第7話 新たな家臣
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貞宗の目論見通り、その一行は現れた。
城の搦手から脱出し、案の定この山道を進んでいる。
貞宗は手勢を更に先行させて待ち伏せの準備をしようとしたが、どういうことか途中でその一行は足を止めたのである。
見れば見るほど、それが人に非ざる異様な集団であることが知れた。
目立つのは、具足を身にまとった三体の亡者。
あの中の一体が、恐らく古山城で猛威を振るって総攻めをいったん退かせた元凶である、死霊だろう。
そしてその三体以外に、五体の骸骨が付き従っている。
こちらは大したことのない亡者だ。
自分と、訓練された配下の者ならば、容易に倒すことができるだろう。
鎧武者の一体はかなり危険だが、貞宗自身が出れば何とかなる。
しかし問題なのは、鎧武者の一体が抱えて運んでいた少女らしき人物だ。
一行が立ち止まり、その少女が地に降りたことで初めて顔が露わになったのだが、美しいとしか表現できないような容貌だったのである。
だがそれも、すぐに人に非ざる美しさであると知って、身が震えた。
その少女が放った妖気は、もはや常軌を逸している。
あれは人ならざる者。
一見してこの国由来の妖のようにも見えるが、中身は別物だ。
あれは、放置してはいけない。
決心した貞宗は、迅速に行動に移した。
これはこの上無い好機でもあったからだ。
ここで仕留める。
配下に命じて配置を整え、用意していた破魔矢を弓につがえ、機会を図る。
山道、ということもあり、隠れるには都合はいいが、強襲するには足元が悪く、近づくまでに気づかれる可能性が高い。
弓矢にしてみても、枝や葉が邪魔になり、狙いにくくはあったが、ゆっくりと気づかれないように場所を探し、貞宗を含めた五名の射手が周囲に散った。
合図は貞宗が放つ矢。
そしてその時がきた。
引き絞った矢を、打ち放つ。
それは過たず、少女の背に突き刺さり、心の臓を射抜いていた。
遅れて四本の矢が、少女の姿をした妖に突き刺さる。
少女はなすすべもなく、その場に崩れ落ちた。
完璧な結果だ。
「よし! かかれっ!」
すでに引き抜いていた太刀を持って、貞宗は一行に襲い掛かった。
伏せていた十三名の手勢が、一斉に躍り出る。
それに気づいた鎧武者が世にも恐ろしい咆哮を上げた。
一番近くにいた配下の一人が、鎧武者――直隆の振るった大太刀に両断される。
「符を放て!」
当初の予定通り、五枚の符が直隆に向かって放たれ、その動きを鈍らせる。
その隙を逃さずに踏み込んだ貞宗は太刀を一閃。
「ガァアアッ!」
鎧を切り裂き肋骨を断ったが、しかし直隆は踏みとどまっていた。
大太刀が振るわれる前に、貞宗は離脱。
間合いをとったところで、再び符が撒かれ、直隆はその場に膝を折った。
「今だ! その妖を燃やせ!」
倒れた少女の姿を視界の隅に収めつつ、鋭く指示を出す。
あの妖の妖気からして、完全に殺せたとは思えない。
第一他の骸骨どもがまだ動き回っている時点で、死んでいない証拠なのではないか。
ならば荼毘に付して完全に滅ぼすしかない。
数人の配下が骸骨どもの抵抗を掻い潜り、あるいは打ち倒して倒れた妖へと肉薄する。
符が撒かれ、念に応じて発火するまさにその寸前――だった。
「げふぅっ!」
一番近くに寄っていた配下の一人が悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
何かに殴打されたのだ。
