第92話

 はァい。アタシロータス。

 ダイナマイトボインのイケイケガール。美人な上に、このドームポリスで一番賢くて、一番強いの。

 銃を持たせたら一発で百匹のマシラを殺せるし、オストリッチを駆らせたら山だって飛び越えちゃう。人攻機に乗らせたら、あのチ○ポ野郎にだって負けないわ。

 も~最強って感じ。

 そんなアタシが、今何をしてるかっつーと……、


「ねぇ……バカガキには大した事してないだろ。許してくれよ。な?」

 談話室でパギに頭を下げていた。

 頭を下げるアタシを、パギが鼻で笑う気配がする。顔を上げると案の定、お絵かきを中断してまでアタシを見下していやがる。

 このバカガキが。お前は追いかけ回して、ビリビリしただけだるるぉん? 別に穴に棒突っ込んだり、便所に叩き落したりしてねぇだろ。調子にのるんじゃねぇよアホ。


 ぶん殴ってやりたいけど、今は我慢しなきゃ。他のメンヘラ共は、このバカガキに甘い。だからこいつが許すっていえば、なし崩しに他の連中も許してくれるに違いない。

 それまでの、それまでの辛抱よ。終わったらお前のケツに爆竹差し込んで、炸裂させてやるからな。ケツの穴がデカくなって嬉しーだろ、この役立たずが。


 ぶっちゃけアタシの待遇は最悪だ。

 他の女は好きな服を身に纏えるっていうのに、アタシは監視の為にライフスキンを脱ぐことができない。実際パギが着ているのは、ローズが作ったシャツとスカートである。それに女ども、拳銃で武装しやがって。アタシャ丸腰だぞ!? こんな窮屈な生活は嫌だ!


 バカガキめ。わざとらしく迷って見せやがって。考えるように唸っても、許す気がさらさらねーことはわかるんだよ。

 記憶にはないが、いつの日か、どこかで見た気がする。この顔は今のおいしい状況を、どれだけ長引かせようか考えるツラだ。反吐が出る。

 アタシは道具じゃない。アタシはゴミじゃない。アタシは役立たずじゃない。

 そんな感じの出所の分からない想いと、尽きることの無い怒りが感情を支配する。無意識のうちに握り拳を固め、パギの脳天に振り下ろそうとした。

 不穏な空気を察したのだろうか。パギはさっとアタシから距離をとると、お絵かき道具から絵の具をいくつか掴んで差し出してきた。


「これ食べて。七色のうんち出して。そしたら許してあげる」

「できるわけねーだろ! ナマ言ってんじゃねーぞバカガキが!」

 拳を振り回してパギを追いかける。パギは顔を青ざめさせて逃げ回り、大声を張り上げた。

「お! おねっ! おねぇちゃ~ん! ロータスがまた虐める!」

 人を呼ぶんじゃねぇよ! アタシは丸腰だけど、あいつらは全員、拳銃で武装してるんだぞ! 下手したら殺されちまうだろ!


「虐めてねぇだろ! それはできませんよって、行動で示しただけじゃねぇか!」

「絶対今ぼかって殴ろうとしただろ! お姉ちゃん! 怖いよ! お姉ちゃん!」

「あー分かった! 殴らないから止めろ止めろ止めろ! おっそうだ! アタシ七色のうんちは出せないけど、ケツの穴で煙草を吸う事が出来るのよ。それならいいでしょ! 何なら葉巻(葉巻は吸い終えるのに一時間弱かかる)でやってやってもいいわよ!」

 これはマジだ。人間暇になると、いろんなことを試したくなるモノ。あくる日煙草を見てたらふと思いつき、煙をふかす事ができたのだ。

 ケツの穴と腹が痛くなるが、四の五の言ってられる状態じゃない。まず許してもらうのが先決だ。

 このクソガキ覚えてろよ。以前の待遇を取り戻したら、真っ先にビーンバック弾(非致死性弾。死ぬほど痛い)ぶち込んでやるからな。


 パギは軽蔑を隠そうともせず、アタシにあっかんべーをしてくる。だがその途中で、瞳を興味にきらめかせた。

「バーカ。さっさと絵の具食べて七色のうんち――それホント? お尻で煙ぷかぷかできるの!? プロテアお姉ちゃんやパンジーみたいに、煙のわっか作れるの!?」

 食い付いた? このバカガキ食い付いたぞ!?

