第2話 俺神殿で迷子です
神殿に誰かいないか、何か情報がないか調べてみることにした。
「こんにちはっー!誰かいませんかー!ハロー!ボンジュール!グーテンターク!…えーと…」
早くもネタ切れだ、ここでの生活は難しいかもしれない。
まず神殿の奥へと進んでみる、神殿の奥は祭壇の様な作りになっている。その祭壇に5体の像らしきモノが半円になるように配置されていた。像らしきモノ、という表現になってしまうのは原型が解らないほど破壊されているからだ。
その像らしきモノの奥にさらに大きな像があった、この像も破壊されていた。しかし上半身が折れて倒れているが、破損は原型が容易に想像できる程度に収まっていた。そして像には見た事も無い文字が刻まれていた。
「あれ、読める?創造神エリ…いやエルザ。かな?」
知らない字なのに読める、これは異世界モノのお約束の展開ではなかろうか?翻訳スキルとか。という事はアレが使えるのではなかろうか?オラワクワクしてきたぞ!叫んでみる。
「ス、ステータス!」
しかし何も起こらなかった。悲しい。
あれから色々試した、残念だがステータスは無いらしい。本当に色々叫んで喉が痛い。ついでに心が痛い。ステータスは無い。しかしデバフは存在するようだ、鬱だ。
三角座りで自分を慰める。セルフバフだ、呪文を唱える。がんばれー!まけんなー!しかしMPが足りない。心はとっくに折れていた。
奇跡的に復活。いつまでもこうしていても仕方ない、そう自分に言い聞かせて探索を再開。今度は通路を歩いてみる、そして部屋を見つけた。
「ここは食堂?」
キッチンには料理などなく、埃の被っていないキレイな調理器具や食器が置いてある。やはり人がいるのではないだろうか?隠れて様子を見られてるのだろうか?やだ興奮……するような趣味はなかった。もしそうなら普通に落ち込むガラスのハートしか装備してなかった。しかもすでに砕けてる。
棚に食べ物があるのを発見した。
「これリンゴだよな?……ごめんなさい食べちゃいますよ~?イタダキますね~?」
一応大声で確認してしまう、俺は訓練された小市民なのだ。一口齧る、この味はリンゴじゃない……バナナだ。シャリシャリするバナナ、脳が誤作動しそう。
色々食べてみた、ブドウの様な見た目のダイコン、ラディッシュの様なアボガド、ここで生きて行けるか少し不安になってきた。
次に見つけたのは倉庫だった、壁側には剣や槍などの武器が立て掛けてある。棚には袋やランプの様な知ってる物、あとは見たこともない変な形の道具らしき物が並べてある。
とりあえず袋から開けてみようと右手を伸ばした。そして事件は起きた。
「アイエエエエエエ!フクロ!フクロナンデ!?」
変な声が出た、だって袋が右手に吸い込まれたのだ。混乱して恐怖のあまり容易に失禁して嘔吐しそうになってしまった。コワイ!
何度も手を振ってる、そして右手の色々な場所を詰まんで引っ張ってみるが袋は出てこない。混乱して何度も右手を振っていると棚にぶつけてしまった。かなり痛い。ついつい右手を持ち上げながらしゃがんでしまう、まるで祈るようなポーズでクールダウンする事になった。
創造神エルザ様ヘルプミー!
