第93話
アタシが会議室に入るなり、中にいる全員が刺すような視線で貫いてきた。
なんつーか……遅刻を責めてるよりも、アタシそのものに対する憎悪が多いように感じる。なんだよ。そんな目で睨むんだったら、はなから呼ぶんじゃないわよ。アタシだって忙しーのよ。
会議室ではアジリアが上座に腰を下ろして、左側にプロテアが、右側にマリア、アカシアが席についている。全員がライフスキンではなく、緑の作業着に袖を通していた。
比較的敵意の少ないアジリアが、アタシに早く入るよう促した。
「遅刻だぞ。三時に集合と放送しただろう?」
アソコの穴の小さい奴だな。遅れたぐらいでキャンキャン喚くんじゃないわよ。
アタシはオーバーなアクションで頭を下げる。
「ごめーん。アタシバカガキ言語分かんないの。あとで脳ミソ限界までダウングレードして、対応しておくからぁ許してちょん」
白けた雰囲気になる周囲を無視して、どっかりとアカシアの隣に腰を下ろした。
即座にアカシアは、ドスの効いた声を捻り出した。
「近寄るな……あっちいけ……」
ンだと? かち~んときた。気弱なチビ糞が何ほざいてんだ。さんざん虐めてやったのを忘れたのか? ナガセがいなきゃ何もできないくせによ。
アタシは背もたれにもたれかかると、アカシアを睨み据える。
「おっ? なァに調子コイんてんだコラ。えらそーな口きいてんじゃないわよ」
するとアカシアが、流れるような動作でホルスターの留め具を外した。アタシは凍りついた。
こんなに沸点の低い奴じゃない。昔はいつまでもウジウジメソメソして、ナガセに泣きつくこともせず、自分の問題と我慢し続けていた。そんなメスガキが今アタシに、銃を向けようとしている。
アタシは身体の重心を背もたれから前に移し、いつでもアカシアに飛び掛かれるようにした。
アカシアは嘲笑った。
「僕速いよ。ナガセが褒めるほどだよ。あなたが掴みかかる前に、終わらせられるよ」
「やれよ。大好きなナガセのお仕置きが待ってるぜ」
ハッタリだ。お前は撃てはしない。アタシは威圧感を強め、アカシアが謝るのをじっとまった。
だがアカシアはアタシが飛びかかるのを待つように、頑として軽蔑を弱めず、態度を改めなかった。
このままだと撃たれる。助けを求めて周囲を見渡すが、他の女たちは成り行きを見守るだけだ。なんかおかしいぞ。
「おいおいおい。チ○ポ野郎が帰って、アタシがこの事チクったら、あんたら皆殺しになるわよ。見てないでこのアホなんとかしろよ」
女たちは何も言わない。まるで身をもって思い知れとでも言いたげに、口を閉ざしている。代わりにアカシアが上品に、口を手で覆って笑った。
「非致死性弾っていいよね。ナガセの言いつけを守って、あなたを撃てるんだから。プラスチック弾。痛いよ。自分で試したから」
アカシアは作業着の裾を捲り上げた。良く引き締まった、細いウェストが露わになる。その滑らかな褐色の肌に青黒く変色した部分があり、弾痕を形作っていた。
ああクソ。自分の身体で何度も見たよ。つーか今でもまだちょっと跡が残ってる。非致死性弾で撃たれた跡だ。何で自分で自分を撃ったんだ!? イカれてるぞコイツ!
自分を撃つようなサイコ野郎だ。アタシも何のためらいもなく撃つだろう。もうアカシアに飛び掛かる気が失せちまった。
アタシが怯んだことで、ようやく周囲の女どもが動き出す。アジリアが顎でアタシをしゃくり、他に移るように指示した。
「そこまででいいだろう。ロータス、余所に移れ」
そーか、そーか。ナガセが何もしなかったから、アンタらでこんな真似したって訳か。テメェら後で覚えておけよ。ナガセが帰ったら虐められたって訴えてやるからな。
不貞腐れて椅子を蹴るように立った。するとプロテアが手招きしてくる。
「こっち来い。ホラ俺の隣座れ」
あんたはアタシがヤだよ。お前さァ、作戦中にプッツンして、サンの事殴ったんだろ? そんなアブネー奴の隣お断りだッつーの。かといってマリアの隣はアカシアがいるし、アジリアの隣は論外だ。クソッタレ。仕方なしに、プロテアの隣に腰を下ろした。
プロテアは何を思ったか、自らの作業着を捲り上げて腹を見せてきた。彼女の黒い腹は、鍛えられて割れている。そして皮膚に同化して見にくいが、そこにも弾痕が青痣として残っていた。お前も自分で自分を撃ったのかよ。
プロテアはアタシが傷を見たのを確認すると、作業着の裾を戻して指を突きつけてきた。
「痛みを与えるだけじゃ。平気で人を傷つけるようになっちまう。与える痛みを知らなきゃな。んでアカシアと互いに撃ちあった。すんげぇ痛かった」
それがそのイカれた行動の動機か。意味が分かんねぇ。そこまでマゾなら大人しくアタシにこき使われていればよかったのに。
「だから変な真似はするなよ。わかったんだ。これは痛ぇが死にはしねぇ。俺もアカシアも、遠慮なくお前を撃つからな。何発も。何発も。お前が悪い事しなくなるまでな」
脅迫すんなボケが。アタシ息苦しいの嫌いなんだよ。何にするにしてもお前らの機嫌を取らなきゃだめだってか。フザケンナ。
アタシが不機嫌そうに鼻を鳴らすと、プロテアは場を和ませるようにからりと笑った。
「ガキじゃねぇんだ。脅したりはしねぇよ。ただ俺らが安心したいだけだ。じゃあ会議と行こうぜ」
アタシが安心できないんすけどそれは――納得しかねるように呻くが、誰も相手にしてくれない。皆、上座にいるアジリアの方に顔を向けて、この話はそれきりになった。
アジリアは皆の注意を集めたことを確認すると、レーザーポインタを取り出して振り回した。
「では第一次遠征の作戦会議としよう」
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