第8話 邂逅ー7

 五月雨の脚を引きずりながら、ほうほうのていでドームポリスへと帰還する。

 躯体を駐機所の中に戻して、尻をつけた正座である降着姿勢をとらせた。

 スロットルをミリタリーからオフに切り替えると、身体を包むクッションが萎んでいき、ぐったりと黒髪が俺に寄りかかってきた。


 さすがに疲れたか……。

 俺は黒髪に不必要に触れないよう気を使いながら、その肩越しにモニタを覗き込んで簡単に躯体の状況を調べた。

 右足がオシャカだ。足首から先を取り換えなければならないが、軽く半日は時間を取られる作業になる。

 かといって別の人攻機を一から再調整するのにはもっと時間がかかるだろう。


「アイアンワンド。今俺が駐機した人攻機のコンディションを、別の人攻機にコピーすることは可能か?」

『サー。可能です。人攻機の情報にアクセスする許可を下されば、今すぐにご用意できます。プリセットとして登録しますか?』

「そこまではいい」

『使用する人攻機を指定なさいますか?』

「シャッター前の人攻機を使え。それと人攻機のセンサを今すぐに起動。森からの侵入者を警戒し、反応があればシャッターを閉めろ」

『サー。イエッサー。ではアクセス許可を求めます』

 モニタにアイアンワンドからの許可申請が表示される。俺がそれを認めると、すぐにコンテナからシャッター前の駐機場にシャフトが伸びていき、五月雨の人工筋と装甲を取り付け始めた。

