第61話 エクリプス・セカン

「名づけて、エクリプス・セカン――!」


 覚醒したウツロのアルトラ、エクリプスの第二形態。


 より人間の形に近づいたデザインだが、そこから放たれるオーラは以前の比ではなかった。


 パワーがさらに圧縮、いや、爆縮されたような。


 突風のようなその威圧感に、万城目日和まきめ ひよりはたじろいだ。


「てめえ、ウツロ……いったい、どうやって……」


「運がよかったんだよ、万城目日和。運がね」


「な、どういうことだ……?」


「俺の体内には、無数の細菌が繁殖している。その中にたった一種類だけ、おまえが作ったアポトーシスに適応できた者がいた。そこからはすなわち、アポトーシスを無効化するワクチンが獲得できる。俺はすぐにそれを培養し、全身へめぐりわたらせたわけだ。いやいや、運がよかったよ。回復するのが間に合ったことも含めてな」


「そんなん、ありかよ……まるで、無敵じゃねえか……」


「生存本能という意味ではそうかもしれない。実際に、死地から復活したことで、俺はさらに強くなれたようだ。不思議な感覚だが、ダメージが嘘のように消え失せている。体がすごく軽く感じるんだ」


「ふざけんな! こうなったら、何度でも毒ガスを作り出して、てめえを――」


「無理だな、万城目日和。これ、な~んだ?」


「……」


 ウツロの指先には、一枚のペラペラした物体がつままれていた。


「それは、俺の……」


「そう、トカゲの外皮だ。いまさっきおまえに食らわせたときに、失敬させてもらったよ。そして、俺が作りたいものは、すでに完成している」


「な……」


 ちくり。


 肩口に注射を打たれたような刺激を感じた。


「あ……?」


 羽音がする。


 まだら模様の黄色い昆虫が、そこに針を突き立てていた。


「スズメバチだ。そしておまえに打ちこんだのは、俺がおまえの細胞から生成した、おまえだけに効くアポトーシス。この世にただひとつ、おまえだけが反応を起こすアレルゲン物質さ」


「ぐ、が……!」


 全身が痙攣する。


 心臓に万力をかけられたような激痛がトカゲを襲う。


「アナフィラキシー・ショックだ。耐えられるかな? そのアレルギーに」


「が……くる、し……」


 息ができない。


 地獄のような苦痛だった。


 いや、それにも増して、自分がやったことをそのまま返されるという屈辱。


 二重の意味で、万城目日和は気が触れそうになった。


「く、そ……ウツ、ロ……」


「降参しろ、万城目日和。そして、みんなを眠りから覚ますんだ。そうするのなら、すぐにでも抗体を投与してやる」


「ぐ、う……なめや、がって……!」


「――っ!?」


 トカゲの体がぜた。


 ハチに刺された部分を中心に、土色の外皮が粉々になる。


「これは……」


「はあっ、はあっ……!」


 むき出しになった肉体が、たちどころに再生されていく。


「どうだい、ウツロ? 俺のアルトラは爬虫類の能力を備えている。脱皮できるのは何も、虫だけじゃねえんだぜ?」


「……」


「さあ、今度こそ、仕切り直しといこうじゃあねえか。これで条件は、またいっしょになったしな」


「わからないのか、万城目日和?」


「あ?」


「どうやら頭が悪いのは、おまえのほうのようだな」


「なんだと? どういう意味だ?」


「適応したと言ったろう? 爬虫類の脱皮は単なる成長のための過程にすぎないが、俺の場合は状況に適応、たとえばキリンの首が長くなったのと同じことなのさ。まだわからないか? これは、進化なんだ」


「なに、言ってんだ? 頭、大丈夫か……?」


「いいや、きわめて正常だよ。どうやら実際にやってみせたほうが早いようだ」


「は……?」


 ウツロが手をかざした。


 ポカンとする万城目日和。


 しかし、左の耳に何か、違和感が。


 かゆい、なんだか、かゆいぞ……


「へ……?」


 触ってみて、気がついた。


 ない、耳が、ない……


「は? は……?」


 血が、でない。


 そうではなく、崩れている。


 この感覚は、そう。


 乾ききった土くれが、ボロボロになるときのような……


「ハエを打ちこんだ。見えなかっただろう?」


「なん、どう、いう……?」


 わからない、ウツロの能力の正体が。


 パワーアップしたらしいのは、わかる。


 だが、これは?


 何をされた?


 なぜ、患部がこんなふうに?


 まるで腐って落ちたみたいに……


「生物の本質的なことだよ。あるウィルスに対抗しうるワクチンを作ったとき、そのウィルスは生き残るため、ワクチンのデータを学習して適応し、ワクチンを無効化できるように進化する。まだ難しいかな? いや、ひょっとして、俺の説明がわかりづらいのかな?」


「あ……」


 トカゲはピンと来た。


 そして同時に、恐怖に支配された。


「やっと理解してくれたようだな。そう、いま俺は、おまえにとって、天敵・・になっているんだ。俺の存在自体が、おまえにとってのアポトーシスになったということさ。なるほど、はじめからそう言えばよかったな。単純なことほど、説明するのは意外に難しいものだ」


「え? え……?」


「どうする? 俺が能力を解除しないかぎり、この状態はずっと続くぞ? ほんの少し触っただけで、おまえの体が泥のように崩れ落ちる状態が」


「う、あ、う……」


「幕の引きどきだな、万城目日和。さあ、反撃開始だっ――!」


 ウツロの逆襲、その狼煙は上げられた――

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