あれから暫く経ったけれどやはり袋は出てこない。
「これはもう諦めるしかないよね」
そう自分に言い訳をしつつ今度は隣のランプに手を伸ばす。
「ツッ!」
ギリギリ奇声を上げないで済んだ。でもビックリしちゃうランプも消えちゃうんだもの。
警戒しつつそーっとその隣のグローブみたいな物に手を伸ばす、グローブまで10㎝位になったあたりでニュルンっと、まるで掃除機で布を吸い込んだ時のように先端が絞られるように右手に吸い込まれてしまった。
そこからはもう早かった、楽しいのだ。ニュルンと吸い込まれていく、その感覚が気持ちよくてクセになる。我に返った時にはもうほとんど吸い込ませた後だった。
「やってしまった…持ち主帰ってきたら即土下座して謝らないと」
頭を抱えた後にハッとする、自分で自分を吸い込んでしまうのではないかと身構える。吸い込まれる様子はない。自分の尻尾を飲み込む蛇のような状態にならずに済んで安堵した。
スッキリしてしまった倉庫の隅に豪華な装飾のされた姿見があった、そこに映る自分を見て違和感を覚える。
「あれ?なんか痩せた?」
鏡に映ったのは32年間ほぼ毎日見てきた、しかも昨日今日で見飽きた俺の顔だ。それは間違いがないのだが、なぜか10台の頃のように痩せているのだ。これは異世界転移ダイエットだろうか?流行るかもしれない。いや異世界モノは流行ってるか。
「しかし、解ってたけれど…痩せてもパッとしないな…チクショウ」
別に今まで彼女が居なかった訳ではない、しかし一切モテる自分が想像できない。
「モテてもなぁ、どうせハーレムとか維持できないしなぁ」
異世界モノと言えばハーレムものが多いが甲斐性とか無理だ、などと主人公気取りでついつい考えてしまう。そんな浮かれた思考をしてしまう自分に気が付いてしまった。
「恥ずっ!おっさんなのに恥ずっ!」
『あら?別に良いと思うわよ?』
急に女の人の声がした。なんだかセクシーな声だ。
「えっ!?誰か居る!?」
慌てて周りを見回すが誰もいない。
『こっちよ、鏡の方』
鏡を見ると自分の後ろに女性が居た。
鏡に映っていた女性は髪は黒くロングヘアーで毛先にウェーブがかかっていた、少しきつめのメイクをしているが目鼻立ちが良いせいかとても似合う。睫毛が長く切れ長の目をしている、しかし少し大きい奇麗な黒い瞳が目元を優しそうに見せていた。その瞳を鏡越しでもずっと見ていると吸い込まれてしまいそうな印象を受けてしまう。
うっすらと濡れた唇を黒い口紅で染めている。それがまた彼女の魅力を引き出していた。更に薄く少く手足が透けた黒いローブを身に纏い彼女の妖艶さを強調している。そして装飾品は黄金色でバランスが良くローブの黒とマッチしている。そのおかげで彼女の妖艶さの中にも上品さすらもあるように感じてしまう。
その女性を見ているだけで色香に惑わされそうに……。
「はうっ!」
惑わされた、主に下半身。急に自己主張が激しくなった。思わず前かがみになる、無意識にバランスをとるために右手を前に……。
『あっ!ちょっ…』
ニュルンと吸い込まれる鏡、色々台無しであった。
やってしまった、俺こんなにやらかすマンだっただろうか?注意力とか地球に置き忘れてきたのだろうか。さっきの女性無事だろうか。じーっと右手を観察する特に変化はない、あれ?なんか生命線短いかも。
うん、この先ずっとこの十字架を背負って生きて行こう……右手が恋人とかそういのはもう出来ないな。左利きになろうかしら?
「なんか思ったより罪悪感とか感じない?俺って実はこんな軽薄な人間だったのだろうか…」
目が覚めてから時間が経つ毎に感情がマヒしていってる気がする。色々思い出してみてもまったく感情が動かなくなっている気がするのだ。お家帰りたいとかそういう感情も無くなり始めている。
しかし、さっきはうちの息子元気だったな……やはり下半身は別な生き物という事だろうか、育て方を間違えたかもしれない。
そんな現実逃避しながら、俺は倉庫を出るのであった。
あれからどれだけ経っただろうか、俺はすごく危機的状況にいた。
「いい歳して迷子とか…」
思いっきり迷ったのだ。見た目よりすっごく広いのこの神殿!しかも十字路だらけ、きっと空間拡張とかそういう作りになってるんじゃないかな?あれから見つけた部屋は個室や寝所の様な所ばかりだった。部屋には荷物等も無くこの場所を特定できるような物は見つかってない。しかも似た作りの部屋ばかりで大して目印にもならない。
