第67話
「魔王様……? いったい、なにがあったのですか?」
「……ああ」
ふー、と息をついて、俺は足下を見下ろした。
イールギットは倒れたままだ。
本当に限界まで、力を振り絞っていたからな……しばらく目を覚まさないだろう。
殺さなければならなかった。
たぶん、あの直感は正しい……
というより、理屈で説明できる。
強くなって、倒しに来い。
そう弟子たちに言っているのは、俺なんだから。
望んでいた状況のはずだ。
イールギットは、文句なく強かった。
楽しい戦いだった。本当に。
……ただ……
「人間の……バックボーンなめてた……」
「はい?」
「背負いすぎだろ人間……がんばりすぎだろイールギット。泣いちゃいそうだったよ魔王……」
「左様ですか……まあ、イールギット様は特に、そういったことを隠しておられるのではないかと感じてはおりましたが」
「マジで? アリーシャにはわかってたのか?」
「わかっていたというか……なんといえばよいのか。把握はしていませんが、共感はしていた、というところでしょうか」
「そんな能力が……」
「能力ではありません」
うそだろ絶対。
確かにイールギット、ここへ来てからも、ちょっと……いやでも、うーん?
ダメだ、やっぱり頭ぐっちゃぐちゃだ。
今だって……
今だってガマンしてるし!
イールギット抱き上げてめっちゃよしよししながら顔の血ふいてあげて手ずから回復スキルかけてあげたいの、スゲーガマンしてるし!
俺の回復スキル、人間には使えないけど。
「これは、共感……じゃないよなあ……?」
「わたしはむしろ……魔王様のお心のほうを、はかりかねておりますが」
「俺の? なんで?」
「どうして、イールギット様を殺してしまわなかったのですか?」
「む……」
「わたしは正直、ほっとしましたけれど。魔王様の御身を考えれば、イールギット様は大きな脅威……」
わかってるよ重々。
だから悩んでんじゃんよ。
もういっそそのまま伝えたいよ、教えて欲しいくらいだよ。
……でも。
アリーシャには、言っちゃダメだよなあ。
そのくらいは、今の俺でもわかる。
いつかアリーシャにも、俺の前に立ってもらいたいんだから。
イールギットのように。
いいや、それ以上の強敵として。
そのアリーシャの首にも……
俺は手をかけるのか。
力を、こめるのか。
当然だ。
当然だ!
当然、だが!!
「……ぬ……」
「ぬ?」
「ぬあああああああああああうううううううううっ!!」
「魔王様。落ち着いてください。魔王様」
「アリーシャあああああ!! アリーシャたあああああああん!!」
「魔王様。なぜわたしに抱きつきますか。頭をよしよししないでください。魔王様。なぜですか」
所在なさげなラギアルドが、にゃんこ姿の前脚でイールギットの血をふいてあげている。
グッジョブ。
「ふ~~~……。とりあえず、イールギットをどうするかだなあ……」
「わたしの髪型をぐしゃぐしゃになさることで落ち着けたならば、とりたてて何も言わないこととしますが」
「このまま2、3日は目を覚まさないだろうが、命に別状はない。傷の手当てをして、離れた場所……そうだな……大陸の東端あたりにでも、そっと置いてくるか」
「それは、どういった狙いでしょうか?」
なんか合わせる顔ないから。
ちょっと時間がほしい。
せめてこの胸のドキドキがおさまるくらいには。
「狙いっつーか、なんつーか……殺し殺されって、単純じゃないんだなあ……」
「左様ですか」
「人間って、だって、アレじゃん。戦争とかになったら、何千何万単位で命投げ出しあったりするじゃんか」
「左様ですね」
「だから、なんか、こう……こう、さあ……」
倒すぜ魔王!
できるかな勇者!
でやーっ! ぐわーっ! わっはっはっ!
みたいなレベルで考えてたわけじゃない、とは自己弁護したいんだけども。
それでも。
イールギットの、あの覚悟……
あの目。
あの意志。
あの想い。
あれに応える準備が。
しっかり受け止めて、そしてこの手にかける覚悟が。
俺になかった、ということか……
そういう、ことなら……
「くやしいな……」
「? なにがです?」
「負けたようなもんだと思ってな」
「魔王様の勝ちでしょう? イールギット様との戦いは。結果こうなっていますし、イールギット様のテイムを正面から打ち破っておられました」
「よく見てたな。そういや、アリーシャもケガはないか? ラギアルド相手によくがんばったな」
「ありがとうございます。途中、イールギット様の魔力が乱れると、ラギアルド様へのテイムもいささかゆるみましたので、隠し持っていたマタタビをばらまき、ラギアルド様が気を散らしている隙にテイムを解除いたしました」
なんでそんなもん隠し持ってんのこの子。
間違いない、アリーシャもすごい勇者になる……
イールギットと同格か、それ以上の……!
「んじゃ、ま……帰るか」
「よろしいのですか?」
「うん?」
「ご許可いただければ、あの連中、今から追って制裁して参りますが」
ああ……
俺は首を横に振った。
「いいよ。アリーシャの仕事じゃない」
「ですが……、わたしの、仕事? ではどなたの……?」
「もう追っていったよ、いちばんどうしようもないやつが。あとのことは、ぜんぶまかせたらいい」
そっと、イールギットを抱き上げる。
……軽いな。
人間とは、まったく、なんて軽いんだ。
しかしその命は。
魂は。
この魔王をも、揺るがすほどに……
「重いな……」
「魔王様? 女性ですよ?」
「はいすみません」
勇者よ。
イールギット・ラフカルディよ。
見事だったぞ。
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