第82話



 くりゃくりゃ、と杖の先端で俺を小突き回すクソジジイに、


「朝から元気だな、ユグスじい!」


 張りのある声がかかった。

 若い女の声だ。


 長剣を腰にはいた赤毛の女性が、大股でこっちにやって来る。

 おお、とジジイが俺からはなれ、打って変わったにこにこ顔で1礼した。


「セオリナ姫様、おはようございます」


「おはよう。ずいぶん騒がしいな? 朝食のメニューでモメたか?」


「いえ、実は……あの者たちが……」


 ジジイが俺たちを指さしつつ、ごにょごにょと耳打ちする。

 なんか……状況が変わりそうな、変わらなそうな。


 正座させられてるだけで縛られてないし、これ1回逃げるべきかな?

 でもそうすると、もっかい入りこみ直すのが面倒だしなあ。


「ふむ……」


 ざくざくと、再び歩を進めた女が、俺たちの前にイスを置いて座る。


「私がセオリナだ。名前は?」


「ゼルスン。こっちの子はアリーシャ」


「ゼルスン。大人にしては、いたずらが過ぎるのではないかな? 朝起きて、知らない人間がいたらびっくりするだろう」


 確かに。

 人間じゃないけど。


「どうして我が隊に入りこんだんだ? かなり怒っている者もいるぞ?」


「お……俺たちは」


「うん?」


「俺たちは働きたいんだ!!」


 ぶわっ、と俺は両目から涙をあふれさせた……

 つもりで述べた。


「俺たちは貧乏で! そりゃもう貧乏で! なあアリーシャ!」


「はい」


「去年は魔物に畑も荒らされて! ツインテールの妹に食べさすメシもなくて! なあアリーシャ!」


「はい」


「ともかくも銭コになる仕事がしたい! そう焦るあまり! なあマロネ! じゃなかったアリーシャ!」


「はい」


『シャケは塩焼きに限るぅ』


 ツインテちぎってもみあげに植えかえるぞ。


「どうか! どうかお許しくだせえ姫様!!」


「は! なにをほざくかと思えば」


 さっきの若い騎士が嘲笑する。

 むむう……。名前なんだったっけなコイツ。


「たとえうそでも、もう少し練れ! とってつけたにもほどがある」


「うそじゃないんだ、ローモン殿!」


「ロームンだ! だいたい貴様ら、兄妹か? あまり似てないようだが」


「兄妹じゃないが、とてもこみいった事情があるから、仲良くなるまで聞かないでくれサーモン殿」


「ロームンだ!! わざとか!?」


 マロネの朝ごはんにつられて……


「姫様! やはりこいつら、近隣国のスパイでは!? お取り調べを!」


「……なんと……」


「姫様?」


「なんとけなげな……!」


「姫様!?」


 あれ?

 お姫さん泣いてる。

 どしたんどしたん?


「生きるために……家族のために、体を張って……そんな粗末な装備で! ううっ、貧困が憎いぞ……!」


「姫様! 絶対うそですって! よしんば本当だとしても、そこらの農村に立ち寄ればいくらでも転がってる設定ですって!」


「ロームン! 私のお小遣い入れをもて! 馬1頭ぶんの金を与えたい!」


「おやめください!? 我々が国王様にしかられてしまいます!」


 ふむ。

 そいつはー……金をくれるだかいうのは、こっちにも都合が悪い。

 せっかくだし、食らいつかせてもらうぞ。


「施しを受けるわけにはいかねえ! どうか俺たちの腕前を買ってください姫様!」


「おお、見事な倫理観……誇り高い……!」


「こっそり忍びこんだのも、はぐれ魔獣にでも遭遇したときに活躍させてもらえば、部隊のほうから入ってくれと言うに違いない! そう思ったからで」


「……ほう」


 涙をぬぐうセオリナ姫の、目つきが変わった。

 はは。

 そういう雰囲気がムンムンではあったが……

 この姫、根っからの戦闘好きだな?


「腕試しの機会さえいただければ、金をもらうに値することを証明してみせます」


「なるほどな。なかなかの口上だ……気に入った」


 姫様!? とうろたえる騎士と魔法使いを、彼女は片手をあげて制した。


「よい。どのみち、このところ人手不足だろう。ゼルスンとやら、我が国に冒険者登録は?」


「してないでやんす」


「ふむ、ならば相当ハードルは高いぞ? 後付け手続きは面倒だからな。それを我々にいとわせない自信は?」


「自信かあ……」


 すく、とアリーシャが立ち上がった。

 何の合図もしていないが、すでに全身から闘気があふれ出している。


 色めき立つ部下たちを抑えるセオリナ姫に、俺はにやりと笑ってみせた。


「確信でよければ、ってとこですかね」



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お読みくださり、ありがとうございます。


次は5/30、19時ごろの更新です。

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