「あんまりお腹減らないのがせめてもの救いだよな…」
しかし、俺自身には色々と変化があった。
空腹に疲労はそんなに感じないのだ、疲労も身体より精神的なものほうが感じる気がする。
次に、仕事の関係で慢性的な腰痛持ちだったが、そちらも全く症状もなくなっていた。更に言うならY字バランスとかできちゃうくらい体が柔らかくなってたのだ。お酢飲んだりお風呂上がりにストレッチしても全くダメだったのに……。
そのあとも迷いながら探索してると変化が訪れた。今までと違う作りのドアを見つけたのだ。
「明らかにここだけ違うよな……」
他は部屋は片開きドアなのに、ここ部屋だけ両開きのドアでしかも重厚だった。これは黒檀というのだろうか鈍く輝くその見た目は威圧感すら感じられる。しかもなんか嫌な気配がする。
ふとルームプレートに表記された文字を見て思わず目を疑った。
「ア…アカシックレコード?」
まったく関係ないが昔学校の音楽室でみたクラシックな人たちの肖像画を思い出してしまった。アレに画鋲刺したの俺です、先生ごめんなさい。
アカシックレコードって確か……宇宙が誕生してからの情報が全て記録されてる場所?だったかな?なんとなくそういう話を聞いたことがある、その程度の知識しかない。しかしその重厚なドアを開けた先の光景はそれを理解するには十分な説得力を持つものだった。
だって果てが見えない空間を大量の本や本棚が飛び回ってるんだもの
わ~すごいな~、本がたくさんだ~。なんて目の前で起きている現象についていけないと人は思考を放棄しちゃうよね。
「何かもう凄すぎておなか一杯…」
圧倒的情報量だ。なんだか本当に目眩がして本当にクラクラしそうになってきた。ヤバイ吐きそう。
そんな時だった、なんか飛んできてる!本だ!本がこっちに向かってすごいスピードで……。
「ちょ、まって!ストップ!へぶっ!」
あれ、思ったより痛くない?いや、それよりも本が顔に吸い込まれた気がする?
「何か頭に…イメージ?この世界の情報かこれ…」
急に頭の中にいろんなイメージが湧き出した、一つ一つとても鮮明なのだがとてもじゃないが認識が追いつかない、脳の処理が追いつかない、頭が爆発しそうだすごく気持ち悪い……。
歯を食いしばって必死に耐える、気を抜いたら本当に吐きそうなのだ。そうこうしているうちに少しずつ理解できるようになってきた、この世界は「ミルドガム」と言うらしい事や魔法がありエルフ・ドワーフ・獣人などの多様な種族が居る事、ドラゴンの様な神話の生き物や魔獣・モンスターが居る事、過去に転生者が何人もいてブレイクスルーされ尽くしている事等々。
「転生者もいるのね…現代チートダメかぁ」
まぁ、でもこれから住む世界が発展しているのであればそれはそれでいいのかもしれないな。そんな事をボケ―っと考えてたら視線を感じた。
「ん?…視線?」
恐る恐る周りを見ればさっきまで元気に飛び回っていた本がこっちを見ている気がする。いや、確実にこっちを見てる!本だから目とか無いのにすごく見られてる圧が凄い。
「コ、コンニチワ…」
とりあえず挨拶をしてみるが返事がない。何か凄く嫌な予感がする。逃げなきゃ。
ドアを閉めて全速力で逃げる、俺史上最高速とか出てるはずだ!きっと日本新記録も夢じゃない!逃げ切れるかもしれない!そう思った矢先だった。
ドガァーン!!!
ビックリした、肩越しに振り返るとあの重厚なドアが木っ端微塵に破壊されていた。そして大量の本が通路に飛び出してきていた。
「嘘!嘘だって!ナンデ!ナンデェ!?」
その中でも1冊すごいスピードでこっちに飛んで来る。黒い革表紙その本のページは血を吸ったように赤く染まっていた。しかもなんかヒャッハー!とか叫んでそうな雰囲気を感じる。
ヤバ…死ッ…。
スコーン!!!
そんな、とても本では出なそうな軽快な音と後頭部にすごい衝撃を受けて吹っ飛んだ。そのまま10m位飛ばされて錐揉みしながら停止する。あんまり痛くなかったけれど首もげるかと思った。きっとまた吸い込んだんだろう、また何かのイメージが…うぅ、頭が。
チラッと顔を上げてみれば大量の本本本、急いで逃げようとするが…。
「あばばばばばばあばばばばばば……」
道路工事で地面を締め固める時に使うランマ―のような、もの凄い超振動な衝撃を後頭部に感じながら俺は意識を失った。
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