大きくて白いガチャンガチャン
茂菌研究室
第1話 襲撃予告
——セレナ海岸——
「おーい!ディアドラー!そろそろ休憩にしないかー?」
岩場の向こうまで届く声でそう言うと、アルドは返事が聞こえて来る前に座り込んだ。
「何を言っているんだー!アルドは少しばかり根性が足りないのではないかー!?」
聞こえてきたのは案の定さっきと同じ返事である。
2人は朝一から捜索を始め、太陽は一番高いところをとうに過ぎていた。
アルドが根性なしというよりは、どちらかというとディアドラの方がストイック過ぎるのではないか、多くの人の目にはそう映るだろう。
仕方なく立ち上がったアルドは、ズボンに付いた砂を軽く手で払うと、再び捜索を始める。
(——こんなことならアナベルの方を手伝いに行くんだったよ……。)
————遡ること1日前————
アルドはミグランス城を訪れていた。
ユニガンの街で小耳に挟んだ『妙なウワサ』が気にかかり、真相を確かめるべく騎士団の詰所へ向かったのだ。
詰所の大きな扉を開くと、中ではラキシスとアナベルが2人して眉間にシワを寄せていた。
ただならぬ雰囲気を醸し出している2人の横で、その雰囲気を台無しにすべく、ソイラが幸せそうに寝息を立てている。
(……ブレないなぁ、ソイラは)
何と言って話しかけたものか、アルドがそう考えていると、ラキシスの方がこちらに気付いて話しかけてきた。
「やぁ、アルド君じゃないか。騎士団に何か用かな?」
先ほどの表情が嘘のように、満面の笑みでアルドに近付いてくる。
猫の手も借りたいときに、ちょうどいい猫を見つけたと言わんばかりだ。
「あぁ、ちょっと聞きたいことがあってさ。それより難しい顔してどうしたんだ?何かあったのか?」
「いやぁ、実はだね——」
ラキシスが言いかけた瞬間、すかさずアナベルが割って入る。
「アルド、あなたには関係のないことよ。騎士団で十分に対応出来る範疇だわ。」
『何かありました』と自分から言っていることにアナベルは気づかない。
「魔獣軍残党の襲撃予告程度のこと、私たちだけで対処出来ないとあっては、ミグランス王国騎士団の名折れだわ。—————!はっ……」
肝心な部分を話し終えたアナベルは、鼻の頭を掻きながら苦笑いするアルドを見てようやく気づいたようだ。
アナベルの丁寧な説明のおかげで、アルドはなんとなく状況を把握することが出来た。
「……そ、それは一大事だな。」
独りでに墓穴を掘るアナベルをアルドは直視できない。吹き出してしまいそうだ。
「——いい?決して手伝って欲しいと言ってるわけじゃないのよ。これは私たち王国騎士団の問題なの!」
赤面してムキになるアナベルを、ラキシスは笑顔でなだめる。
「まあまあ……。アナベルの言うことはもっともだが、ここはアルド君にも協力してもらった方がいいと、私は思う。何が起こるかわからない以上、戦力は少しでも多い方がいいはずだ。」
「———ですが!私たちの『誇り』は——」
食い下がるアナベルを、ラキシスは少し真面目な口調で遮った。
「——いいかい、アナベル。大切なことを忘れちゃいけない。守るべきは我々の『誇り』か?いいや違う、民の『命』だ。『誇り』と『命』を天秤にかけてはいけないよ。」
アナベルは言い返すことが出来ない。
「………」
「………」
「………」
「……………ふわぁぁぁ……あれ〜?どうかしたんですか〜?」
「………(……ブレないなぁ、ソイラは)」
雰囲気が台無しになったところで、詰所の扉が開く。
「——ラキシス殿、巡回終わりました。」
ディアドラだ。
日課の巡回を終え、報告に来たようだ。
彼女はすぐに、アナベルが落ち込んでいる様子に気付いた。
「おい、そんな顔をしていったい何があったんだ?——ん?アルドじゃないか。……なるほど、お前が原因だな?」
「い、いや、違うんだ!(いやあってるけど…)そうだよな、アナベル!?」
「………」
「では、……もしやラキシス殿が?」
「ち、違う!そうじゃない!(あってるけど…)そうだろ?アナベル!?」
「………」
「アルドとラキシス殿はこう言っているが……アナベル、本当なのか?」
「……えぇ、なんでもないの。2人は何も悪くないのよ。(…ぐすんっ)」
