第94話
「ゴール地点……とは、まだ限らないが」
「はい」
腰の剣に触れるセオリナ姫に、わたしはうなずきました。
洞窟内ということで、騎乗してはおられませんが……
アルリオン。姫の剣。
たいへん強力な聖剣のひとつです。
洞窟の規模も、姫の言う通り、予想していたよりはるかに小さなもの。
どんなものが待ち構えていようと、苦戦するとは思えません。
……だというのに。
なぜ……
こんなにも、嫌な予感が……?
「魔王さ……、ゼルスン様が、おられないから……?」
ばかな。
今回のことも、間違いなくわたしの修行の一環。
少なくとも、魔王様はそうお考えのはず。
当の本人がこんな弱気では、得られるものも得られません。
油断せず。
しかして怯まず。
「ユグス爺、さがれ。ロームン、ゆくぞ」
「は!」
「全隊、抜剣! 駆け足! 前へ!!」
隊列を維持したまま、部隊が進みます。
魔力の乱れで消えてしまうスキルの灯りから、松明に切り替えて。
四方八方を警戒しながら、洞窟の広間に――
踏み入りました。
いる。
正面。
「……なんだ、あれは……、止まるな!」
先頭の姫がやや足を速め、部隊を散開させました。
40人からがじゅうぶんに散らばれるほど、空間の広さにはよゆうがあります。
グルルル、と小さなうなり声。
岩間の奥に座していた魔物が、大きな顔をこちらに向けています。
あれは……
「ガーゴイル……いや? 違うな、なんだあいつは……?」
「カメレオンドラゴンかと」
「カメレオンドラゴンっ?」
すっとんきょうな声をあげる姫に、わたしは再びうなずきました。
……あ。と。いけません。
今は対等な立場ではないのですから、言葉も添えなければ。
魔王様のもとに長くいて、やはりいささかゆるんでいるようです。
「はい。翼がなく、淡い灰色の体。特に眼が石のようで、間違いないと思います」
「自分も同じく。この洞窟のヌシでしょう」
となりに並んだロームン殿が同意してくれます。
しかし、と姫が首をかしげました。
「なぜ姿を見せている……? カメレオンドラゴン、なるほど洞窟ひとつを縄張りとしていてもおかしくない、強力なモンスターではあるが」
「素直に待ち構えていたみたいですね……」
「ああ。カメレオンドラゴンならば、ガーゴイルと同じく周囲の景色に紛れこめるはずだ。どうしてあんなに堂々としている?」
もっともな疑問です。
その気になれば、この薄暗がりに完璧に潜めるモンスターのはず。
部隊の登場に意表をつかれた?
なんらかの理由で能力を失っている?
どちらも現実味がありません。
「ふん……おもしろいじゃあないか」
ちゃき、と剣の鞘を鳴らして、セオリナ姫が含み笑いとともに呟きます。
そのあいだも、ドラゴンは動きません。
時折うなっているようですが、移動するでもなく、攻撃するでもなく……
ただ岩壁の前に座し、部隊と正対しているばかりです。
……こういった場合。
相手が魔物であるだとか、その特性であるだとか。
そういうことの前に、まず疑うべきは……
「罠……」
「総員、突撃準備!」
……なに?
「いつものタイミングだ! ぬかるなよロームン!」
「セオリナ姫様。罠かもしれません。攻撃はお待ちを」
「罠?」
「姫様のおっしゃる通り、カメレオンドラゴンにしては挙動が不審です。我々を待ち受けていた可能性があります。こちらから手を出すのは危険かと」
セオリナ姫は……
どうしてか、満足げにうなずかれました。
わたしを見て、やわらかく微笑んでおられます。なぜ。
「うむ。いいぞアリーシャ。自分の意見を持つことは大事だ、私もそれを繰り返してきた。いつかきみの糧となるだろう」
「はい。いえ。自分の意見というか、これは」
「この帰らずの洞窟を狙い、やってきたのは我々のほうだ。罠というのは、我々を狙っている何者かが存在しなければ成り立たないのではないかな?」
その可能性は。
誰でも考えておくべきでしょう。
誰でも、いつでも、どんな場所でも。
「このカメレオンドラゴンが、この洞窟を訪れる冒険者や、付近の狩人たちを殺していた。そうに違いあるまい」
剣を構えたセオリナ姫の横顔には、わかりやすい正義が燃えています。
「私が倒さねばならぬのだ。我々は決して退いてはならぬのだ!」
「……いちど退くのも、よい判断かと」
「案ずるな、アリーシャ。いつも通りやれば必ず勝てる! きみはロームンに従っていればよい」
「…………。よいのですね」
「そうとも」
セオリナ姫に言ったのではありません。
よいのですね?
魔王様。
きっときっと、わかっていらっしゃったのでしょう?
この洞窟が、こうなっていること。
明らかに待ち構えていたドラゴンに、セオリナ姫が挑みかかること。
そして。
わたしが最後には、セオリナ姫の言葉に従うこと。
もっと言うなれば、『魔王様がそう望んでいらっしゃるであろう』と、わたしが判断すること……
すべて見通されているのでしょう?
なればこそ、わたしはそのようにいたします。
しかし。
これは。
これは……
「……相手が動かないのですから、ユグス殿に遠距離攻撃をお願いしては?」
つい、もうひとこと重ねてしまいました。
そうする間も、ドラゴンはじっと動きません。
「はっはっはっ、そうだな! それはいい案だぞ。どうだユグス爺、やってみるか?」
「姫様、ご冗談を……。アリーシャ、買いかぶってくれとるところ悪いがのう、ワシャ攻撃はサッパリなんじゃ。姫様の支援以外に使えるものではないんじゃよ」
「爺の魔法がなければ、この部隊の戦いは成り立たないぞ。だが、あればこそ、成り立つ。いつも通りの戦術でいくぞ!」
「御意」
…………
もはや……流れは変えようもありませんか。
「罠のにおいは、確かにする」
「ロームン殿……」
目深に兜をかぶり、戦闘態勢に入った騎士ロームンが、小声で呟きます。
「だが、そうかといって慣れたスタイルを崩すのも、いいとはいえない。罠ならば、正面から打ち破ってしまえばいい」
「……たいへん、理想的です」
「この部隊は、ずっと同じやり方で勝ってきたんだ。信じろ」
それです。
それが気にかかります。
わたしならば、慣れたやり方を逆手にとりますので。
わたしが、もし。
「いくぞッ! 人に仇なす悪しき魔物め!!」
単身、セオリナ姫が駆け出します。
勝利をかけらも疑わず、カメレオンドラゴンへまっすぐに。
わたしは、突撃に備える部隊に加わったまま。
視線をじっと、ユグス殿に定めていました。
彼は、確かに……いつも通り、スキルを使っています。
姫を支援しています。
うしろから撃つようなそぶりはありません。
「うおおおおおおおお!!」
カメレオンドラゴンの口から吐き出される火球を、あるいは打ち払い、あるいは身をかわして。
肉薄したセオリナ姫が、左手に輝く光剣を生み出しました。
「<アルリオン・スタンラード>ッ!!」
カメレオンドラゴンの体高は、姫の4倍以上。
しかしこのスキルには、まるで関係ありません。
打ちこまれた光の軌跡が、モンスターの体をなぞり、致命的な活動停止効果を与える――
はずでした。
「なっ……!?」
スキルがドラゴンに届いた瞬間。
灰色の体表が大きくうねり、緑色の烈波を吐き出しました。
まるで姫のスキルが、なにかのスイッチを押したかのように。
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次は7/30、19時ごろの更新です。
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