第2章 万城目日和、現る

第32話 朝稽古

「はあっ!」


 ウツロの黒刀こくとうが大気を震わせた。


 マルエージングこうおも剣閃けんせんが放たれる。


「甘いっ!」


 星川雅ほしかわ みやびは右手の阿呼あこでそれをいなすと、勢いを利用して回転し、左手の吽多うんた死角しかくとらえた。


「取った!」


「ふんっ!」


 ウツロはさらに体をひねり、柳葉刀りゅうようとうの鋭い一撃を受け止めた。


「くっ!」


 星川雅は背後に跳躍し、じゅうぶんな間合いを取る。


 ウツロは体勢を整え、黒刀をかまえなおした。


「へえ、腕上げたじゃん。前とは比べものにならないよ?」


鍛錬たんれんおこたっていないからな。当然だ」


「ふん、生意気。でもその程度じゃ、せいぜい自分の身を守ることくらいしかできないよ?」


「っ!?」


龍子りょうこを守るつもりなら、もっともっと、強くならなきゃね?」


「ぐっ……」


 心の中を見透かされ、彼はくちびるをかんだ。


 そのとおりだった。


 ウツロは真田龍子さなだ りょうこを守りたい一心で、さらに強くなることを望んでいたのだった。


 皮肉なことにそのあせる気持ちは、彼の心の中に確実なくもりを作り出していた。


「はいはいお前ら、その辺にしとけ。早いとこ準備しないと、学校に遅れるぜ?」


 『見学』していた南柾樹みなみ まさきが見かねて二人を制した。


 さくらかんの敷地の地下には秘密の空間が設けられており、その中にある道場で、ウツロと星川雅は日頃から、鍛錬に励んでいた。


 切磋琢磨せっさたくまといえば聞こえはよいが、二人とも自分が知らない技術を相手から盗み出そうと躍起やっきになっている。


 ウツロは愛の対象である真田龍子を守りたいという使命感に取りつかれていたし、星川雅も得体えたいの知れない焦燥感しょそうかんを取り除こうと必死になっていた。


 そこにはやはり、くだんの組織の存在や、あるいは万城目日和まきめ ひよりの影がある。


 南柾樹は肩を震わす二人を心配した。


「ウツロ、そんなに焦るなって。お前の気持ちもわかるけど、急がば回れっていうだろ?」


「ありがとう柾樹。どうにも落ち着かなくて。不安だったんだ。もし、そのおそろしい組織や、万城目日和が襲ってきたとき、俺は……俺は果たして、龍子や、みんなを守れるのかって……」


 ウツロはうつむきかげんにそう告白した。


「背負いすぎなんだよ、ウツロは。よきにつけ悪しきにつけね。なんでもかんでも自分で背負おうとするのは、あなたの悪癖あくへきだよ?」


 星川雅も彼のことを気づかってそう言った。


「わかってる、わかってるんだが……こればっかりは性格だから、どうにもね……」


 ウツロの迷いを感じた南柾樹は、なんとか彼を落ち着かせようとした。


「親父の言葉を思い出しな。どんなときでも、心をくもらせるなって言ってただろ? なーに、難しいことじゃねえ。アクタの言ったみたく、パッパラパーでいりゃあいい。そうだろ?」


 最大限気をつかって、そうなだめた。


「そうだね、そうだった……俺としたことが、情けないよ。それだけはブレないでいようとしたはずだったのにね」


 ウツロの自己否定が久しぶりに発動した。


 まずいと思った星川雅は、急いで牽制けんせいを試みた。


「ほらほら、自分を責めない。人間論もけっこうだけど、ひたすら這いまくってりゃいいってわけじゃないでしょ? ときには立ち止まることも大事だよ。そうすることで見えてくる景色だってあるんじゃないの?」


 このようにさとされ、ウツロもやっと平静さを取り戻してきた。


「そう言ってくれてうれしいよ、雅。すまない、君という人間を誤解していた」


「はあっ、都合のいいやつ! こっちは大事なペットを取られて最悪だってのにさ! ほんっと、あんたが来てからろくなことがないよね。この、毒虫野郎!」


「そういうところが、雅のいいところだよね」


「ふん……」


 ウツロのことを思ってわざと大仰おおぎょうにふるまったが、逆に悟られたことでむしろ彼女は安心した。


 それでいいんだよ、ウツロ。


 そんなことを思いながら、星川雅は退場した。


 ほころぶ顔を隠しながら。


「ウツロ、そういえばお前、今日は職場体験に行くんだっけか?」


「ああ、たこぐもって会社の運営する事業所に行く予定なんだ。聖川ひじりかわ柿崎かきざきも一緒だよ」


「ネギ掘るらしいじゃん。今晩のおかずがねえんだ。ちょこっとおすそわけもらってきてくんね?」


「はいはい、交渉してみるよ。ちゃっかりしてるな」


 ウツロはそう言うと、黒刀を小脇こわきに退場した。


 南柾樹はその背中を見つめていた。


 真田龍子を守りたいという気持ち、よくわかる。


 だがその気持ちが、まかり間違ってよくない結果を招くのではないか。


 南柾樹はそれを憂慮ゆうりょしていた。


 そして彼らの不安どおり、やみにうごめく者たちの魔手は着々ちゃくちゃくと、その日常を侵食しんしょくしはじめていたのである――


(『第33話 たこぐもチャレンジドへ』へ続く)

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