——この『…ぐすんっ』はマズい——。
アルドとラキシスがそう思ってディアドラを見ると、彼女はすでに魔剣フェアヴァイレを鞘から引き抜いていた。
2人は、ソイラがもう一度眠って起きるほど長い時間、鬼の形相をしたディアドラに追い回されることになった。
一同が膝を突き合わせてまともに話し合うことが出来たのは日も暮れる頃だった。
ラキシスはまず、ことのあらましについて詳しく教えてくれた。
今朝、フードを被った男が騎士団長宛にと手紙を門兵に渡したこと。
手紙の内容は、魔獣による王都ユニガン襲撃を予告するものであったこと。
襲撃は3日後であること。
現在人員の配置を調整中であること。
大体そんな内容だった。
「ホントに来るんですか〜。わざわざ予告する意味ありますかね〜。」
そう言うソイラの考えはもっともだ。わざわざ警備を強固にさせる目的は揺動としか思えない。
ラキシスもそれは分かっているが、騎士団長としては、予告を受けて何の対処もしないわけにはいかないのだそうだ。
王都と城の人員配置、揺動だった場合の対応、近隣集落への奇襲の可能性を含め、話し合いは夜遅くまで続いた。
襲撃への対応を協議する中、ラキシスはふと思い出し、アルドに訊ねた。
「——そう言えばアルド君、何か聞きたいことがあると言っていなかったかね?」
「そうだ、すっかり忘れてたよ。」
「まぁ無理もないな……。」
そう言ってラキシスはディアドラの方をチラリ。
ディアドラは未だに殺気をまき散らしている。
ラキシスはディアドラと目が合ってしまう前に視線を戻した。
「そ、それで聞きたいことというのは?」
アルドはユニガンで耳にしたウワサについて話した。
「商人たちが話してたんだけどさぁ、『新種の魔物』がセレナ海岸に出たらしいんだよ。ここへは、ラキシスなら何か知ってるんじゃないかと思って来てみたんだ。」
「確かに、そういった情報は基本的に騎士団長である私のもとに集まってくるが……。私も初耳だな。襲撃予告と関連があるかも知れない。一応、対策を考えるべきだろう。それで、どんな魔物なんだ?」
「——大きくて、白っぽいらしい。」
反応したのはアルドではなくディアドラだった。
「私も巡回中にアルドと同じウワサを耳にした。目撃したという者数名に話を聞いてみたが、魔物の特徴については皆言っていることが一致した。少なくとも『大きくて白っぽい』何かがいることは間違い無いだろう。ちなみに鳴き声は『ガチャンガチャン』……だそうだ。」
アナベルは大きくて白っぽいガチャンガチャンを想像してみた……。
「……『ガチャンガチャン』なんて……常識を疑うわね。——恐ろしい魔物に違いないわ。すぐに調査するべきよ。」
ガチャンガチャン?……なんだそれは、と思いながらもラキシスはうなずいて話を進める。いちいち反応していては夜が明けてしまいそうだ。
「そうだね。——ではディアドラ、明日からセレナ海岸に出向いて『新種の魔物』の調査にあたってくれ。何かあったとしても、キミなら十分対応出来るだろう。アナベル、キミは手紙を渡していった『フードの男』を追ってくれ。王都のことは私とソイラで何とかしよう。——アルド君はどうするかね?アナベルとディアドラ、どちらかを手伝ってくれると助かるが。」
「——じゃあディアドラといっしょに行くよ。」
アルドはディアドラがまだ騎士団に馴染めていないことを知っていた。
アナベルならば騎士団から数名引き抜いて任務にあたることも容易いであろうが、ディアドラは下手をすると独りだけで何とかしようとしかねない。
アルドはそういうのを放っておくことが出来ないのだ。
そのことはアナベルもよく知っていた。
「アルド、ディアドラを頼むわね。」
「ああ、任せといてくれ。」
「アルド!明日は日の出前に出発するぞ!遅れるなよ!」
——そんなことがあって今日は朝早くから『大きくて白いガチャンガチャン』の捜索をしているというわけだ。
アルドは、ようやく観念したディアドラと短い休憩をとっていた。
「なぁディアドラ、みんなにはまだ話してないのか?」
「ん?何のことだ?」
「本当はアナベルと姉妹だってことだよ。」
