第66話



「っくああああああああ!!」


 イールギットが叫び、俺のスキルを正面から受け止めた。

 これは。

 壁型防御!?


「ぐうっ!?」


 弾けた槍の放つ衝撃が、俺の腕をジュッと焦がした。

 なんだと。

 正気か。

 正気か、人間!?


 獄壊暴槍ゲヘナグングニルの特徴を把握した上で……あえて壁をぶつけた。

 壁は砕かれたが、至近距離で威力を弾けさせ、俺にもダメージを通そうとするなどと。

 実際、痛い。

 焼けた右腕がしびれるようだ。


 効果的な判断。

 だが無茶に過ぎる。


「ひゅーッ……、が、っふ、ひゅーッ……!」


 イールギットも、無論、ただではすまない。

 口からも、鼻からも出血しながら、それでも俺の動きを縛り続けている。

 両足の支配は……もう取り戻せんか。

 しかし。


「おまえのテイムも、ここまでだ」


 こちらに伸ばされているイールギットの右手を、俺は左手でつかんだ。


 イールギットのスキルは、術式を基礎としている。

 相手を指さすことによる、シンプルな『呪い』。

 最初にそのレールを敷いてやることで、テイムの力がスムーズに伝わるようにしているのだ。


 だから、そのレールを壊す。

 この指を砕いてやりさえすれば。

 彼女に次の手はない――


「……なに……?」


 俺は我が目を疑った。

 動きを止め、しばし記憶をさぐる。


 いつだ。

 いつからだ?


 いつから、

 イールギットの・・・・・・・後ろには誰も・・・・・・いなかった・・・・・


「……逃げたのか?」


 爆煙を起こしすぎた、ということもある。

 吹き飛んだ森の木々や、めくれあがった岩が折り重なり、視界も開けていない。

 なにより、イールギットとのすばらしい戦いに……夢中になりすぎた。


 だが。

 いや。

 逃げるか? ふつう?

 あのどこぞの国の勇者とかいう剣士ども?


 ……いや、そうか。

 イールギットが防ぎ損ねた俺の攻撃で、知らん間に死んでるとか。

 そっちだろう。きっと。

 だって。なあ。

 さすがに。

 確かめよう――


「っぬ……!?」


 ぐ、とイールギットの右手に力がこもった。

 あくまでも、まっすぐに、俺を指さして。


「追わせないわよ……!!」


 血だらけの顔で、まだイールギットは笑っていた。

 力は……薄れていない。

 いまだ強烈な支配力テイムを発揮している。


 だが、明らかに彼女1人の力だ。

 仲間の力は、当然受けていない。

 死力を振り絞っている、だけだ。


「なぜだ……?」


「魔、王ッ……げほっ、がはっ!」


「なぜやつらにそこまでする? ……真の仲間だったか? 実は本当に思い合っていたのか? 俺が、人間に対して未熟な俺が、おまえたちの関係を見誤ったのか?」


「どう、でもいいわ……」


「なに?」


「あいつらだろうが……別のやつらだろうが。なんだって、いい。今、この瞬間、あたしが立ち向かう理由のひとつになれば……!」


 理由。

 俺の前に立つ、理由。

 それは。


「あたしは、人間……アンタと、魔王ゼルスと……ゼルス様と、あの日、約束した」


「イールギット」


「いつか、倒すって……でも、やさしすぎるから。ゼルス様、いつだって、いつだってやさしいから……あたしは、約束だけじゃ、無理だった。やれるか、やれないかじゃない。やるか、やらないか……ゼルス様と、戦いたくないって、思った。思っちゃったの」


「来てくれたじゃないか。たった1人で」


「甘えてただけよ」


「え?」


「1人なら、負けても殺されないだろうって。心のどこかで、そう考えてたわ。あたし……あたし、ほんとに……弱くて」


 ごめんなさい、と微笑むイールギットの瞳から、涙がひとすじこぼれた。

 見たことがない。

 こんな、人間の。

 いいや。


 生き物の、こんな表情は見たことがない。


 なんだ。

 どうなっている。

 俺の胸の中に急に生まれた、この感情はいったいなんだ?

 なんという名だ?

 知らないぞ。


「今は、あたしは……退かない……!!」


 殺さなければ。


 ここでこの女を殺さなければ。

 でなければ、俺はころされる・・・・・


 理屈はわからない。

 だが、魔王として死ぬ。

 魔族の王としての俺が、人間の敵としての俺が、死ぬ!!


 そんな気がした。


「アイツらが生きようが死のうが、どうだっていい。今、わたしが退かずにすむ! それだけでいい!!」


「イールギット……!!」


「魔王ゼルス!! <テイムッ――」


 右手で、イールギットの首をつかんだ。

 その瞳をまっすぐに見て、告げる。


「見事だ!!」


 俺の手の中で、彼女はやはり、笑った。

 俺はそのまま、手に力をこめた――






 ――こめたけども。


「殺せるわけないじゃーん……」


 両手で顔を覆い、俺はうめいた。

 うめきにうめいた。


「無理じゃーん絶対……そんなのさあー……」


「魔王様!!」


 アリーシャが駆け寄ってくる気配がする。

 たぶんラギアルドもいっしょだ。

 自分の手のひらしか見えてないから知らんけども。


「魔王様、ご無事で……! イールギット様!? イールギット様!」


「ゼルス様、ごめんなさいにゃ! マジでごめんなさいにゃ! 獣臣ラギアルド、1生の不覚にゃ!」


「イールギット様……! ああ、気を……失って、おられる。だけですか。よかった……」


「この失態を償わせてほしいにゃ! どんな罰でも受けるにゃ! なんならゼルス様とアリーシャたんのどっちからも罰受けるにゃ!」


「言いましたね。絶対ですよ」


「聞いてたにゃーっ!? イールギット嬢に気を取られてると思ってたにゃ! またしても不覚にゃ!」


 あーもーうるせーなー。

 ほっとけよー。

 生まれて以来初めてのなんかしらで、頭ぐちゃぐちゃなんだからよー……



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お読みくださり、ありがとうございます。


次は2/13、19時ごろの更新です。

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