第58話 開戦

「行くぜ、ウツロっ――!」


「来い、万城目日和まきめ ひよりっ――!」


 戦いの火ぶたは切って落とされた。


「くらいなっ!」


 ウツロの上段に、万城目日和が右手を振り下ろす。


 虎の爪を模した古代インドの暗器・バグナク。


「ふんっ!」


 ウツロはその動きを見切り、次への起こりを遅らせるため、わざとすれすれで左へよけた。


「甘えぜっ!」


 万城目日和は難なく体をひねり、左のひじをたたきつける。


「はあっ!」


 ウツロはやはり顔面のすれすれで、黒刀こくとうのさやでもって攻撃を受け止めた。


「まだまだあっ!」


 万城目日和はさらに回転する。


 左脚での下段。


「ふっ!」


 跳躍してよける。


「おらあっ!」


 中空へ移動したボディに、今度は右脚でえぐるように蹴り上げる。


「はっ!」


 刀の上下を握り、盾のようにしてそれを防ぐ。


 その勢いを利用して後方へ下がり、しっかりと間合いを取った。


「全部読んでたな? やるじゃねえか、ウツロ。氷潟ひがたにあれだけボコられといて、よくもそんなに動けるもんだぜ。まったく、あいつに負けただなんて信じられねえくらいだな」


 万城目日和はしかけず、会話を切り出した。


「くしくも同じ似嵐流にがらしりゅう、むしろ氷潟のときよりも戦いやすいぞ?」


「けえっ、きざったらしいやつだな」


「なぜ旧校舎に聖川ひじりかわをよこした?」


「決まってんだろ? おまえをぶっ殺すのは、俺がしたいからさ。せっかく苦労して黒帝こくていにもぐりこんで、いままでこつこつと準備してきたんだぜ? 刀子かたなごなんかに横取りされてたまるかよ」


「最初に龍子りょうこがさらわれたときは? なぜ俺を体育倉庫へ誘導した?」


「まさかおまえのためだとでも思ったのか? 真田さなだにもし何かあったら、今後の計画がパーになる可能性がある。そう思ったからだよ。実際、おまえをここに誘うのには、最高のエサになったしなあ」


「貴様っ――!」


「ははっ、ほんと、真田のことになるとムキになるよな、おまえ。ああっ、龍子~、龍子~」


「それ以上の侮辱は許さない……!」


「ふん、言ってろよ、色ボケ毒虫野郎。そうやって激高してるフリをして、俺を油断させようって腹なくせによ。ああっ?」


「おや、残念だな。見破られてしまったか。まあ、この程度の術式にかかってくれるようなやつなんかじゃないと、見越してはいたがな」


「へえっ、そうですか! いちいちムカつく野郎だぜ、おまえはよ!」


「どうした? かかってこないのか?」


 ウツロはあいかわらず揺さぶりをかけているが、それに引っかかるような万城目日和ではなかった。


「どうだ、ウツロ? 普通に戦うのももちろんいいが、どうにも決着がつきそうにねえ。そうは思わねえか?」


「アルトラで勝負したいということか?」


「ははっ、理解が早くて助かるぜ」


「俺もまどろっこしいのは好きじゃないな」


「ふん。じゃあ出しな、てめえのとっておきをよ?」


「いいだろう……」


「……」


 ウツロは呼んだ。


 彼の盟友である存在を。


「虫たちよ、俺に力を貸してくれ!」


「ふっ」


 ぞろぞろと集まってくる。


 影から、闇から、異形の者どもが。


 盟主の願いを成就するために。


 ウツロはたちどころに、毒虫の戦士の姿へと変貌をとげた。


 万城目日和はその光景をニヤニヤと見つめている。 


「醜い、でも美しいってとこか。こういうトンチみてえなこと、おまえ好きなんだろ?」


「いいから、おまえもアルトラを出したらどうだ?」


「はっ、つまんねえやつ。まあいい、後悔させてやるぜ、ウツロ?」


「……」


 彼女は天を仰ぎ、精神を集中させた。


「アルトラ、リザード……!」


「これ、は……」


 肌が土色に変化する。


 皮膚はただれたように膨れあがり、爪はといえば幾層にも重なって硬くとがっていく。


「万城目日和……これが、おまえの能力か……!」


 少女の姿は一匹の、どう猛なトカゲへと変じていた――

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