木漏れ日話7


昼下がりのいつもの公園

桜の花びらが降り注ぐ

一本桜の木はいつみても立派だ。

大量の花を咲かせて風に揺れる、

ひらひらと桃色の花弁があたりを染め上げる


そんな木の下のベンチでいつものように音無くんと会話を楽しむ

今回特殊なことがあるとするならば音無くんではなく

私が本を持っている、ということだ。


「で、珍しく本を持ってきたと思えば…」

「ふふーん、ロミジュリ」

「ベッタベタじゃん…何シェイクスピアにでもハマったの?」

「いや?そういえば読んだことないなぁってふと思って」

「行動派の思いつきだね」

「褒めてる?」

「馬鹿だなぁって思ってる」

「今回は許してやろう」

「珍しいじゃん」


分厚い本を手にページを開く


「音無くん読んだことある?」

「何度も」

「暗記してる?」

「そこそこ」

「うわ…」

「なんだよ」

「いいえ。」


この分厚い本の内容を暗記するとは…

ガチじゃん。読書家なのは知っているが

ここまでとは思いもしなかった。

驚いたがまぁいい。


開いたページの行を目で追っていく。

有名なあのシーンだ


「ロミオ、どうして貴方はロミオなの?」

「え、うそ演劇でもするつもり?」


小さくだがしっかり読み上げた。

うろたえる音無くんの方をみてニッコリと笑みを浮かべた

音無くんは逃げようとしたのか立ち上がろうとしたので

腕をガシっと掴んだ


「セリフなんだったか忘れちゃった」

「引き止めておいて?」

「本みていい?」

「僕は絶対、読まないからね」

「けち」

「うるさいな」

「いやぁでもロミオくらい熱烈に愛されてみたくない?」

「男の僕に同意を求めるのやめない?」

「どうが」

「やめろ」

「気にしてたんだぁ…」


いつまでたっても童顔なのを気にしていたらしい

全て言い切る前に言葉を遮られてしまった。


「でもまぁ演劇はしないとして、いいよねセリフが」

「どの?」

「バラの名前の下り」

「あぁ、名前が違っても関係ないみたいな感じの」

「そそ、いいよね。変わらないことがあるっていうの」

「そういうの好きだね」

「だいすき」


何を当たり前のことを。

変わっていく

でも変わらないものを大切に慈しむのは私より音無くんの方だ

何気ない朝の会話。

食べたものとか、風景。

過ごしていく上で当たり前に生きて死んでいく

それを何よりも尊ぶのは君なのに。


「あのセリフも好きそうだね」

「どれ?」

「…受けましょう。ただ一言恋人と呼んでください」

「あ、よくわかってね」

「案外キザっぽいセリフ好きだよね」

「女の子ってやっぱり好きよそういうの」


ページをめくるとかさりと紙の音がした。

心地よい声と音。

音無くんが読み上げたセリフのページを見る

うん、確かに好きだ。

パタンと本を閉じる。


「でもやっぱり悲劇は悲しいね」

「まぁ…ハッピーエンドが一番だよね」

「一流の悲劇より三流の喜劇の方が好き」

「ありふれた当たり前の大団円とかね」

「そうそう、めでたしめでたしで終わるような物語が好き」

「奇遇だね。僕もだよ」

「知ってるよそりゃぁ」



ロミオとジュリエット

二人の最期は悲劇として終わり幕を閉じた。

花の蜜のように甘い毒も

飴細工で作り上げられたナイフも二人は共有することはなかった。


舞台の幕は閉じられる。

だがしかし、本当に悲劇だったのかどうかはわからない

恋に愛に、一人の人物に注いだ感情すべてを持っても悲劇と言えるのだろうか


結ばれたと思う。

生きているうちに叶わなかったとしても

きっと、死後ロミオとジュリエットは結ばれた。


そう思えばまぁ、メリバにはなるだろうか

物語は死んで終わる

だが、死後語られない余白は読者が好きに埋めて良いのだ。


「音無くんはどうする?」

「何が?」

「私とあまーい毒を共有しちゃう?」

「馬鹿なこというね」


───数秒の沈黙

一際強い風が桜の木を揺らして花びらを散らす

乱れる神を手で押さえる


桜の花びらに攫われてしまいそう。


「”──────”」

「え…?」

「ん、風強かったね」

「え、あぁ、うん、そうだね?」


どくん

 どくん

  心臓が声を上げる


なんて熱い。甘い音


「で、華は俺と、甘いナイフを共有する?」


真っ直ぐ見つめられて呼吸が止まる


あぁ、息の根が止まりそうだ。



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「”──いいよ、好きだから”」

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