第92話
「なるほどな」
湿った落ち葉を踏みしめ、テミティは小さくうなずいた。
山道。
登り坂。
テミティの視界からはそれしかわからないが、方向感覚には自信がある。
こちらに歩いていけば、間違いはない。
「龍か。うむ。うむ。重畳」
「……あのさ~。テミっちさ~」
後方。さらに斜め上。
つまりテミティのあとについてきている
もっとも、彼女の背は高くなどない。
いくらテミティが低身長でも。
つまりは、浮いているのだろう。
「修業時代と比べてもさ~、ひどくなってんよあんたの意思疎通難度。なにがどう重畳なんよ。マジナイトメアモードだからさ~、も少しおしゃべりしない? ほら、ガールズトークガールズトーク。きゃっ、青春☆」
「うらやましい」
「…………。なにがやのん」
「浮けてよい。精霊は」
「ウケ……? ウケは、まあ、常々狙いすましてるけど?」
「…………」
「んあ~? この反応はちげーな? うけ……、ああ、なに、物理!? 浮いてるから!? 山道歩きづらいって言いたいわけね、なるほど~!」
「明察痛み入る」
「やかましいわ!! なんも明察してねーっつーの。龍だったらなにが重畳、なにが良かったっつーんよ?」
「話が早い、ということだ」
「その説明はレベル3とかだから、40ぐらいまで上げてオナシャス」
くん、とテミティは鼻を利かせた。
水のにおいが近づいてきている。
目的地点は、もうまもなくだろう。
「魔王ゼルス領の諜報担当、マロネ……」
「つかさ、上から見てると、あんた完全に下生えに隠れちゃってるんだけど。ヤブと会話してる気分。マロネいつから
「ドライアード。あれはよい。愛らしい」
「マロネはもうじゅーぶん愛らしいからいいの。ったく、ゼルス様もど~して毎晩寝所に呼ばないのかねえ? 理解に苦しむわー」
「勢力範囲」
「おん? そりゃゼルス様のベッドはマロネの勢力範囲」
「ラグラドヴァリエの。いかに把握している?」
「…………。んまあ……最近、広がってるらしいねえ」
「リルギルの山からハロウの谷までは、すでに手中」
「そんなに? 広すぎでしょ。てゆーか東西に間延びしすぎじゃね?」
突然、テミティの視界が開けた。
森が途切れ、足もとが登り坂から下りに――
というより、切り立ったガケになっている。
ざざざざ、という激しくも耳に心地よい音。
さして深くはない谷底で、急流がしぶきを上げているのだ。
「雷帝飛龍ラグラドヴァリエ……自身の強さも途方もないが、配下の数がすさまじい」
「ふん。群れりゃいいってもんじゃないって。ゼルス様の許可さえありゃ、あんなカトンボどもなんぞこーしてこーしてっ」
「中でも特に、
「聞けよ!」
「マロネ。
谷を覗いたあと、テミティは斜め後ろを振りあおぐ。
空中で腕を組んだマロネが、チッと舌打ちした。
「龍族の転移魔法陣、の話ね」
「再びのご明察」
「スピードね~まぁね~多少の自信はござぁますけどね~。ワイヴァーンほどにゃ無理だわよね~」
「転移魔法は扱えると聞いたが?」
「それとアレとは別モンでしょ」
「マロネよ」
「なに?」
「下着を着けないのだな。相変わらず」
「そりゃもうマロネさんはいつでも臨戦態勢って言わせんな! 覗くな! 話題を急旋回させんな!」
マロネの言葉の通り。
ラグラドヴァリエは、広大な領地のあちこちに、特殊な魔法陣を設置している。
彼女と飛龍たちにだけ使える、本拠地への直通転移――
だとうわさされているが、実際のところはわからない。
なにしろ、うわさに留まる域であれば、透明な魔法陣の設置場所も個数も謎。
なにより使用方法が不明。
ラグラドヴァリエの部下が突然消えるのを見た、などの話がちらほらある程度で……つまりは。
「速度がカギ、と知っているだけ大したもの。伊達ではないな、魔王ゼルスの右腕」
「きゃっ、えへへほめられちった☆ なんてかコラ、なめんなよドワーフっ娘! こちとらあんたの20倍は生きてんだからね!? なんでも知ってるっつーの! ラグラドヴァリエも、マロネから見りゃガキよガキ!」
「やつらの転移は、空中魔法陣を使う。ある条件を満たしたときのみ現れ作動する、特殊魔法陣」
「だから聞けよ!? マロネの年齢マウントを聞けよお! ごめんやっぱいいや聞かなくて。なにババア自慢しちゃってんのマロネってば」
「わかるな? 位置も。マロネならば」
「……わかるもなにも。さっき、1個あったじゃん。真横のぼってきたよね」
こく、と小さくうなずいて、テミティは谷に背を向けた。
担いでいたハンマーを地面に置き、適当な木を見繕う。
「魔法陣の、発動条件は?」
「だからスピードっしょ。普段は迷彩で見えもしない空中魔法陣のある場所に、一定以上のスピード出して飛びこんだときだけ、転移が発動する。実現可能な速さで飛べるのは、ワイヴァーン以外だとペガサスかスカイフィッシュくらいだわね」
「今から行く」
「いってらっしゃい。……はい? どこに?」
「ラグラドヴァリエの本拠地。転移魔法陣を抜けて」
「……あ? え……? 聞き間違いかにゃ、なんて? 高級龍肉のステーキ、季節のソースを添えて?」
「ラグラドヴァリエの本拠地。転移魔法陣を抜けて」
両目をぱちぱちさせるマロネの前で。
テミティは、高く育った木を1本、引っこ抜いた。
ゴボオ、と森の地面がめくれ上がる。少し根が深いのを選んでしまったか。
「隙がある。ここの魔法陣にだけ」
「隙……? いや、てゆーかあんた、何やってんの?」
「魔法陣の位置は?」
「だからこの山の下のほうの……なんか滝あって、その滝壺の前らへんじゃん」
「自由落下ならば、出せよう。ワイヴァーンと同等の速度が」
「ほげ!?」
「急流下りの助走つきだ」
ハンマーを拾い上げ、空中のマロネを引っかける。
ぽいっ、と木を谷底へ投げ込んで――
テミティはそのあとを追い、迷いなく身を躍らせた。
「攻略する。龍の城」
「滝下るドワーフなんて聞いたことないけどおー!?」
「下るのではない。落ちる」
「てゆーか目論見通りにいったとして、敵いっぱいいたらどーすんの!?」
「どうにかする」
「あんたやっぱりゼルス様の弟子だわー!」
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お読みくださり、ありがとうございます。
次は7/20、19時ごろの更新です。
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