第4話 脱出の最中
/京介
素っ裸だった俺は、とりあえずそこらに転がっていた襤褸をまとった上で、真柄に連れられて城外へと出ていた。
搦手、とか言っていたから、要は裏口なのだろう。
城内からそれなりに距離を移動したが、今のところ敵兵の姿は無いようで、遭遇もしていない。
抜け道を選んだことが功を奏したのか、それとも包囲に隙があったのかは知らないが、とにかくスムーズにいけるならそれに越したことはなかった。
山道らしい狭い道を足早に、骸達は駆けていく。
あの喋れない骸骨二体が先頭を行き、次に、真柄、そして最後には勝手に骨になってしまった俺が殺した連中のうち、比較的損傷の少ないやつらがついてきていた。
南蛮人が引き連れていた骸骨や、生き残っていた戸隠衆は囮として城内に残してある。
別段それについては何も思わない。
真柄は何やら言いたそうにしていたが、俺には関係無いし、ぞろぞろと引き連れていくつもりも無かった。
ちなみに前を進む二体の骸骨は、何やら長大な大太刀を持っている。
どうやら真柄の持ちものらしいが、真柄は両手が塞がっているためにあの二体に持たせたらしい。
そして真柄の両手が塞がっている理由だが、この俺を抱きかかえているからだった。
いわゆるお姫様抱っこというやつである。
といっても俺は女じゃないし、そもそもこんな骸骨に抱きかかえられても少しも嬉しくないのだけど、裸足の俺を歩かせるなど言語道断とか何とか言って、無理やりこういうことになったのだった。
しかしこれって傍から見ると、骸骨の集団にさらわれている女の子、といった図になるんだろうな……。
それにしても女、か……。
何の因果でこんな姿にならなきゃいけないっていうのか。
しかも耳やら尻尾やら……。
冷静になって考えると、とんでもない状況なのではないだろうか。
この骸骨どもに運搬されている状況もさることながら、俺自身の変化も色々とやばいような気がする。
見た目や性別もそうだが、一番不可解なのは精神……というか、自分自身の心の在り様だ。
最初こそ驚いたものの、あの足軽連中を殺して何も感じなかったあたりで、変だとは思っていたのである。
この本――アカシアとか名乗っている――に何か操られたような感じもあったが、意識はしっかりとあったし、記憶もある。
少なくとも今は、アカシアの影響は無いはずだ。
だというのに、やはりさほど何も感じていない。
必要だったからやった、程度の意識しかない。
あまりの惨劇に頭が思考停止したのかとも考えたけど、それにしては冷静に考えることができている。
どういうこと……なんだろうか。
「お前……身体以外に何かしたのか?」
原因として思い当たるのは、やはりこの本しか無い。
身体を好き勝手に作り変えた――そんなことができるのかどうかは置いておくとしても、他に考えようがないのだ。
小声になって、俺は抱えている本に向かって話しかける。
『お前、ではなくアカシア、とお呼び下さい。――ご質問についてですが、申し訳ありません。意味が不明瞭です』
確かに俺の心境でも読めない限り、あの質問内容では答えることはできないだろう。
いや、読めたとしても言葉足らずで分かるわけもないか。
「さっきあれだけ人を殺したのに、何も感じなかった。普通……おかしいだろう?」
『――申し訳ありません。何故おかしく思われたのか、分かりかねます』
どうやらこの本には、初めから倫理というものが無いらしい。
『ですが、かの世界、いえ社会において殺人が重要な意味を持つことは理解しています。にも拘わらず、主様は重要だと思えなくなったことに、違和感を覚えている、ということでしょうか?』
まあ……そういうことなのかもしれない。
殺人というのは、基本的に禁忌だ。
少なくとも平和な時代では一般的にそうであろうし、それを犯した場合は相応の罰が与えられるのはいつの時代も同じだろう。
「ああ」
『お答えします。私は主様の身体に干渉することはできても、精神――魂に干渉することはできません。何故ならば主様の魂は我が創造主の存在を得ているため、不可侵の存在になっているからです』
相変わらず理解できない説明をしてくれる。
しかしアカシアは自分のせいではない、と言い切ったことだけは分かった。
アカシアは続ける。
『ですが、それはすでに主様の魂が創造主の影響を受けた、ともいえるのかもしれません』
ふむ……?
