音色

YOU

音色

第1話 始まりの音

その日は不思議な夢を見た。すごく大切な人と出会う夢。

夢の中の私は、嬉しくて楽しくて、いつも笑顔だった。

…私の対面にいる少年は、ひどく穏やかな表情だった。でも少しだけ意地悪でと年相応の男の子に見えた。

…トクン、トクンと嫌なくらい大きな心臓の音が聞こえた。それはいつも彼から聞こえてきて、いつもなぜか少しだけ寂しそうに音を低くさせる少年だった。


私は彼に何かを問いかけようと口を開けて…


ピピピピ…と電子音で目を覚ました。

せっかくの土曜日で休みなのに目覚ましを切り忘れてしまったようだ。

白いカーテンが少しだけ揺れた。カーテンの隙間からこぼれる光が白くて透明で綺麗だった。まだ眠たい目をこすりながら上体を起こしてぐっと伸びをする。


ベッドから立ち上がってカーテンを開ける。

快晴。雲一つない青の空。とてもいい天気だった。


カラっと晴れた空を見て、せっかく午前中に目が覚めたのだから散歩をしようと最近買ったばかりの新しい服を引っ張り出した。

シンプルな白いワンピース。

朝ごはんを食べて支度をして、履きなれた好きな靴を履いて外に出た。


サラっとした生地のスカートが足に当たって少しだけくすぐったい。

午前中はまだ少しだけ人が少ない。ゆっくりと外を歩いていく。

ワンピースが風に揺れてひらひらしてなんとなく嬉しい気持ちになる。ゆっくりを歩いていく。


…トクン、と、耳の奥でなにか音が聞こえた。

ひどく懐かしい音だ。穏やかで、少し歪むような、さみしい音。

その音につい、足を止めた。聞こえる方向に目を向ける。

狭く、暗い路地。せっかくの天気だというのにも関わらず奥がよく見えないほど狭い路地だ。せっかくの白いワンピースも汚れてしまいそうだ。


…なのにどうしてだろうか、ひどく気になる音がする。ドクン、トクン、自分の心臓の音と向こうから聞こえてくる心臓の音が重なっていくような気がする。

目の奥が熱い、湧き上がるような何かを感じる。


考えるよりも先に足が動いていた、早く、早く足を動かしていく。狭い路地は暗くて怖い。音が聞こえる。歪んだ音だ、耳の奥に残るノイズのような。規則性があって、生きている音がする。不思議問屋はない。

懐かしさに胸が震えた。

早く会いたい、と私の足は思考を置き去りに前に進んでいった。

───私はこの音を知っている…!


暗く、狭い路地の奥から太陽の光が溢れている。

そこをゴールに駆けていく…。路地裏から出た一瞬溢れる光が眩しくてつい目を閉じてしまった。

慣れた頃に目を開けるとそこは小さな公園だった。

大きな桜の木がある、淡い色の桜を美しく咲かせてそこに堂々と立っていた。

…その木の下のベンチに、誰かが座っている。

男の子だ。年齢は私とさほど変わらないくらいだろうか。ひどく整った顔立ち。

それでも幼さが残るようだった。もしかしたら年下かも知れない…。

夜色の髪が風で揺れている、揺れた前髪から覗く赤い瞳と目があった。


心臓が、ギクリと震えて止まったような感覚。一瞬喉に何かが詰まるような緊張。


目があったまま、1秒、5秒、10秒と時間が流れていく。時間が1秒進むごとになにか言わなくては…!という強い緊張にかられた。頭がうまく回らない。

必死に考え抜いた結果私の口から出た言葉は…


「君!変な音がするね…!」


……数秒してサっと血の気が引いた。体の中の温度が急激に下がってしまった。

沈黙が瞬く続いたがその沈黙を破ったのは少年だった。


「…ハハッ…成長しないねお前…。はぁ~…それ、やめろって前もいっただろう?」

知らないはずの少年は、笑いにそう言って笑ったのだった。

…いや、前世の友人である彼、音無くんは私に向かって笑ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る