「なに――待て! 近寄るな!」
ぎょっとなって、貞宗は指示を飛ばす。
彼の目に映ったのは、ゆらめく金色の何か。
それが妖の尻尾であると気づいた貞宗は、強襲が失敗したことを悟ったのだ。
「――逃がすと思うのか?」
それは可憐な声であったが、怨嗟に満ち満ちたものだった。
金縛りにあったように、近くにいた三人が動けなくなる。
起き上がった妖――色葉は手近にいた男に飛びつくように抱き着くと、もがき抵抗するその者のことなど意に介する様子もなく、喉元に噛み付いたのだ。
「うぎゃああっ! や、やめ――て――」
同時に男の全身がめきめきと軋みだし、身に着けていた鎧ごとひしゃげていく。
色葉に抱き潰されているのだった。
「か、か――――」
男の顔から生気が抜け落ちていく。
絞め殺されながら、食われている。
恐らく、魂を。
あまりにおぞましい光景に、貞宗すら声を出せなかった。
ややあって、ひしゃげた人間だったものが、ゴミのように放り捨てられる。
「……魂はともかく、ひとの血は不味いな。飲めたものじゃない」
口元を拭いつつ、そんなことをつぶやく妖。
その身体には矢が突き刺さったままだったが、気にした様子も無い。
「だが生きながら食べるのも悪くはないな。――さて、と」
そこで初めて、色葉は周囲を見渡した。
自分が襲われたらしいと知った彼女は、その表情を歪ませる。
そして笑った。
見るものをぞっとさせる、邪悪な笑み。
「どうもこの程度では死なないらしいな……。――うん? そうか。やってみよう」
まるで誰かと会話したかのような独り言を洩らしたあと、色葉は身に突き刺さっていた矢を引き抜いていく。
溢れ出す血。
「襤褸が本当にぼろぼろだな……ああ、不愉快だ」
その血を受け止めつつ、固まって動けない周囲の者を無視した色葉は、あっさりとやられていた直澄と隆基のもとに歩み寄る。
「直隆はともかく、お前らは少し弱すぎるぞ」
言いながら、真っ赤に染まった手を真っ白なしゃれこうべに撫でつけていった。
「一応俺の――わたしの、血だ。くれてやる。少しはマシになるだろう」
効果は歴然だった。
これまでほとんど力を感じなかった二体の鎧武者から、禍々しい妖気があふれ出したのだから。
「褒美の前渡し、ってところか。役に立って返せよ?」
「ハッ!」
二体の骸骨が首を垂れ、言葉を発する。
「では殺せ。皆殺しだ」
その命に、二体の亡者は猛然と太刀を振るい始めた。
木っ端のように吹き飛ぶ配下達。
中には抵抗できた者もいたが、寿命がほんの僅か伸びただけだ。
そんな一方的な殺戮を、少女の妖は薄笑いを浮かべて見守っている。
ようやく、貞宗にも理解できていた。
あれには手を出すべきではなかった、と。
「――面白いな。この札みたいのが、お前を束縛してるのか」
いつの間にか直隆の近くに歩み寄っていた色葉が、その身体にまとわりついている符を何でもないように、剥がしていく。
「触るとちょっと痛い。さっきの矢と一緒で、わたしとは相性の悪い類のものか」
「ぐあああああああっ!」
完全に束縛から逃れた直隆が、貞宗を見て吠えた。
心胆を寒からしめるような、呪いの叫び。
恐らく激高しているのだろう。
「く……されど!」
もはや逃げることも難しい。
かといってここで簡単に討ち果たされるつもりも無かった。
刺し違えてでも、あの髑髏を打ち落としてやる。
その覚悟を決め、貞宗は直隆へと向かう。
「あれはお前にやる。食っていいぞ?」
また妖が笑う。
餌にされたと理解した貞宗にとって、それは一生忘れられない笑みだった。