 俺はその光景を横目に見ながら、黒髪を抱きかかえて躯体から降りた。


「立てるか?」

「う~……すわる~……つらい~……」

 黒髪は焦点の合わない眼で俺を見上げる。

「分かった。良く案内してくれた。ゆっくり休むといい」

 俺は黒髪を倉庫の壁まで運び、横にさせるとその懐に果実をいくつか置いた。


 食料が確保できたことだし、さっそく女たちに振舞うことにするか。

 五月雨の尻の位置にあるボックスを開くと、一杯に詰め込んだ果実がぼろぼろと地面に転がった。それが大体の量になると、ボックスを閉じて鍵をかけた。


 俺が分配してもいいんだが、そんなことに使う時間があったら、重症の女たちの面倒を見ていたい。

 確かリーダーを自称する、お山の大将がいたな。そいつにやらせればいいか。

 倉庫に転がしてあるダストボックスに近づいて鍵を開けると、中から勢いよく金髪が飛び出して俺に掴みかかってきた。

 懲りない奴だ——まぁそっちの方が俺の好みだが。

 繰り出された彼女の腕を掴み、再び背負い投げて地面に叩き付ける。

 金髪がのたうち回っている隙に、俺はその襟首を掴んで果実が散らばる場所まで引きずっていった。


「おまえ! ゆるさないぞ! ぜったいにころしてやる!」

 金髪が腕をぶんぶん振り回しながら喚くが、ちっとも怖くない。

「そうか。精々頑張れ」

 俺は適当にあしらうと、彼女の口に果実を一つ押し込んで黙らせた。


 メディカルポッドを使うにはドームポリスに水を補給しなければならないが、貯水槽がどこにあるか皆目見当がつかない。

「アイアンワンド。ここの水はどこで管理している? 倉庫から搬入するようになっているのだろう?」

『サー。倉庫の壁面に給水口があります。警告。接続口は二つあり、片方は下水のシステムと繋がっていますので、お間違えの無いよう』

「パスは?」

『サーは設定なさっておりませんが?』

「ここもか……水を汚染したらドームポリス全体が死ぬ……厳重に管理してしかるべきなのに……ここを作った奴は何を考えている……」

 俺は壁面に重厚な鋼鉄のカバーを見つけ出し、タンクからホースを伸ばして注水を開始した。

「蒸留する時間も電気も無いし、水が綺麗だという言葉を信じる他あるまい……な」


 不意に倉庫が騒がしくなり、声のする方を振り返ると、物陰から出てきた女たちが果物に群がっていた。

 よっぽど腹を空かせていたのか、彼女たちは目を剥きながら一心不乱に果肉を貪っている。金髪も表情に苦々しいものを浮かべながら、果物をかじっていた。


 果物が減っていくと、女たちは取り合いを始める。余力のある女の中でも、我の強そうな奴が、弱っている女から食いかけの果実をもぎ取ろうとした。すると金髪がすっくと立ち上がり、思い切り我の強そうな女の頭を殴りつけて離れさせた。そして争いが大きくなる前に、残った果実を均等に分配した。


 成程……ね。ただの力自慢ではないみたいだ。おまけに金髪の奴、今後に備えて自分の果実を温存している。

 ドームポリスでやることは山積みだが、人手が足りない。あいつと従順な黒髪は、早めに教育して使ったほうがいいだろう。


 我の強そうな女が何を思ったのか、俺の所に歩いてきた。彼女は人攻機を指さすと、俺に頭を下げた。

「ねぇ……たてついたのあやまるから……もっとちょうだい。おなかすいたの。もっとちょうだい」

「食い過ぎると弱くなる。残りは後でやる」

 タンクが空になり、だらしなく垂れたホースが給水を終えたことを教えてくれる。適当に後片付けを済ませて、ポッドのある中央室へ急ぐか。

「それと……俺はそいつに果物をいくつ食べたか聞く。その数が一つでも少なかったら、お前を閉じ込めるぞ」

 俺は黒髪の懐から果実を持ち去ろうとする女に釘を刺した。


「かえってきたぁ! どこいってたの!?」

 中央室に戻ると、黒長髪が俺を出迎える。

「飯を取りにな……ほら。ゆっくりと食え。アイアンワンド」

 俺は持っていた果実を黒長髪にいくつか投げて、ポッドに横たわる女たちをぐるりと見渡した。

『サー。ご命令をどうぞ』

「タンクの水を確認しろ。使えそうか?」

『はい。貯水槽に水を確認いたしました』

「よし。その水を使用して、メディカル機能を使え。対象はポッドナンバー#4、#5、#8、 #10、#12だ。問題なければドームポリスに水を循環させろ」

 俺は空いたベッドの一つに腰を下ろして一息をついた。


『それはメディカル対象者で、水の安全性チェックを行うという意味ですか?』


「何? どういう事だ?」

『サー。イエッサー』

「おい! 貴様!」

 俺は怒鳴るが、アイアンワンドは無視しやがった。

「アイアンワンド!」

『サー。ご命令をどうぞ』

「さっき何と言った!」

『サー。ご命令をどうぞ。と申し上げました』

「違う! 水の循環命令の後だ!」

『サー。ご命令をどうぞ。と申し上げました』

「くそ!」

 いらだちまぎれに壁に拳を叩きつけた。

「アイアンワンド。その通りだ。この水が駄目ならもう海水しかない。他の水を探せるまで、こいつらは持たん! 無い時間で意味のある仕事を出来るだけするだけだ!」

『命令及び質問の意味不明。回答不可』


 アイアンワンドの拒絶に似た答えは、俺を冷静にさせた。

 得体の知れない施設を支配している人工知能だ。利便さにかまけて忘れていたが、こいつも化け物と同じくらい十分な脅威だ。

「アイアンワンド。お前から外部に接続しているすべての権限を剥奪する」

『現段階で、人攻機のセンサの管理、メディカル機能の使用を委任されています』

「メディカル機能は任せる。実験は続行だ!」

 俺は吐き捨てるようにして言った。


『サー。イエッサー。水を使用して洗浄液を作成します。メディカル機能を使用』

 ポッドが閉鎖され、中が特殊な水溶液で満たされる。殺菌と洗浄の効果があり、酸素を多量に含んでいるので、沈められても窒息することがない。人間用の洗濯機みたいなものだ。癌や腫瘍以外を全て洗浄してくれる。

