第48話

 模擬戦当日。

 天気は快晴、ほぼ無風。絶好の日和である。俺は約束の時間である昼前に、倉庫へと向かった。そこではアカシアチームとアジリアチームが、向かい合って並んでいた。


 アカシアチームの面々は、緊張に固唾を飲みながらも、芯の強い顔をしている。これから臨む戦いへの、覚悟が決まった良い顔だ。

 反対にアジリアチームの雰囲気は、アジリアを除いて一様に暗かった。アカシアたちの態度が、義憤に立ったはずの自分たちを否定しているのだ。表情は迷いに曇り、現実を否定するようにアカシアたちと目も合わせようとはしなかった。

 ただ一人アジリアだけが、無機質な視線をアカシアに向けていた。


 俺は向かい合う彼女らの間に立ち、訓練前の確認を始めた。

「では予定通り、模擬戦を行う。まず最初に言っておくが、模擬の戦闘とはいえ、人攻機を使うのだ。命懸けで行うこと。分かったな」

『はい!』

 俺が言うとその場にいる全員が、背筋を伸ばして返事をした。

「ルールの確認だ。場所は訓練場。時間は陽光を考慮して、昼時とする。各陣営は事前の取り決めにより、アジリアが山側(西)でアカシアが海岸側(東)だ。武器は実銃のレーザーを使用し、格闘はナシ。レーザー判定で決着をつける」


 レーザー判定とは、戦歩ライフルのレーザーサイトを光線銃として用いた判定法である。戦歩ライフルには人攻機の本体とは独立した、照準器が取り付けられている。人攻機の装甲表面はカーボンナノシートで覆われており、弱い電圧がかかっているので、光子もしくは電子を照射されると電磁界が乱れてロックされているのが分かる仕組みだ。つまりレーザーを弾として使い、それで当たりを判定するのだ。

「有効判定距離は五十メートルから。弾薬を電子管理し、一人の持ち弾は二百発とする。判定の詳細だが、四肢照射は損害、胴体照射は撃墜とする。生存躯体が全ての弾を撃ち尽くした時点で終了。損害が少なかったチームの勝ちだ」


 つまり相対距離五十メートル以内からの照射で、判定が有効になるということだ。これは訓練場が狭いから仕方ない。弾薬は躯体と銃で、何発込められているかを電子的に処理する。流石に撃ちっぱなしだと芸がないし、装填動作がないと駆け引きもないので、採用した次第だ。弾丸は銃に、五十発込められる設定にした。

 それとレーダー判定は、躯体損傷をシュミレートすることが出来る。腕部に照射された場合、そこへの電源供給を切り関節をロックする事で、さながら被弾したかのごとく振る舞うのだ。実戦に即した訓練が出来る上、躯体損傷を折った際の対応も学べるため、俺は訓練に積極的に取り入れていた。彼女たちにしては馴染みの方法だった。


「武器はアジリアチームが八八式。アカシアチームがMA22だ。ここまではいいか?」

『はい!』

 彼女たちが声を揃えて叫ぶ。問題がないなら先に進もう。チンタラしていると、お天道様が行ってしまう。

「それではこれより、訓練場へと移動する。アジリアチーム。先に訓練場へ!」


 俺の号令を受けて、アジリアチームの面々がゆらりと上半身を泳がせた。どうやら躯体に乗り込もうとしたが、アカシアたちの本心が気掛かりで動けなかったらしい。

 最初にローズが逃げるようにして、シャスクに乗り込んだ。プロテアはそれを見送りながら、虚しいため息を吐いた。

「まぁ良く分かんねぇけど。一度乞われて、話にノったんだ。俺は全力で行くからな」

 彼女はアカシアたちに指を突きつけて念を押すと、自らのシャスクへと這いあがった。

 残ったアジリアは、相も変わらず無機質な視線を、アカシアに向け続けている。俺には彼女が無言の圧力をかけているのか、それとも最後のチャンスを与えているのか判別しかねる。いずれにしてもアカシアは、凝り固まった決意に非難の色を滲ませるだけで、何もいおうともしなかった。


 アジリアはアカシアから俺に視線を移した。先ほどとは打って変わって、そこには確かな敵意と、恐れが宿っている。彼女は俺を見つめたまま、アカシアにいった。

「すぐに終わる。そうすれば初心を思い出すだろう」

 アジリアは俺に見切りをつけ、猫の様な俊敏さで五月雨の搭乗口に身を滑らせた。程なくして、アジリアチームの駐機所から、躯体を固定する格子が抜けていく。自由の身になった巨人たちは、倉庫の薄埃を巻き上げつつ、草原へ出ていった。


