだ。眼はかすみ肩は油が切れたドアのように動きが悪く、とにかく立っているのがやっとだった。そして俺が見据える地平の彼方にぼんやりと浮かぶ二つの生き物。


「陸ナマコだ」

 俺は思わず後ずさりした。陸ナマコはこの地方の草原に普通にいる陸生の生物で二匹から四匹ぐらいの小さな群れで生息している。特に毒などもなく基本的に人畜無害な生物である。と能書きはこのくらいにして俺は陸ナマコに挑みかかった。


「うどおおおおおおりゃあああああああ」

 ダメだ。大声を出しただけで体力の大半が消えた。おぼつかない足取りで大地を踏みしめるが、足元がもつれて前のめりに倒れて転倒した。


 気が付くと陸ナマコの集団が全身にへばりつき汗の塩分をなめまわしている。ぬるぬるして気持ちが悪い。


「ぬひゃはほほへー! 助けてクリー」

 俺は超えにならない声を上げて逃げ出そうとしたが足先にまとわりついた陸ナマコがズボンをずり下げたので、足がズボンに絡まって再度転倒した。


「にゅむにゅむにゅむ」

 陸ナマコは変な音を立てて俺にしがみついてきてまたなめまわし始めた。首筋やわきの下がぬるぬるして気持ち悪い。俺は歓喜の声とも間違われそうな悲鳴を上げて逃げ出そうとした。だが、足先にまとわりついた陸ナマコの狼藉により上手く走り出せなかった。


 なんとか陸ナマコの群生を体から引きはがして俺は草むらから逃げ出した。途中他の冒険者とすれ違い、彼らの嘲笑が俺の耳にこびりついた。

「ちくしょうめ」

俺は涙を流しながら走ろうと思ったけど歩くことしかできなかった。粘液と草の汁でボロボロになったズボンを引きずりながら村まで戻った。


「今度こそ勝てると思ったのに・・・・・・」

 俺は22回目の負け戦に打ちひしがれながら自分の小屋に潜り込み泣きながら眠ろうとした。疲れ切った頭と体、そしていつまでも繰り返される敗者の生活に心はひしゃげて涙を頬にしみこませた。


 心は勝つことを望んでいた。いつかモンスターをやっつけて名だたる冒険者になることを夢見ていた時代ははるか昔になり、自分の才能のなさにあきらめを感じる日々。俺は何もかも忘れてどろのように眠った。


 夢を見た。話に聞いていたお寺のえらいえらい高僧がおれに近寄って軽く接吻をした。俺が目を覚ますと彼は眼を横に伸ばして少しかわいい笑顔になった。俺が「強くなりたい。いっぱしの冒険者になりたいんだ」と言うと、彼は「師を見つけよ」と語って消えた。

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