 女たちが水溶液漬けになると、ポッドカバーがスモークになり、中が見えなくなった。あとは神のみぞ知る……だ。


 黒長髪が怯えた様子で俺の腕をゆすってくる。

「ナガセ……どうしたの? なにとけんかしていたの? あのこえはどこからきこえてきたの? だいじょうぶなの? みんなたすかるの?」

「分からん。あれが何なのか? こいつらが助かるのか……今は待つことしかできん」


 黒長髪を連れて倉庫に戻ると、女たちが話し合っていた。

 どうやら議題は俺についてらしい。俺が倉庫に姿を現すと、彼女たちの話し声はピタリと止んだ。

 もっともだ。彼女たちにとって俺は得体の知れない存在なのだから。

 金髪が俺に近寄って来る。

「おい。ここのとびらしめろ。もりからばけものがくる」

「俺はいいのか?」

「かってにしろ。どうせおまえにかてん。だけどへたなことをしたらころしてやる。ころされてもころしてやる。おぼえておけ」

 金髪はそれだけ言うと、ぷいとそっぽを向いて、どこかへ行こうとする。俺は彼女を呼び止めた。

「なぁ。ドームポリス内のごみを、掃除しておいてくれるか? 他の女も手伝わせてくれ。弱いのはそこからきたんだ。綺麗にしないとまたくる」

 金髪は振り返り、俺のことを睨んだ。

「掃除したら果物がもらえると言え。働きに応じて数が増えると。分配はお前に任せるが、一人三個までだ」

「よわいのがうつるのがこわくて、そのかたづけをやらせたいだけじゃないのか?」

 俺は抗生物質を取り出すと、金髪に渡した。

「これで弱いのは死ぬ。一人一個。それ以上飲むとお前らが死ぬ。ゴミは一か所に集めておいてくれ。場所は入り口がいい。俺は別の仕事がある」

 金髪はフンと鼻を鳴らし、女たちを呼び集め始めた。そして、てきぱきと班組と担当区域を割り振っていく。

 この金髪は優秀だな。リーダー候補が見つかってよかった。


 俺は掃除を女たちに任せて、アイアンワンドが用意した新しい五月雨に搭乗した。

 コンテナからスコップを呼び出し、ドームポリスの外に放置されていた肉袋の死体を埋めた。そして叢雲のスクラップをドームポリスに運び込むと、倉庫のシャッターを閉めた。


 今日はここまでにしよう。

 どっと疲れが体を襲った。思えば、昨日の朝から眠っていない。眠気が瞼を押さえつけてくる。

 五月雨に搭乗したまま、睡魔に抗うのをやめて身を委ねた。

 起きたら重症の女の経過観察と、ドームポリスの掃除、そして食料の確保だ。それに早いうちにドームポリスを要塞化したい。化け物に備えなければ。

 やることが山済みだ。

 そこで俺の意識は身体を離れた。




 その情景が浮かんだ時、俺はすぐにこれが夢だと分かった。

 見飽きた悪夢だ。

 酷く寂れた、放棄された機動要塞の中、俺は拳銃を片手に走り回っていた。


 女を探していた。アルビノの人だ。

 彼女は白い容姿に反して、黒を夫のように好んだ。

 自分の存在を覆い隠すように、全身を黒で覆い、なにも見せようとしなかった。

 俺は女を殺すつもりだった。


『何故こんなことをする!』

 誰かが叫んだ。俺は無視する。そいつがいつも酒をかっ喰らっていて、口からは酒臭い息と糞面白くない冗談しか出さなかったからだ。


『なんとか言え! レッド・ドラゴン!』

 また誰かが叫ぶ。俺は過敏に反応した。俺はそいつを信じていた。なのに裏切ったからだ。

「その名前で俺を呼ぶなァ! 貴様も殺されたいのか!」

 声のした方向を振り返ると、女がいた。俺の探していた奴ではないが、見知った顔だ。淫売だ。彼女がライフスキンの衣装用の布をまとっている所を見た事が無い。そうやって男を誘っていた。