 アカシアチームはそれを食い入るように見つめている。やがて躯体の像が、陽気の陽炎で揺らぎだす頃、デージーがぼそりとこぼした。

「馬鹿にするな……」

 サンも同じ心持なのだろうか。直立不動の姿勢は崩さないが、太腿に付けた手に握り拳を作らせて、籠った力に震わせていた。サンとデージーは性格は真反対だが、思考回路は似ているようだ。アジリアが自分を窮地に追いやったと、信じて疑わない様子である。


 アカシアは彼女らと別の想いがあるようだが、口にも行動にも出さない。ひたすら視線に思いを込めて、アジリアたちの躯体を追っていた。俺はその独特な目つきに覚えがあった。スナイパーが獲物を追う時の、意識を集中させた眼つきだ。自らの感情を抑え込み、目的のみに全てを注いでいるのだ。アカシアは気が弱い。しかし意志が弱い訳ではない。その証拠に彼女は冬、倒れるまで自らの役目を果たそうとした。

 アカシアは化けるかも知れん。


 俺は指を鳴らして、アカシアたちの注意を引いた。

「次。アカシアチーム。行け」

『サー。イエッサー!』

 アカシアたちは声を揃えて叫ぶと、一糸乱れぬ動作でそれぞれの人攻機に搭乗する。そしてアジリアチームと同じ要領で、草原へと出ていった。


 俺も行かねば。倉庫の隅から、オストリッチを引っ張って来て展開する。オストリッチは翼を広げ、その場で足踏んでバランスを取った。相変わらず醜い外観をしているな。頭のないダチョウとはよく言ったものだ。颯爽と跨り、訓練場に向かおうとする。

「ナガセ~私も連れてってくださぁい」

 背後からピオニーの間の抜けた声がかかる。ドームポリスへの廊下に眼をやると、彼女が両腕一杯にボトルを抱えて出てきた所だった。いつ見ても危なっかしい足取りだ。内股が過ぎるのか、一歩踏み出すたびにふらふらと揺れて、自分の足に引っかかりそうになっている。

 ピオニーが何もない場所で転ぶ前に、迎えに行ってやるか。目の前にオストリッチを止まらせて、軽く屈んで乗りやすいようにしてやった。


「後ろに乗れ。ボトルはオストリッチのケツに入れろ……何だそれ?」

 ピオニーはオストリッチの尻周りから格納されている袋を引っ張り出し、鼻歌を歌いながらボトルを差し込んでいく。

「元気溌剌なお飲み物でぇす。終わったら勝っても負けてもぉ~疲れますのでぇ~。私たちもこれを飲みながらぁ、ゆったり観戦しましょうねぇ~」

 ピオニーはボトルを詰め終えると、俺の後ろに乗る。そして落ちないように、抱き付いてきた。


 ピオニーがしっかりと抱き付いたのを確認してから、俺はオストリッチを走らせた。倉庫を出ると、強い日差しが降りかかってくる。俺は眩しさに目を細めながら、ふと思った。

 背中ではピオニーが心地よさそうに風を受けている。俺にしがみつく腕には不安も恐れもなく、遠慮なくぴったりと身体を張り付かせていた。

 理解できないな。ピオニーも何回か海に放り込んだし、失敗を繰り返した時には沈めたりもした。普通なら敬遠して然るべきである。だが彼女はもがき苦しみはしても、俺に恨み言一つ漏らさなかった。そして陰りのない笑顔を、絶やす事も無かった。


「お前は俺の訓練に文句を言わないんだな」

 ピオニーは考える間を空けず、当たり前と言わんばかりに即答した。

「それは当たり前ですよぉ~。だって弱いとまな板に乗せられて、トントンされた後むしゃむしゃされちゃうんですからぁ~……血抜きとかぁ……解体とかぁ……されちゃうんですからぁ……ナガセはトントンしないですしぃ、むしゃむしゃもしませ~ん。だから文句さんないですぅ」

 ピオニーは搾取する側とされる側も、同じ生物だと気付いているようだ。役割適正云々ではなく、生き物として強く在らねばならないと考えているのだろう。


 俺は失敗したかもしれない。奪還を重視し、勝つ事を優先したが、生存を重視し、負けないことを説けば、この模擬戦を回避できた可能性がある。あくまでアジリアが根本的に恐れるのは、彼女たちが俺のようになって互いに殺し合うことだ。異形生命体を殺すために強くなるのではなく、異形生命体から身を守るために強くなる。そのために海に放り込んだのなら、堪えてくれただろう。憎しみを助長している訳ではないからだ。

