第76話



「なに……!?」


 アリーシャの声に、今までと違う類いの驚愕が混じる。

 そらそうか。

 さっきまでの会話のノリから、この結果はさすがに想定できまい。


 ずしゃり、とまた確かな足音。

 ゆっくり……極めてゆっくりではある。

 しかし決して、鎧は前進を止めない。


「アリーシャ。下がってろ」


 俺はもういちど告げた。

 素直に従うアリーシャに、頬をかきながら続ける。


「面倒なんだよ、この鎧ちゃんは」


「……お珍しい言い回しでは?」


「確かにな。だがなにせ、こう……<風顎砕甲バルドストーム>」


 互いに喰い合う二重の烈風が、かたまりとなって鎧にぶち当たる。

 分厚い鉄板でも引き裂くスキル、なんだが……


 にぶく光る鎧は、多少よろめいただけで。

 また無傷。


「なまなかなことでは、行動を制限することもできんのだ」


「何でできてるんですか、あの鎧」


「鎧の問題じゃない。いや鎧もミスリル精製した大したもんなんだが、着てるやつの力が堅固さを10倍にも20倍にもしてる」


「そんなむちゃくちゃな……」


「スキルも魔力も、当然体力も、そのためだけに練り上げられている。頼もしいぞ、パーティに1人こういうのがいたら」


 そう。

 パーティにいたら、の話だ。


「なあ? テミティよ」


「名を呼ぶな」


「そう言うな。もう最初にばらしちゃうけど、おまえで3人目なんだよ。こういうの」


 言いつつ、俺はつま先を返した。

 向かって来る鎧から直角、謁見の間の右奥へと向かう。


「我がかわいい弟子たち。愛い愛い弟子たち。もちろんおまえも含めてのことだ。その力も、活躍も、俺は疑わない。この城を出てからも、きっと立派にやってくれていると<獄壊暴槍ゲヘナグングニル>」


 ドカアアアアアン!!


「しかるに、だ。どうせアレだろ、おまえも勇者パーティを追い出されたりとか、そういうクチだろ? 当たりか? さすがにな、3回目ともなると、魔王ちょっと悩ましい心地なわけだ<獄壊暴槍ゲヘナグングニル>」


 チュドオオオオオオン!!


「おまえたちに、じゃないぞ? おまえたちの力をそうまで見誤る、世の勇者たちに首をかしげざるを得ないじゃないか。勇者という存在、その力を信じて、おまえたちを育て送り出してきた俺の立場が<獄壊暴槍ゲヘナグングニル>」


 パドオオオオオオン!!


「なあ? そのへんどう思うよ?」


「知ったことか」


「さよか」


 俺は再びつま先の向きを変えた。

 謁見の間を横切ってきていた鎧からまた90度、今度はバルコニーのほうへと進む。

 じゅうぶんな距離をとってから、振り返って。


「にしてもだ! おかしくないか最近の勇者界!? 勇者界隈!? そのへんだ! なんだ追放って!? 理解できん! それとも俺が、いや俺の弟子たちがおかしいのにしか行き当たってないのか!?」


「魔王様。あの。魔王様」


「そうこうするうちにラグラドヴァリエが……! うん? どうしたアリーシャたん。まだ戦いの途中だぞ、邪魔しちゃいけないぞ」


「いえ。その。これは……戦いなのですか?」


「どゆこと?」


「歩いてスキルを撃っておられるだけに見えますが」


「そうだぞ」


 うなずいた俺に、ようやく何かを察したのか。

 それでもまさか、といった目で、アリーシャは歩いて向かってき続けている鎧を見やった。


「あの……横からつかぬことをおうかがいいたしますが」


「なんだ」


「先ほどからかたくなに歩いているそれは、なにかをもったいぶっていらっしゃる?」


「答える義理はない」


「そうおっしゃらず、どうか」


「……装備が重くて走れない」


「攻撃方法は?」


「近づいて殴る。動かなくなるまで」


 なるほど、と鎧に1礼したアリーシャが、俺のほうを振り向く。

 訴えかけるような視線に、俺は再びうなずいた。


「歩いて逃げて飛び道具。これを繰り返すだけで、俺の攻撃ターンが終わることはない。……アリーシャにも、ていうかテミティにもわかるだろう。この戦いの構造的欠陥が」


「かまわん」


「む?」


「すべて受けきる。魔王のスキルなど。いずれ力も尽きる。逃げ足も止まる」


 ……ほう。

 不屈だな。

 確かに、勇者には必要不可欠な心だ。


 もしや……

 教えてくれるというのか?

 俺の知らない『勇者』を?

 『前衛』を?


「ならば……これはどうだ?」



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は4/30、19時ごろの更新です。

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