 女は俺の持つ拳銃を、自分の顎に押し当てた。

『へ? もう殺したでしょ。ほら』

 彼女の指が、引き金を引かせた。

 女の頭が上へ跳ね上がり、後ろの壁に血の花を咲かせた。脳ミソが吹き出し、骨片が散らばり、異臭が鼻をついた。

 彼女は白目を剥いて、血の涙を流しながら、にっこりと笑った。

『ね』


 女はおもむろに懐からナイフを取り出し、俺の腹に突き立てる。それだけではない。腹をかき回すようにナイフを動かして、内臓を切り裂こうとした。

「止めろ! 止めてくれ!」

 俺は女を突き飛ばす。倒れた彼女に向けて、拳銃を撃った。死体がびくびくとはねた。


『今更スケープゴートぶるのはやめろ。おまえは生贄に捧げられたんじゃない。生贄を喰らったんだ』

 凛と、その声が響いた。

 奴だ。

 後ろにいる。その吐息が耳を撫ぜた。同時に安物の煙草の匂いが鼻をつく。


『お前は正しいと思うことをやったんだろ。その結果がこれだ。お前は間違ったんだ』

「じゃあなんだ! 見逃せと言うのか! そんな事、そんな事!」

『その結果お前には何が残った? 何を残すことができた? ただ——壊しただけだろう?』

 俺は核心をつかれて、押し黙った。


『新しいおもちゃを見つけたようだな、レッド・ドラゴン。お前は彼女たちにも、私たちにしたことを繰り返すだろう』

 それだけは……それだけは嫌だ。もうあんなことをするのはたくさんだ。

「頼む……殺してくれ……殺してくれ! そうすれば、俺はあんなことをせずに済んだんだ!」

『何度でも繰り返すがいいさ。私はいつまでも待っている。お前がここに辿り着くのを』

 暗闇を割って、一人の女が歩み寄ってくる。

 雪のように白い肌、蜘蛛の糸のような白い髪、そしてルビーのように真っ赤な目。

 アルビノの人だ。彼女は白い外見に反して、黒を夫のように好んだ。

 

 彼女は涙をこぼしながらも、朗らかに笑っている。

 銃は持っていない。

 抵抗もしていない。

 それでも俺は、こいつを殺さなければならない。

 その額に狙いを定めて、引き金を——


「ナガセ!」

 呼ばれて俺は飛び上がった。いつかのように額をコクピットの内壁にぶつけて、呻き声を上げる。

 俺が額を押さえながら五月雨のコクピットから降りると、黒髪と黒長髪が走ってきて俺を両側から挟んだ。彼女たちは目を白黒させながら、身振り手振りで何かを必死に伝えようとしている。


「どうした……?」

 俺は眠気で鈍る頭を動かしながら、黒髪たちが指さす倉庫の出入り口を見た。

 女が立っていた。ポッドに入れて、治療を施した、赤い髪の女だ。その後ろから茶髪の女が続く。また一人、また一人と数は増えて、やがて治療を施した人数全てがそこに揃った。

 彼女はふらつく足取りだが、しっかりと二本足で立ち、顔には血の気が戻っていた。


「なおった! ナガセ! よわいのやっつけた! すごいすごい!」

 黒髪が俺の腕をぶんぶん振り回して喜びを表現した。

 治療した女たちが、おずおずと俺の所に歩いてくる。そして目の前まで来ると、抱き付いてきた。

「こわかったよぉぉぉぉぉ!」「ありがとう! ありがとう!」「ふぇぇぇぇええ!」


 複雑な気持ちだ。

「俺は……俺は……」

 冷徹な判断と、非情な決断を下した俺に、ここまで無垢な感謝は筋違いだ。

 お前らで水の安全性チェックをしたし、何より俺は——汚染された過去の世界で——数々の戦果と引き換えに——口にできないような非道を——


「あの……わたしもたすけて!」

 倉庫に声が響いた。見ると金髪の取り巻きの一人が、俺の所に走ってきた。

「わたしおなかいたいの! あたまもがんがんするし! からだのまがるところがいたいの!」

「わたしも! おなかいたいし! くだものたべてもはいちゃうの!」

 その数はどんどん増えていく。やがて金髪を除く生き残った全ての女たちが、俺の所に集まってきた。

 少し怖くなってきた。何か見えない力に突き動かされているようで。俺の中にいる赤い竜が目覚めるようで。俺は責任を取れるのか。よしんば責任を取れたとしても、その先に何かが残るのか。