/色葉
直澄や隆基が活躍している間に俺は刺された身体をみていたのだけど、傷らしい傷はもう消えてしまっていた。
さっき一人食べたことで、急速に回復したらしい。
『放っておいてもあの程度ならば治りますが』
とはアカシアの言。
うーん……死んだと思ったんだけどな。
意外に丈夫だったらしい。
そしてさっきはアカシアの提案もあって、直澄と隆基を強化してみた。
せっかく主様の血が流されたのですから有効利用を、とか何とかいうあいつの言葉にのってみただけなのだけど、まあ効果は覿面だったようだ。
言葉も話せるようになったみたいだし、後で俺が家臣だと認めれば、直隆に準じるくらいの強さにはなりそうだった。
「油断は認めないとな。こんな所で油を売っている場合じゃなかった、ということか」
未知の状況下にあって、危機感が足りていなかったことを俺は反省する。
この身体だったから良かったものの、そうでなければ確実に死んでいた。
「さて……と」
断末魔が消え、静かになる。
周囲にはゴミのように死体が散らばっていた。
また死者を量産してしまったらしい。
ちなみにこちらの被害は、あの城から連れてきた五体の骸骨のうち、三体が使い物にならなくなっていた。
少し不愉快になる。
一応自分が作ったものであるし、それを壊されたのだから当然の感情だろう。
そんな風に思っていると、すでに傍に控えていた直澄と隆基に続いて、直隆が戻ってきた。
それを見て、俺は首を傾げる。
「どうした? 殺していいと言ったはずだが?」
どういうわけか、直隆はその人間を殺さずに俺の前まで連れてきたのである。
まあ連れてきたというよりは、引きずってきたというのが正しいかもしれないが。
疲労からか、それとも身体への損傷からか、その人間からすでに戦意は消えてしまっている。
だがまだ五体満足のようで、当然息もあった。
「この者がこれらを指揮していた者と思われまする。つまりは色葉様を害そうとした張本人なれば、自らお手を下しになって、溜飲を下げていただければと愚考した次第でありますれば」
うん、愚考だぞそれ。
別に見せしめにする趣味なんか無いし、見せしめにする相手ももう残っていないし。
まあこれも忠義、ってやつなのかな。
「そう言うならこれも食べるか」
そう洩らせば、男の顔に一瞬恐怖が過ぎったようだったけど、それもすぐに意思で抑え込んだようだった。
もう覚悟はしている、といった顔である。
その顔が不愉快で、余計に悲鳴が聞きたくなってしまう。
そんなことを考えた自分に気づき、やや自己嫌悪に陥る。
どんどん人でなしの思考になっているようで、さすがに自分自身にショックだったからだ。
「いい。お前にやると言ったんだ。お前が殺せ」
「――は。承知いたしました」
俺の言葉に直隆は否やもなく、その大太刀を振りかぶる。
『――お待ちを。主様』
「うん?」
そこで、アカシアから声がかかった。
「待て、直隆」
「はっ」
いったん直隆をとめつつ、アカシアへと耳を傾ける。
――なんだ?
『はい。その人間は活かすべきです』
殺すなと言うことか? どうして。
『この先、生きた生身の案内人も必要かと思われます。奴隷として使いましょう』
アカシアの言った理由は簡潔で、納得できるものではあった。
しかし、とも思う。
敢えてこの人間にする理由は、と。
『主様を狙ったことからも、状況を心得ている可能性が高く思われます。また、身分も高い様子。ならば合理的に考えて、利用価値は高いかと』
ふむ……合理的、ね。
俺を狙った罪は?
