霧の朝には気を付けて
和來 花果(かずき かのか)
第1話
あくびと一緒に吐いた息が白い。今は六時半を回った頃だと思うが、空はまだほの暗い。うすぼんやりとした景色が、白い息でもやる。ふわあ、とまたあくびが出る。
昨日もスマートフォンで動画を見ていたら、いつの間にか二時を過ぎてしまっていた。もっとゆっくり寝ていたいけど、朝練をサボったら、面倒くさいことになる。
面倒くさいというのは、バレーボールのコートのネットを張るのが面倒くさい、とかそういうことじゃない。
中学でもバレー部だったから、ネットを張るのは慣れているし、全然問題ない。
面倒なのは副部長の
電車が遅延したせいで朝練に遅刻した時には、俺があわててシューズを履いている背後から、気配を消して忍び寄り、いきなり肩をガシっとホールドしてきた。
「ひっ!」
「坂上……。今、何時か分かるか?」
「し、七時三十分です」
「そうだよなぁ。僕の時計だけが狂っているわけなじゃないよな? と、いうことはだよ。遅刻だよなあ? いいか、お前は一年だけど、バレー経験者でレギュラーだ。試合には必ず出ている。それなのにお前が朝練に遅刻したら、試合に出られない他の一年はどう思うと思うんだ? な? わかるだろう。いや、むしろわかってやれよ。お前が社会に出てからも、そういう
怒るのでもなく、嫌味を言われるでもなく、しごくまっとうな意見を……いつまでもいつまでも……ささやかれる。
「梨羽先輩だって、まだ社会になんて、出たことないじゃないですかあ」なんて明るく突っ込もうものなら、その日の朝練はネチネチ攻撃で消え失せることうけあいだ。
だから、背後からコツコツコツ、という足音が聞こえてきたとき、思わず俺は小走りに石畳の歩道を走り出していた。絶対に先輩たちよりも早く登校しなければ! という衝動にかられたのだ。
後ろから歩いてきているのは、きっと先輩たちのうちの誰かに決まっている。だから抜かされてはいけない。
紅高校バレー部においては、遅刻の認定は時間ではないのだ。先輩たちよりも早く体育館に到着したか、否かなのだから。
一年生という可能性はない。あいつ等は全員、家の方角が違うので、この道は通らないんだ。俺と同じ通学路なのは……、なのは……、梨羽先輩だ!
俺は小走りから走るにシフトチェンジした。これで引き離せるはずだ。
ところが……。
タッタッタ……と、足音の方もスピードアップして付いてくる。
なぜ? 理由はわからないが、焦る。たちまち息が荒くなる。はっは、と吐く息が白く吐き出されていく。
「あれ……?」
寒すぎるせいだろうか? 吐く息がいつまでも白い。消えずに漂い、だんだん霧のように俺の顔を包んでいく……。
気のせいだ。
タッタッタ、ほら足音もすぐ後ろから付いてくる。きっと梨羽先輩が吐く息も白いからだ。
しかし、なぜ何も声をかけてこないのだろう?
不安な気持ちに比例するように、息はどんどん吐き出され、どんどん霧が濃くなってくる。学校指定の革靴がせわしなく石畳を叩く。校門に駆け込み、そのまま体育館に向かう。
銀色に塗られた鉄製の階段に倒れ込み、肩で息をついていると、ポン、と肩を叩かれた。
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