 そういやこいつ、プロテアとパンジーが作った煙のわっかで遊んでたからな。いやでも、こんな汚ェわっかどうするんだ? くぐるのか? ついでに地獄のゲートもくぐれバーカ。


「モチのモチ、作れるに決まってんじゃな~い。いくらでも作ってあげるわよん。た・だ・し、葉巻一本分コッキリねぇ~。それが済んだら、アタシのこと、許してくれるのね?」

 アタシの言葉に、パギの表情が固まった。おいおい。ただで物をあげるわけねぇだろ。アタシが働いた分、相応の礼をするのがスジってもんでしょ。ケツの穴だけに。

 アタシはにひひと笑うと、優しく馬鹿にも分かるよう語りかけた。

「ダイジョーブ、ダイジョーブ。そりゃアタシは相変わらず口は汚いし、手が出ちゃうときもあるけどサ、それは仕方ない事なのよ。パギだってピオニーにムカついたり、ナガセを殺したいって思う時があるだろ? それと一緒。だけどもう反省してるんだ。もうあんな事はしないから。ナ? お互いこんなギスギスするの嫌だろ?」


「でも私お前の事嫌いだよ。だけど……う~……」

 何迷ってるんだ。そうやって交渉するつもりか? らちが明かねえ。こう言う時は、商品を押し付けるに限る。

「お~し契約成立ね。待ってな。今見せてやるからよ」

 アタシは両足首を肩より上にあげて首に引っ掻けると、尻をよく見えるようにした。煙草をくわえて、先端をライターで炙る。


 にゅっと、横から手が伸びて、アタシの口から煙草を叩き落とした。

 反射的に身をよじり、回避行動をとる。言っとくけどこれはビビりじゃない。視角外から攻撃されたのよ。しょうがないじゃない。いつでも逃げられるほど距離をとってから、煙草を叩き落とした人物を確認する。

 短い金髪に、シュッとしたスレンダーな体つき。整った顔立ちは感情がなく、まるで人形みたいに微動だにしないでいる。ただ目つきだけは、いつでもアタシを監視しているわよと言いたげに据わっていた。

 ローズだ。

 シャツにジーパンというラフな格好しやがって。今日は非番の日なんだろうな。


「ここは禁煙よ。さっきパギが放送したのを忘れたの? それに子供に変なもの見せないで」

 ローズは叩き落した煙草を、ポーチの中に放り込んだ。

 いいところを邪魔しやがって。食って掛かりたいが、ローズの手は腰の拳銃に置かれている。こいつナガセを殺そうとしたアブネー奴だし、下手に動かない方が無難ね。唯一動く口で、鬱憤だけ晴らすか。


「やかましいぞメンヘラ。パギが見たいって言ったから見せるのよん。そしてアタシはそうしないと、許してもらえないの。邪魔しないでくれる?」

「他の方法になさい」

「でもぉ……お尻で煙ぷかぷか……」

 パギが未練がましく呟く。思った以上に食いついてるな。これを逃す手はない。

「ホラ! パギも見たいって言ってるじゃないのよ! ナガセが言ったんだろ! チャンスをやれって! その邪魔をするなよ!」


 ローズは冷たい目でアタシを射抜き、それ以上の問答を許さなかった。

「私は絶対あなたを許さないわ。だからいけない事だと思ったら、あなたの邪魔をするわ。だけど私自身は、あなたをどうこうしようとも思わない。それだけよ」

「許す気が無いだァ? じゃあ何しても無駄じゃない。そんなのおかしいでしょ? こうやって誠意を見せてるんだからさァ、お前も誠意見せろよ!」

 ローズはここで、悲しそうに笑った。

「あなた……自分が何を壊したか、未だに良く分かってないのね……その事で苦しんでいるくせに、その事に気付いてないのね……」

 な~にいってだこいつ。ナガセより訳の分からんことを言い出したぞ。


「ハイ謎ポエム頂きました~。ここはお花畑じゃねぇんだぞ。トチ狂ってないで現実見ろよバーカ」

 悪罵を吐くが、ローズは気にした素振りも見せなかった。本当に悪口に堪えていない様子で、それどころか憐れみの色をより深くした。

「それさえ気づいてくれれば、私たち意外と気が合うかもね。残念だけど。行きましょ。パギ」


 ローズはパギを手招きし、談話室を出ていく。パギは心残りに後ろ髪を引かれて、何度もアタシを振り返った。だが結局ローズには逆らえず、お絵かき道具と画用紙をかき集めて、ローズの後についていった。

 アタシは取り残されて、床に唾を吐いて蹴りつけた。

「何だよ……分かった風な口を利いてさァ……」


 その時パギが、談話室にひょっこり顔を覗かせた。

「あっ。それとアジリアお姉ちゃんが呼んでたでしょ。私も三時に会議するって放送したしぃ。早く行けよバーカ」

 こンのバカガキ……。アタシはぎりっと歯を食いしばる。そして肩を怒らせながら、会議室に足を向けた。

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