一応聞いてみる。
俺が納得しても、直隆はかなり怒っているようで、わざわざ俺に差し出してきたくらいだからな。
『さればこそ、です。奴隷としてこき使い、主様に刃向かったことを後悔させるがよろしいかと。毎夜拷問するのも、また一興でしょう』
……やはりアカシアは、俺などが及びもつかないサイコパスだ。
絶対こいつが元凶だと確信した瞬間だった。
とはいえ、俺に従うのだろうか。
この人間は明らかに俺を敵視しているし、とても従うとは思えない。
いや……従わせればいいのか。
手段はいろいろある様な気もする。
別段忠誠を求めるわけでもないし、あくまで合理的に割り切ればいい。
「直隆、それを下ろせ。――聞くが、お前の名は?」
まずはコミュニケーションからだ。
俺の問いかけに、男は何も答えない。
瞬間、直隆に首を掴まれ引き上げられて、そのまま絞め殺されそうになる。
「我が主の問いに答えよ!」
いや、死ぬぞ。それ以上したら。
「いいから降ろせ、直隆」
「はっ……申し訳ありませぬ」
解放された男はしばらく咳き込んでいたが、収まったところでもう一度尋ねてみる。
「名は?」
「…………」
やはり返事はなし。
ふうん、そうですか。
「自分の名も名乗れないとは、何の誇りも無い、卑しい家の出の者らしいな」
ちょっと挑発してみる。
「何だと……?」
反応あり。
「私は大日方貞宗だ。妖ごときに名乗る名は無いが、侮辱は許さぬ」
あっさりと自白してくれた。
「大日方……?」
そういえば直隆が説明してくれたなと、思い出す。
俺が呼び出された城は、もともと大日方氏の城だったとか何とか。
つまりその家の身内か何かなんだろう。
「ふうん。ならお前、わたしの奴隷になれ」
あまりといえばあまりの発言だと思われたのだろう。
大日方貞宗とやらは、憤怒に顔を歪めてみせた。
「殺せ! 首を刎ねよ! 侮辱は許さぬ!」
「いいや、殺さない」
そこで俺は少し笑ってみせる。
人の悪い笑みを浮かべてみせたつもりだったのだが、やけに効果があったようで、貞宗の顔を引きつらせた。
「お前がわたしに従わないのなら、お前の一族郎党皆殺しにしてやる。その上で……そうだな?」
くすり、ともう一度笑う。
それと同時に、俺の全身から抑えていた妖気が溢れ出した。
少しコツを掴んだようで、多少は操作できるようになったのだ。
漏れ出た妖気に貞宗は恐怖したようだったが、それが目的でもない。
ええと、そろそろだと思うんだけど……。
ああ、きた。
音がし始める。
死体が蠢き出す音。
最初に俺が殺した二人はもちろん、それ以外の連中ももぞもぞと動きだし、起き上がる。
「なん……だ、これは……?」
「見ての通り、だ。わたしに殺された連中はこうなる。意味、分かるだろう?」
「く……!?」
「ちなみに自刃しても同じことになる」
要するに、従わなかったらお前の身内はこうなるぞ、という脅しだ。
もっともそんな面倒なことをするつもりは無い。
ただの脅しである。
「や、やめろ……やめてくれ! こんなのはもう、ひとの死に方じゃない……!」
それは俺も同感だ。
「なら、従え。別に悪いようにはしない。お前がちゃんと役に立つのなら、それなりの見返りを与えてもいい。何といってもわたしに一番最初に従う人間になるのだから、厚遇はするぞ?」
そろそろかと思い、飴を投下。
一応、本音である。
これまた効果はあったようだった。
「何なんだ貴様は……!? いったい何が、現れたというのだ……!?」
「わたしはわたしだ。で、どうする? 従うのか? 従わないのか?」
「く……ぬ……!」
そわりと、貞宗の頬を何かが撫でた。
俺の尻尾だ。
その艶やかな尻尾は、しかしべっとりと血に塗れてもいる。
これが凶器であることは、さっきで理解しているだろう。
そんな尻尾で少しくすぐってやったら、貞宗の心はついに折れたようだった。
「……承知、した。従うことを、約束する……」
「けっこう」
うまくいったことに、満足する。
よしよし。やってみれば、意外にうまくいくものだ。
何だか本当に自分が悪魔じみてきたが、これも生きる為だと割り切る。
そこで偉そうに胸を張った俺は、できるだけ尊大に言ってやった。
「貞宗と言ったな? わたしの名は色葉。そう呼ぶことを許すぞ」
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