「なんだそんなことか。——その話ならしていないぞ、ラキシス殿にもな。上手く説明出来るものでもないし、私は姉さんが分かってくれているだけで十分だ。それに……」
「それに?」
「それに、『2人だけの秘密って素敵な響きね』って姉さんも言ってたしな。わざわざ他人に言う必要もあるまい。」
「ふーん、そういうもんかなぁ。」
アナベルとディアドラ。
2人は紛れもなく血の繋がった姉妹である。
だが、姉妹と言うには致命的なほど気が合わない。
アナベルが「魚を食べたい」と言えばディアドラは「肉がいい」と言うし、アナベルが「白にしよう」と言えばディアドラは「黒にする」と言う。
片方が右ならもう片方は左、何をするにもこんなありさまだ。
共通することと言えば、剣の腕とやたら負けず嫌いなことくらいか。
姉妹だと話したところで素直に信じるものがどれだけいるものか。
それでも、お互いがお互いを思いやる気持ちは人一倍だということをアルドはよく知っている。
(——やっぱり姉妹なんだよな。)
「——ん?私の顔に何か付いているか?」
「いいや、なんにも。」
2人はフィーネに用意してもらったサンドイッチを口に押し込むと立ち上がる。
「んーっ」と大きく伸びをしたディアドラは、視界の隅に妙な足跡があることに気がついた。
「アルド、見てみろ。この辺りの魔物のものではないぞ。」
「本当だ。魔物というよりは……うーん、なんだろう。それにしてもこの足跡どこかで見たことがあるような……。」
「私もそんな気がする。どこで見たんだったか……。まぁいい。足跡を辿ってみれば分かることだ。」
2人は足跡を辿った。足跡は海辺の方へ続いている。
しばらく歩くと岩の陰から声が聞こえた。
「——うぅっ——」
ディアドラは声が聞こえた方へ急いで向かった。
「——アルド、人が倒れているぞ!まだ息はある!」
アルドが見ると、屈んだディアドラの肩越しに、男が倒れているのを確認出来た。
アルドより少し年上だろうか、どこにでもいそうな男だ。
男は意識がないまま「うー、うー」と唸っている。
「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
ディアドラは男の肩をゆすり頬を叩いた。
……つもりなのだろうが、アルドの目には胸ぐらを掴んで全力でビンタしているようにしか見えなかった。
(……ディアドラの目の前で気絶することがないように気を付けよう)
その甲斐あってか、男は目を開いた。
「……うぅ……ここは……?」
「見ろアルド!意識を取り戻したぞ!——大丈夫か?痛むところはないか?」
「……うぅ……痛い……。」
「なに!?どこが痛むんだ!?」
(ディアドラ、それは聞かない方がいい)
「……うぅ………顔……。」
(……ほらね)
男の頬は赤く腫れ上がっていた。
アルドとディアドラは男に肩を貸した。
「立てるか?ここから近いのは……リンデだな。アルド、リンデの宿屋に連れて行くぞ。」
「ああ、わかった。」
アルドはディアドラに従った。
道中、アルドは男にいろんなことを訊ねてみた。
名前は?とか、どこから来たのか?とか、ここで何をしてた?とか。
だが、どの質問にも男は「わからない」「覚えていない」を繰り返すばかりだった。
どうやら男は記憶喪失らしい。
リンデはもうすぐそこだ。
宿屋で落ち着けば何か思い出すかも知れない、楽観的に捉えているアルドとは対照的に、ディアドラは言いようのない胸騒ぎを感じていた。
———その頃、ユニガンでは———
「アナベル様、『フードの男』を見たという者がおりました!セレナ海岸の方へ去っていったとのことです!」
「そう。——わかったわ。私たちもセレナ海岸へ向かいましょう。」
アナベルは数名の部下を率いてセレナ海岸へ向かう。
———さらにその頃、騎士団詰所では———
「ラキシスさま〜。書けましたよ〜。こんな感じでいいんですか〜。」
「——うむ、いいだろう。」
ミグランス王国騎士団団規に規則がひとつ追加されていた。
『——第46条 城内で魔剣を振り回して上官を追いかけないこと——』
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