 答えは出ない。俺は未来を見通す力を持って無いし、過去を知る力もない。

 それでも――

「薬は飲んだか? まずは身体を洗って様子を見よう」

 ここには俺しかいないのだ。

 俺がこいつらを助ける。俺がこいつらを無事他の人間の元へ送り届ける。俺がこいつらを守り通す。


 倉庫にポッドから出て来た女たちを残し、残りを引き連れてシャワールームに向かった。水が循環しているので、今は使用できる。

 俺は恥知らずではない。まず従順な黒髪を洗ってやり、黒髪に他の女を洗わせることにしよう。金髪は……俺が無理矢理洗う他あるまい。

 俺はまず黒髪のライフスキンを脱がせることにした。

「その……大変失礼なことだが……許して欲しい。いずれ不快に思う時が来たら、償いをする」

 ライフスキンを繋ぎ止める、チョーカーのロックを外す。するとバナナの皮が剥けるように、ライフスキンの薄い布が捲れていった。その下には特殊な洗浄オイルに濡れた、艶めかしい肢体があり、俺は反射的に目を背けた。


 黒髪は感嘆の声を上げる。きっとどうやっても脱げなかったものが、あっさりと剥がれたのだから、驚いているのだろう。すると何を思ったのか、黒髪は俺のチョーカーに手を伸ばした。

「ナガセも! ナガセも!」

「おいこらよせ!」

 俺は悲鳴を上げたが、間に合わなかった。ライフスキンが捲れていき、俺の身体を露わにした。


 俺の腹には大きな傷跡があった。傷口は縫われており閉じているが、荒い治療で肉にはひだが出来ていた。

 黒髪は凍り付き、じっと俺の傷口を見つめた。俺は彼女の肩を掴むと、力ずくで後ろを向かせた。

「今見とことは内緒にしてくれるか?」

 俺は素早くライフスキンをまとい直すと、出来うる限り優しい声色で黒髪に言った。

「うん……ナガセ。どうしたの? それ」

「今は知らなくていい」

 俺は黒髪の身体を一通り洗うと、それと同じことを他の女にするように指示してからシャワールームを出た。俺は金髪を探し出すと、襟首を引っ張って、無理やりシャワールームに連れて行った。


「いやだ! はなせ! なにをするつもりだ!」

「弱いのをやっつけるんだよ」

「うるさい! わたしはつよいぞ! よわいのになんかまけない!」

「そうか。言っておくが、弱いのは俺より強いんだぞ? 弱いのと戦うのは、まずは俺を倒してからだな」

 すると金髪はまた背負い投げされると思ったのだろう。急におとなしくなり、自分の脚で立った。

「わかった! はなせ! じぶんでやる!」

 金髪は俺を睨み付けながらシャワールームに入って行く。俺はそれを見送ると、顎に手を当てて考え込んだ。


「ノミ、シラミ、寄生虫などはこれでカタがついた……か。次は飯だ」

 俺の目の前を鼠が走っていく。怯える様子はない。完全に人間に慣れて、舐めていた。そいつは廊下の真ん中で止まると、俺のことを見上げた。

 餌を見るような眼つきだ。畜生の分際で気に食わん。


 近くに転がっていた木っ端を拾い上げると、鼠に向かって投げつけた。ピィ、と短い悲鳴を上げて、鼠は串刺しになる。俺はまだ息のある鼠の尻尾を摘むと、目の高さ前で持ち上げた。

「これが食えるといいんだが……今はよしておくか」

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