第123話



「今しばらくで、この鎧は完成いたします」


 アードランツは、うっとりと見上げている。

 いやうっとりって。

 なんだその満ち足りた顔は……今までにない瞳の輝きは……!?

 神の像とか見上げる狂信者か!

 今の現世には神なんぞおらんっつーのに!


「カブトの造形をなによりも優先させましたため、全体が後回しになってしまいましたが」


「どんな理由だ……」


「それにしても、やはりいけませんな。記憶の中のゼルス様を、かなう限り克明に甦らせたつもりでデッサンを指示いたしましたのですが、闇のオーラがまるで足りませぬ。ゼルス様の恐ろしさを知らしめすには、いかにも頼りない……」


「俺は今そこそこ恐怖してるけどな」


「完成までにも手を加えますので、ぜひともゼルス様のお望みを叶える一助としていただければ」


「……つまり……アレか? 俺は、自力で魔王っぽくなれなかったら……」


 コレを装着して、練り歩かされるわけか。

 ゼルスがゼルスを着て。

 魔王だ恐怖せよと。


 そりゃこえーわ。

 こえーけどもよ!

 魔王の怖さじゃなくて、夜道で出遭ったらヤバいやつ、ってタイプの怖さじゃねーか!!


「アードランツ様は……」


 お、おお! アリーシャたん!

 言ってやってくれ!

 弟子のキラキラした顔に気後れしちゃってちょっと強く出られない、哀れな魔王にかわって!


「その鎧を着て振る舞われることが、最も魔王にふさわしいとお考えなのでしょうか?」


「ゼルス様は我を志向された。我はゼルス様を崇敬している。なればこの鎧をご活用いただくことこそ道理」


「人々は恐怖すると」


「畏敬と表現すべきであろう」


「なるほど……」


 なるほど!?


「ところでアードランツ様、この鎧はアードランツ様の配下が造ったのでしょうか?」


「左様」


「すべてを?」


「どうかしたか?」


「いえ……カルザックという魔具師の名に、聞き覚えはありませんでしょうか。王国に……この近辺の土地に、住んでいるらしいのですが」


「カルザック……」


「このような鎧も手がけると聞いておりましたので」


 つと目を細めたアードランツだったが、首を横に振った。


「知らぬな。我が把握していないだけやもしれぬが」


「左様ですか。ともあれこの鎧は、魔王様に有効に活用していただくべきかと」


「さにあれば、僥倖なことだ」


「アードランツ様は、魔王様が魔王様らしくあることが、最も恐ろしいと考えていらっしゃる……ということは」


 ちら、とアリーシャが俺に流し目をくれる。

 俺が……俺らしく……!?


 そ、そうか!

 わかったぞ!


「今こそモンスターモノマネのレパートリーを増やせ、ってことだな!? 恐ろしげなやつを!」


「違います」


「あれ!? で、でも、産卵直後で気が立っているコカトリスのマネとか、けっこう怖いと思うぞ! あと、楽しく光合成してたのに頭上にとまったバケモノワシのせいで日陰にされたアルラウネのマネとか……!」


「わたしが魔王様を恐ろしいと感じるのは」


 受け流された!?


「勇者をお求めになっていらっしゃるとき……心から純粋に、勇者に期待を寄せていらっしゃるとき」


「? それのなにが怖いんだ?」


「相手の都合や思惑など一切考慮せず、勇者かくあるべしという想いのもと、光の側すらドン引きする勢いで勇気を求めていらっしゃるときが、最も恐ろしく思えます」


「俺そんなひどい?」


「魔王らしい、とは少し違うかもしれませんが」


 じゃダメじゃん……


「よく心得ているな、アリーシャ。それこそがゼルス様の深淵たる由縁」


 ええっ!?

 あ、アーくん!? 認めちゃうの!?

 今のを!? えっ、勇者に期待したら怖いの!? どゆこと!?


 いやでも追及はやめよう! しないほうがいい!

 アードランツが納得しかけてるんだ、その方向でいこう……!

 なにより俺に不都合はない!


「そ、そうだ! 王国には勇者が多いんだったな、アードランツ!?」


「いいえ。正確を期せば、勇者のなんたるかをはき違えた、亡者同然の愚者しかおりませぬ。左様、あの連中に比すれば、ユイルーのほうがまだまともな亡者と……」


「それでもだ! アードランツよ、俺はすでにひとつ、おまえから教えてもらったぞ」


「なんと」


「おまえはすこぶる魔王っぽいが、昔となにが変わったわけでもない。言葉遣いもずっとそうだった。マロネにバカにされても、マロネにからかわれても、マロネにおちょくられても、貫き通していたよな……!」


「正直に申し上げまして、あれで意地になったところも多分にございますが」


「俺は! もっと徹底すべきなんだ!! おまえたちがいつか、勇者として俺の前に立ってくれるのはわかっている! だが他の勇者たちは待ってても来てくれない!」


 なんかしゃべってるうちに、本当にそんな気がしてきたぞ。

 そうか。俺こそが、


「自分から動くべき魔王だったんだよ!!」


「……恐ろしいですな」


 よっしゃ言質とった。


「んじゃちょっくら行ってくる。勇者さがすぞ求めるぞ」


「人々の心胆寒からしめるべく振る舞われ、それでも立ち向かってくる者に期待なさるわけですな。しからば、この鎧がお役に立ちましょう。完成を急がせますので……」


「できなかったらね!! 俺がビビられなかったらね、怖がられなくて勇者見つけられなかったときはそうしようね! ね!」


「御意のままに」



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は2/20、19時ごろの更新です。

また1回空けさせていただきます、申し訳ありません。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る