第18話 保健室の鼎談

 保健室へと移動したウツロ、真田龍子さなだ りょうこ星川雅ほしかわ みやびの三名。


 とりあえず星川雅は、真田龍子がったきず手当てあてをしたあと、自分自身の手当てもした。


 処置が終わり、一呼吸ひとこきゅうれたところで、彼女は語りはじめた。


「さて、何から話そうか」


 星川雅は少し考えて、次のように切り出した。


「二人はたとえば、この国を影で掌握しょうあくしている組織がある……なんて言ったら、どう思う?」


 ウツロと真田龍子は顔を見合わせた。


 何を言いたいのか、さっぱりわからなかったからだ。


「バカバカしい……日本は法治国家ほうちこっかだぞ? そんなマンガかアニメみたいなものなんて、存在するとは思えないな」


 ウツロはこのように、星川雅に反論した。


「アルトラは?」


「……!」


 彼は心の中でうなった。


「ね、アルトラだって、マンガやアニメの世界でしょ? でも実際にある。それと同じように、その組織もね……」


 星川雅の口調くちょうが、だんだんと重くなってくる。


「日本を影で掌握している組織……それが実際に、存在するってことなんだね……?」


「あは、龍子のほうがずっと、ものわかりがいいよね」


 真田龍子の言葉に、星川雅はかんのよさを認めた。


 ウツロはムッとした表情になる。


「いいから、話を続けろ」


「ふん……」


 星川雅は続けた。


「その組織の歴史は長いんだ……戦国時代のころにはすでに誕生たんじょうしていて、数々かずかずいくさらんを起こさせ、諸大名しょだいみょうを影であやつり……とまあ、そんなことをかえしながら、いまでは一国家いちこっかを掌握するまでに、巨大な成長をげたってわけ」


 話を聴いていた二人は、あまりの突拍子とっぴょうしのなさに、呆気あっけに取られてしまった。


「……その組織が、どうつながるんだ……?」


 ウツロはいぶかしげにたずねた。


「話は最後まで聴いてよね。刀子朱利かたなご しゅりのママ、現内閣防衛大臣・甍田美吉良いらかだ よしきらは、その組織の中で『七卿しちきょう』と呼ばれる大幹部だいかんぶのうち、兵部卿ひょうぶきょうというポストについてるんだよ。理解できると思うけれど、組織が政府を思いどおりにコントロールする一環いっかんとして、送り込まれてるってわけ」


 あまりにもぶっ飛んだ話に、二人は言葉が出なかった。


「ああ、ちなみに、氷潟夕真ひがた ゆうまもね。彼のパパ、現内閣官房室長・氷潟夕慶ひがた ゆうけいも組織の一員いちいんだよ。ヒエラルキーでは七卿の一つ下、中務大輔なかつかさたいふというポストにある。七卿の中の中務卿なかつかさきょうぐ、中務省なかつかさしょうのナンバー2ってとこだね」


 わけのわからない専門用語が連発れんぱつされ、ウツロは戸惑とまどった。


「待ってくれ、それじゃまるで、平安時代の官職かんしょくじゃないか……いまは21世紀だぞ?」


 星川雅はブラック・コーヒーを悠々ゆうゆうとすすっている。


「さあ、あそごころしいんじゃない? なんでもそうじゃん」


 ウツロはすっかり固まってしまった。


 そんなことを信じろというのか?


 そんなバカげたことを?


 日本を影で支配している組織があって、その幹部は平安時代の官職を名乗っている――


 バカげている……


 あまりにも……


「なんで……」


 真田龍子がおそるおそる口をひらいた。


「なんで、雅は……そんなことを、知ってるの……?」


 ウツロはハッとなった。


「……確かに、龍子の言うとおりだ……雅、どうしてそんなことを……?」


 星川雅はマグカップをデスクの上に置き、深刻しんこくな顔つきをした。


「わたしのお母様もだからだよ、ウツロ。似嵐家にがらしけ代々だいだい、その組織の大番頭おおばんとうをやっている家柄いえがらなんだ。実際にお母様も、典薬頭てんやくのかみというポストについている。組織のトップである、閣下かっかのご典医てんいとしてね……」


 はじめて知った似嵐家の情報――


 それに、『組織のトップ』というフレーズに、ウツロは反応をかくせなかった。


「閣下、だと……いったい、それは何者だ……それに、その組織の名前なまえもまだ聞いていない……雅、教えてくれ……」


 ウツロはしどろもどろになりながら、そうたずねた。


いやだ」


 星川雅は、はっきりとそう言った。


「な……」


 その態度にウツロは言葉をまらせた。


「だって、それを言っちゃったら、わたし、始末しまつされちゃうし?」


 始末――


 その平凡へいぼん単語たんごが、心の中をかきみだす感覚を、ウツロは味わった。


「わたしだけじゃない。おそらく似嵐にがらし一族郎党いちぞくろうとう、皆殺しにされるでしょうね。もちろん、『秘密ひみつ』を知った、あなたたちもね・・・・・・・……」


 星川雅の言葉が鋭利えいり刃物はもののようにさった。


 それは鼓膜こまくから、のうの中心へと。


「それほどに、おそろしい存在なんだよ? あの組織は、あのお方・・・・は……」


 あのお方――


 その単語にウツロは言い知れない恐怖を感じ、体が寒くなってきた。


「人間がアリをつぶしても、気づきもしないように……あのお方も、人間の存在を消すことに、いたみすら感じない……ウツロ、あなたなんか、あのお方にかかれば、ものの2秒で肉のかたまりになる……断言だんげんしてこれは誇張こちょうなんかじゃない……それほどに、おそろしいお方なんだよ……」


 星川雅は語り終えると、深い呼吸をした。


 ウツロは顔をせてしまった。


 いまの話はまるでおとぎ話……


 だが雅は、わざわざそんなことを言うような人間じゃない。


 存在するというのか……?


 この国を影で掌握する組織とやらが……


 組織というからには『元締もとじめ』がいてしかり……


 そんなおそろしい組織をたばねる『閣下かっか』なる人物……


 いったい、何者なんだ……?


 そもそも、『人間』なのか……?


 まるで想像もつかない…


 雲をつかむような話だ……


 この世には俺の知らない世界が……


 いや、知ってはいけない・・・・・・・・世界があるのかもしれない……


 ウツロはこんなふうに、延々えんえん思索しさく循環じゅんかんおちいった。


(『第19話 しのかげ』へ続く)

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