「つまり、あの時のあの少女のことか?」
アカシアが言う創造主とやらは、恐らくあの夜にあった金髪赤目の少女のことだろう。
他に思い当たらないし。
『はい。そして創造主は、かの世界の道徳や倫理観、善悪などは全て知識として知り得、理解もされていましたが、だからといってご自身の行動をそれらによって束縛されたりはしていませんでした』
「おいおい……。それってサイコパスってやつじゃないのか?」
自分で言ってぞわりとしたものを覚えたが、しかし妙に納得もいった。
確かにあの少女には、そんなところが見え隠れしていたような気がする。
「……で、俺があの少女の精神というか、性格というか、そういう影響を受けた可能性があると?」
『十分に考えられます。もしくは』
「もしくは?」
『最初から、主様はそういう心根の持ち主だった、というだけかもしれません』
「な――!」
『主様はこれまでかの世界、社会に合わせていただけであり、創造主の力を得たことで、そのくびきから解き放たれた、ということなのかもしれません。もちろんそうであったならば、やはり創造主の影響を受けた、と言えなくもないでしょうが』
……なるほど。
そっちの方がしっくりくるし、どういうわけか納得もできた。できてしまった。
自分はサイコパスだ、と言われて納得してしまうのだから、やはり……そうなのだろう。
「――ふふ、はは。そう、か。そういうことか。だからか」
可笑しくなって、俺は笑いを押し殺しつつも、できずに口の端から声が洩れてしまう。
教師などという職業をして全くそれを成立させられなかったことが、それを証明していたのではないか。
「そう、だよな。人殺しが人にものを教えるなんて偉そうなこと――クソがっ!!」
カッとなり、思わず怒鳴ってしまっていた。
俺を抱えていた真柄が驚いたように立ち止まる。
「おろせ!」
怒りというか、焦燥というか、絶望というか。
そんなものがごちゃまぜになって、一気に俺に押し寄せてくる。
いずれは立派な教師に――とか思っていた自分が馬鹿らしくなる。
まったく正反対のことのために、これまでの人生を費やしてきたかと思うと、空しくもなる。
さすがにこの感情だけは、処理できなかった。
地面に降りた俺は、手近にあった木を殴りつけ、砕き、へし折ってしまう。
「くそ! くそ! くそっ! くそぉっ!!」
どれくらい暴れただろうか。
ようやく我に返って見れば、真柄達は恐れるように平伏していた。
それを眺めやって、気づく。
どうやらこれまでの俺は力が無かったから――猫をかぶっていただけらしい。
つくづく俺は――いや、いい。
「アカシア、俺はどうすればいい?」
そう言った途端、本が感極まったように震えた――ような気がした。
『ようやくお呼びいだけました!』
まるで犬が嬉しそうに尻尾を全力で振ってくるような雰囲気に、やや毒気を抜かれてしまう。
そういえばこの本、ことあるごとにアカシアと呼べとか言っていたよな。
『呼んで欲しければいくらでも呼んでやる。だから答えろ、アカシア。これから俺はどうすればいいと思う?」
答えはこれまでと違って、すぐには無かった。
十分な時間を置いてから、返事が戻ってくる。
『お好きなように、望まれるがままに。私に否やはなく、従うのみです』
「俺が、今、それがわからない。たった今、危うく自暴自棄になりかけたくらいだからな」
『ならば』
その言葉は聞くべきではない――俺の本能が訴えかけてくる。
だが求めたのは俺自身だ。
どっちの俺が求めたのかは分からない。
教師を目指していた頃の俺か、それとも現実を知ってしまった俺か。
まあ――どちらにしろ、俺以外の何ものでもないのだけど。
『そのように主様の御心を傷つけたこの世界に――復讐をされては如何でしょうか』
「復讐、だと?」
『はい。手始めに、この国を手に入れられては』
何やら物凄いことを言ってくる。
想像もしなかった台詞だ。
「大した無茶振りだな。そんなことができるはずが――」
ない、のだろうか?
「それにこの国を手に入れることと、復讐がどう結びつく?」
『支配した人間達に、主様と同様の――もしくはそれ以上の苦痛と苦悩を味わせることができるかと』
……どうやら、俺以上のサイコパスがここにいるらしい。
そう気づいた途端、何やら可笑しくなってしまった。
「ふふ、ふふふ――あはははははっ」
案外今の俺の性格は、あの創造主とやらではなくて、アカシアの影響を最も受けたせいなのかもしれない。
ひとしきり笑ってから、馬鹿を言うなとアカシアに告げる。
『それなりに魅力的な提案かと思ったのですが』
やや不満そうなアカシアの言。
「どこがだ。俺を本当の悪魔か何かにでもする気が? しかし、まあ――」
アカシアにはそう言ったが、なるほど、と思う自分も確かにいるのだ。
仮に今まで社会に縛られることで自分自身をさらけ出せなかったというのなら、逆にそれを支配して支配される連中を縛ることは、まあ復讐になるのかもしれない。
そこに意味があるかどうかは知らないが。
「面白いような、面倒なような……まあいい。今は保留しておこう」
『ご考慮いただき、ありがとうございます』
「それよりも先に、まずは着るものだな。さすがにこのままじゃ……な」
男であったならば上半身が裸でもそこまで思うところも無かったが、この身体だと当たり前のように気恥ずかしさを感じてしまう。
一応心は男のつもりなのだが……不思議なものだ。
『主様ならば、何を着てもお似合いです』
「いや、襤褸をまとっている俺に襤褸が似合うとか言われても、嬉しくないぞ?」
『なるほど』
なるほど、じゃない。
世辞だか何だか知らないが、どうせならもう少しうまく言って欲しいものだ。
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