 勝つ事にこだわり過ぎて、内紛を招き、憎しみの種を撒いたかもしれない。もう後の祭りだがな。


 いずれにしろ、冬に決めたことは貫き通すつもりだし、それが大局的に最善だといえる。何度も確認したが、異形生命体は逃げる事を知らない。死ぬまでかかって来る。そして彼女たちの誰もが、襲われる可能性があるのだ。ゆえに全員が異形生命体に勝てるようにならねばならない。


 だから模擬戦には勝つ。そして憎しみの種が芽吹けば、刈り取る事なんてしない。根ごと引き抜いて見せる。ここはユートピアだ。もうこれっきりで終わりにしたい。


 だが――ここは過去のしがらみから解放されたユートピアのはずなのに、早速憎しみの渦中に飛び込まんとしているのが悲しくなった。異形生命体――いや、領土亡き国家め。とんでもない置き土産を遺してくれたものだ。


「料理は辛いか?」

 気分を晴らすため、ピオニーに聞いた。彼女はフフと軽く笑った。

「皆さん私のご飯さん。美味しいと言って食べますぅ。疲れてへたへたが元気いっぱいになって、また笑うんですよぉ。私の大事なお仕事さんですぅ~。取らないで下さいねぇ~」

「そうか」

 これを守らねば。それだけのはずなのだ。それなのに何故、憎しみもついて来るのか。


 森とドームポリスの中間部には、越冬前に作った堀がある。敵を遅延させるためのものだ。堀の縁ではマシラに備えて、機関銃を搭載したキャリアが二両、待機していた。その銃座でマリアとパンジーが見張りをしているが、模擬戦が気になって仕方がない様子だ。頭を森と訓練場に向けて、何度も振っていた。ここからは見えないが、おそらく運転席のサクラとリリィも似たようなものだろう。


 堀よりドームポリス側には、迎撃地として設けた長さ二百メートルほどの棚が広がっている。俺はそこの北南(森が北、ドームポリスが南である)百メートル、東西に二百メートルの土地を均して、訓練場として使っていた。訓練場は均すことで周りの大地より少し沈んでおり、彼女たちは内側の堀と呼んでいた。

 訓練場には遮蔽物として、ドームポリスの天板だった金属板が立ててある。それらは左右対称になるように、訓練場中央から三十メートル地点に三つ、六十メートル地点にも三つずつ配置されていた。遮蔽物の幅は十メートル、高さは五メートルほどなので、屈んだ人攻機が二躯隠れられた。

 訓練場の東西最端には、それぞれの陣地がある。そこでは各チームが、初期配置である円の中で、模擬戦の開始を待っていた。


 俺は邪魔にならない程度に離れた場所で、オストリッチから降りた。そこからは訓練場を横から一望でき、遮蔽物の後ろも覗くことが出来る。ここで観戦する事としよう。デバイスで通信を送る。

「各員。配置についたか?」

『問題ない。何時でもいいぞ』

 とアジリアから硬い声が、

『サー。イエッサー』

 とアカシアから静かな声が返って来る。


「ナ~ガ~セ~。風呂敷ひろげましたぁ~。ここどうぞ~」

 いつの間にかピオニーが、俺の足元にグランドシートを広げていた。彼女は両足を畳んで上品に座り、ボトルの一つを口に付けつつ、空いたスペースをポンポンと叩いていた。

 お前な……空気読もうか……。ちらとピオニーを見た後、訓練場に向き直った。

「太陽の位置も申し分ないな。それでは模擬戦を開始する。各自、アイアンワンドの開始の合図に備えよ。アイアンワンド。頼む」

『サー。イエッサー』

 デバイスにカウントシンボルが表示される。数は十だ。それが一つずつ減っていく。彼女たちの人攻機にも、同じものが映し出されている事だろう。訓練場では人攻機が身動ぎし、始動に備えて位置と体勢の微調整をし始める。


「座らないんですかぁ~? あ! パギちゃんみたいに膝を貸しましょうかぁ~?」

 ピオニーが自分の膝をポンポンと叩く。俺は彼女を無視して、訓練場に集中した。

 そして開戦のブザーが鳴り、戦いの幕が切って落とされた。

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