遥けき幸いを夢む
吉野玄冬
プロローグ
朧気な夢の回廊を揺蕩っていた。
記憶という名の泡沫が浮かび上がっては消えていく。
それらはどれもキラキラと輝いて見えた。まるで銀河に煌めく星々のように。きっと、その時の俺は満ち足りていたのだろう
中でもひと際、強い輝きを放っているものがあった。
それは一人の少女との記憶。小学四年生の初夏の思い出。俺にとっての
俺と少女は不思議な体験と秘密を共有した。
夕日が途切れ途切れに差し込む神社の奥、小さな祠の前で俺達は話す。
『ありがとう、
『
『そんなことない。蓮ちゃんがいなきゃ、きっと私はどこにも行けなくなってたから』
『そっか……そう言ってくれるなら嬉しいな』
少しの沈黙の後、まだ身体が小さい頃の俺は言う。
『今日のことは俺達の秘密にしよう。きっとこれを他の人に知られるのは良くないことだから』
『うん、分かった』
少女は表情こそ硬いが、無邪気に頷いた。それまで彼女の心を覆っていた暗雲は、すっかり晴れているように見えた。
俺と少女の間には約束があった。
初めて邂逅した公園で、俺達は別れを惜しむ。
『……私、必ずこの町に戻ってくる。それで、その時にはきっと笑えるようになってるから、待ってて』
少女は自分の口角に指を当てながら、ぎこちのない笑顔を形作って見せる。
『ああ。楽しみにしてる。だから……またね、
少女は遠方の地へと転校していった。以来、俺達の間に結び付きが生じることはなかった。
瞬く間に高校二年生となり、そして。
「今日は転校生を紹介するぞー」
気がつくと、担任の教師が教壇に立っていた。教室だ。既に朝の始業時間は過ぎている。
どうやら学校に着いてから寝てしまっていたらしい。教師の言葉に周囲は色めき立っていた。
「それじゃ入ってくれ」
教師に促されて入ってきたのは、女子生徒だった。学校指定のセーラー服に身を包んでいる。
堂々たる足取りで教壇横まで歩いていき、転校の緊張は感じられず自然体に思えた。
肩辺りで切り揃えられた髪はサラサラで、頬は僅かに赤みが差しており、パッチリとした目は活き活きとした輝きを放っている。
手足はスラリと伸びているが、胸元は豊満さを主張しており、どれも健康的な肢体であることを窺わせる。
全体的に快活さや生命力を感じさせる女子生徒だった。
主に男子生徒の歓声が上がる。テレビに出ているような女優やアイドルにはまるで見識がないが、そんな俺でも魅力的な女性だとすぐに理解できた。
しかし、俺はその顔立ちになぜか見覚えがあり、首を傾げる。これだけ抜きん出た外見を持つ者のことを忘れるわけもないはずだが。
加えて、彼女には他の者と比べてほんの僅かな差異を感じた。
それは単に外見的な問題ではなく、もっと別の何かに思える。
教師や他のクラスメイトと比べて、輪郭がはっきりしているような感覚がある。
不思議だ。
衆目を集める中で、彼女はその
「皆さん初めまして、
俺はその名前を聞いた瞬間、驚愕してガタリと音を鳴らしてしまう。
それは、過去に『楓ちゃん』と呼んでいた少女の名だったから。
彼女はチラリとこちらを見たかと思えば、朗らかな笑みを形作って見せた。
昔の彼女からは想像も出来ない、とても自然な笑顔。
そうして、理解する。
今、この瞬間、あの日の約束が果たされたのだ、と。
心臓が高鳴り始める。止まっていた時間が動き出すような感覚を抱く。
賽は投げられたのだ。
俺は無意識的にだが、心のどこかでそれを悟っていたように思う。
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