第83話



 ッガガキキキキン!!


 荒野に放たれる鋭い響きは、刃両断される音。

 目にも止まらぬアリーシャの剣線が、

 対戦相手を買って出た騎士の長剣を、

 よほどの腕をもつ鍛冶師でも修復できないほど、細切れにしてしまった音だ。


「み……見事ッ!」


 イスから立ち上がったセオリナ姫が拍手する。

 まわりを囲む兵士たちも、数秒遅れて何が起きたのか把握したらしく、感嘆と困惑をあらわにしている。


 ふふふ。どうだ。

 これがうちのアリーシャたんだぜ!


「な……なんて剣だ……!」


 ほとんど柄だけになった剣を取り落とした騎士が、いや、と首を横に振る。


「武器だけのことじゃないな。尋常な腕じゃない……強い。アリーシャといったな、きみを見くびっていた! 非礼を詫びさせてほしい」


「ふふん。剣を斬り飛ばされても尻もちついたりしなかった、キミもなかなかじゃないか、マローン殿」


「ロームンだッ! せめての位置は間違えるな!」


「アリーシャの剣は速いだけじゃない。威力を乗せるときは乗せ、流すときは流せる。相手が甲殻モンスターであっても、急所に決まれば両断だ」


「ていうかなぜ、貴様がそんなにエラそうなんだ……!?」


 弟子をほめられるとつい。

 剣を納めるアリーシャの手を、駆け寄っていったセオリナ姫がぎゅっと握った。


「感服したぞ! 速すぎて剣線を見失うところだった! すばらしい技巧だ!」


「おそれいります」


「ぜひ我が隊に力を貸してくれ! 契約冒険者待遇で迎えたい、そなたが望むならばそのまま士官も!」


「ありがとうございます。よくよく考えたいと思います」


 ふむ……

 なかなか直情的な姫様だな。

 今のところは、堂々とした貴族ぶりに思えるぞ?


 ともあれ、これで正式に潜入成功だ。

 やれやれ、どうなることかと…………


 ……?

 やだ……

 なんかみんな、俺のこと見てる。

 魔王突然人気者な心地……?


「ボクに、質問あるなら……どうぞ? えっちなのはダメなんだからね!」


「いや。貴様もなんかやらんか」


「ん? どういう意味だ、ムーミン殿?」


「ロームンだっつってんだろ!! 今なんつった!? ムーミ、なんだあ!?」


「俺も自分で何を言ってるのかよくわからんが、なんかこう、やさしい目をしてるよね」


「ほんとに何言ってやがる!? アリーシャとやらの腕前はわかったが、貴様のほうはまだだろう! 姫様に認められたくば、力を示せ!」


「あ、そのことか、なんだ……」


「相手が必要なら、このオレが世話してやるが!?」


「いや、いいよいいよ。華奢でかわいい女の子にコテンパンにされたばかりのアーロン殿に無理をさせるわけには」


「腹立ちすぎて気を失いそうだッ……!」


 俺は、テミティが追い出されたこの隊に来た。

 つまりテミティと同じ、前衛として入りたい……

 と、思ってたんだが。

 なるほど、パーティでなく隊というのは、なかなか厄介だな。


 テミティが抜けてできたはずのが、塞がっているのかどうかもよくわからない。

 何が強くて何に弱いかも不明。

 少人数の勇者パーティとは、だいぶ勝手が違うな……


 ま。

 だったらやっぱり、わかってる情報を使うしかないな。


「あれでいいか……」


 街道からやや離れた荒野に転がっている岩に、俺は目をつけた。

 高さは人の半分ほど。

 容積でいえば4倍ほどか。


 俺の伸ばした左手の動きに合わせ、ゴゴ、と岩が宙に浮いた。

 再びイスに腰掛けたセオリナ姫が、ゆっくりとうなずく。


「念動力か。呪術師系統かな?」


「いや。前衛タンクであります」


「は?」


「そおい」


 ぽ~ん、と。

 小石かなにかのごとく、岩が中空に投げ上げられる。

 それこそ小石程度の大きさに見えるほど、遠く青空に近づいてから――落下をはじめ、速度を増し、まっすぐ俺に向かってきた。


 どよめく兵たち。

 あわてる幹部騎士。

 姫様あぶない、とかばう老魔法使いなどをよそに、


 ドカンッ!!


 轟音とともに俺に激突した岩が、粉々に砕け散った。


「なっ……な、なんということをっ……!?」


「手の込んだ自殺……!?」


 ざわめきが収まるより早く、もうもうと立ちこめた土ぼこりが晴れ……

 両手でしっかりポーズをとった俺が。

 皆さまの前に再び登場、というわけだ。


「おおッ!! ……お、おおっ?」


 ふ。セオリナ姫よ。

 はかりかねているようだな?

 この俺の――胸の前で両手を構えた、窮屈な姿勢の意味を。


 わからせてやる。

 そして受け入れるがよい。

 どっかんどっかん沸きまくるのだ!


「自分のツメのほうが切れ味いいけど、そこはマナーとか人型の意地とかあるから、がんばってナイフで肉切ってるときのワーウルフ!!」


 シン……


 と、風の音すら聞こえない、完全な静寂が訪れた。

 ふ……決まった……

 久方ぶりの魔族モノマネ。

 会心のデキだ。自分の才能がこわい。


 この俺を仲間に加えないなど、ありえん話だろう?

 なあセオリナ姫よ――


「うん? どういう意味だ? 今のは」


 えっ。


「岩はすごかったが、最後のは? ワーウルフ? ワーウルフとは、あの獣人のワーウルフか?」


「え。あ。うん、はい。そうですけど……」


「ワーウルフが? ええと? すまない、もう1回やってみせてくれないか?」


「え……え、ぇ……」


「何が言いたいのかわからなくてな。今度はちゃんと理解するぞ!」


 な……なんだ……

 なんだこれ……

 なんで、こんなに、恥ずかしいんだ、俺……?


「姫様……」


 かたわらの魔法使いが、やたらに遠い目をして、そっと俺と姫の間に入った。


「彼を隊に加えましょう……」


「うん? ユグス爺? ああそうだな、念力と防御力はすばらしかった! だが最後の――」


「隊に加えましょう! それでよいではないですか。あとはお忘れくだされ……」


「え、しかし、なにやら勢いのある主張が……」


「あれは主張ではありませぬ! 仮に主張であったとしても、主張という名の黒いヒストリーなのです……」


 ゼルスン、とさっきの騎士が、ぽんぽんと俺の肩をたたいた。


「いろいろ言いはしたが、仲良くやろうじゃないか。歓迎する」


「あ、ああ……」


「歓迎するが、今のはもう、やらないほうがいいと思うぞ」


 …………。

 なにか、こう……

 すごく心がそわそわして、腑に落ちないのは、まあ置いとくとして……


『あ~~~~~っはっはっはっはっはっ! あ~っは、あははははザマァね~~~っ! あはっはえひっ、えひひ、えひひひひひひ! ひあ~っはっはっはっはっはっ!』


 おそらく魔王城全体に響き渡っているレベルで笑い転げるマロネ。

 おまえだけは……おまえだけはマジで、ほんと、マジで……

 あ。涙出てきた。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は6/5、19時ごろの更新です。

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