すぐに読めるちょっとした話 〜ゴヌゴヌ短編集〜

蟹味噌 崇太郎

中心地

 男は平穏に暮らしたかった。

 

 今日も男の住んでる土地を囲むようにして戦争が行われていた。

 少し前、三つの国が戦争を始めた。

 男の家のある土地はその三つの国の国境のちょうど中心にあったのである。


 ある日、静かに読書をしていた男の家に、三人の男がほとんど同時にやってきた。

『本日お邪魔いたしましたのは、あなたのこの土地を我が国の領土としたく…』

『何を勝手なことを、この土地は私の国の領土だ』

『いや、よく見てみろ、ほんの少しこの土地は私の国側に寄っている。つまりここは私の国の領土である』


 突然の出来事にあっけにとられている男をよそに、三人は好き勝手に議論を始め出した。

 やがてその語気はどんどん強くなり、最後には何を言っているのかわからないほどの叫び声をあげながら、それぞれの国へと帰っていった。


 まもなく、男の住む家の土地を自国の領土にするための戦争が、少し離れた場所で始まった。

 


(なんとも情けないことだ)


 ため息をつきながらも、男は作物を育てるべく土地を耕した。

 すると、少し深く掘った穴から異様なにおいを放つ有毒ガスが噴き出し、男は頭が痛くなりすぐにその場を離れた。

 具合がよくなり戻ると、野生の鳥やウサギなどが穴の周りで倒れている。

 穴をこのまま放置しておくのは危険だとも思ったが、どうしていいかもわからない。

 頭を抱えている男のところにまたしても三人の男がほとんど同時にやってきた。


『本日お邪魔いたしましたのは、あなたの土地を我が国の領土ではないということの証明書にサインしていただきたく…』

『何を勝手なことを、それではこの毒ガス地帯を私の国に押し付ける気か? 冗談ではない』

『毒ガスの穴は私の国から一番遠いところにある、よってこの毒ガス地帯は我が国の領土でないことは明らかだ』


 三人はまたしても男の意見など聞かず勝手気ままに議論をしだした。

 議論は白熱し、その勢いで毒ガスを吸ってしまったのだろう、三人はろれつが回らなくなり、よろよろとした足取りで、それぞれが自分の国の方向へと帰っていった。


(どうせならその場で倒れてしまえばよかったのに)


 戦争はさらに激しさを増した。

 先ほどの会話から推測するに今行われている争いは、この土地を奪い合う争いではなく押し付けあう争いのようだ。 

 自国の領土で毒ガスによる事故が起きてはたまったものではない。


(なんとも情けないことだ)

 

 男はマスクを装着し土地を耕し続けた。


 するといつも以上に汗をかいていることに気づいた。

 そして、次の瞬間、ほったらかしにしていた穴から大量の熱湯が柱のように飛び出した。

 温泉である。

 熱湯は男の耕していた農地に流れ込み、あっという間に天然の大浴場が完成した。

 毒ガスも湯にうまくしみ込んだのか、もう頭痛などを引き起こすこともなくなった。

 男は裸になり恐る恐る湯の中に入った。

 湯はちょうどいい温度で、温泉の効能だろう、体の芯から温かくなった。

 

 すると、大空を見上げながら入浴を楽しんでいる男を覗き込むようにして、またしてもあの三人の男が現れた。


『入浴中大変失礼いたします。本日お邪魔いたしましたのはこの温泉の湧いた土地を我が国の領土であることのサインをしていただきたく…』

『何を勝手なことをさっきまでこの毒ガス地帯は我々の国が責任を持って対処するようにと押し付けていたくせに!』

『いやいやご覧ください。湯気が私たちの国のほうに流れております。このことからこの温泉地帯は我が国の領土であることは間違いありません』


 三人は男が入浴していることなどまるで意に介さず、またしても勝手気ままにそれぞれの意見を大声で叫んでいた。


(私の意見など全く聞かないのに、なぜわざわざ私のところまできて、この三人は言い争いをするのだ。とても迷惑だ。形式だけでも話し合ったという事実が必要なのだろうか?なんとも情けないことだ)


 やがて三人は温泉の熱気で汗まみれになり、自分の国の方角へと帰っていった。

 入浴中の男は黙って大空を見ていたが、のぼせてきたので湯から上がった。

 

 戦争はまだ続いていた。

 争う理由はおそらくこの温泉地帯の所有権についてだろう。


(私の意見など全く聞かずに私のこの土地のことで争っている。迷惑だ。本当に迷惑だ。)

 

 男は家に帰ると一番のお気に入りの服を着て、荷物をまとめ土地を去った。

 争いは男がいなくなった後も続き、男が見上げた大空には、いつしか爆撃機が飛ぶようになっていた。

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