第61話



 ロングソードの青年は、よけいなことを言うな、といった目で魔法使いの女を見たが、


「イールギット・ラフカルディが魔王の城にいるという情報を得て来た」


 結局、自らもそう言った。

 剣は納めないままだが、声からもいくぶん緊張が薄らいでいる。

 戦いにならずにすむかもしれないと、そう考えはじめたのだろうか。


 イールギットを、逮捕しに来たから。

 逆に言えば、目的はそれだけ。

 いったい……


「何の罪で……?」


「国家反逆罪だ」


「なぜ?」


「これ以上は必要ないだろう? そっちこそ、どういうつもりでイールギットを生かして捕らえているのか知らないが、引き渡しても問題ないはずだ。俺たちはそのままここを去る、約束しようじゃないか」


 ……なるほど。

 いやまったくなるほどじゃないが、とりあえず、こいつらが「イールギット逮捕が魔王の得になる」と考えているらしいことはわかった。


 まあ、それは……普通に考えてそうか。

 イールギットが俺を襲いに魔王城ここまで来たことは知っているようだしな。

 元弟子とまでは想像しなかったんだろうが……


「国家反逆罪……などというご大層な罪を犯すような人間には、見えないんだがな」


「魔王がなにを……、いや、そんなこと関係ないだろう? それとも何か、対価が必要なのか」


「対価?」


「確かに、捕虜を引き渡すにもただでというのはない話。なにを用意すれば、イールギットを渡してもらえるんだ?」


 話の進みが早い。

 俺は納得していないんだぞ。

 そんな可能性、頭っから考えていないだろうがな。


 しかし……それを言うべきかどうか。

 言った結果、果たしてどうなるのか。

 いかんな。俺はまだ状況が呑みこめていない。

 最善手が見えないぞ。


「何を求める? 黄金か? 宝石か?」


「いらん。そんな物は」


「なら何だ? イールギットのかわりの人間か?」


「いや……」


「……まさか、イールギットの体を使って、邪法の実験などしているわけじゃないだろうな?」


「そんな趣味はない」


 だが、なるほどな。そういう疑いを持っての警戒か。

 実にシンプルな魔王観だが、否定はすまい。


「仮に魔王の手が加わっていても、そのまま持って帰ればいいわ」


 また魔法使いが口を挟む。


「任務の遂行が最優先でしょ? 生きてさえいれば、問題ないはず」

「話の通じそうな魔王さんじゃねえか。そうさせてもらおうぜ」


 槍を持った男も、魔法使いに同意した。

 話が通じるもなにも……

 いや。

 そうだな。


 俺のことを、そこらの凡百魔王と同じに考えているなら、それもよかろう。

 そういうふうに振る舞うまでだ。


「お前たちの言う通りにしたとしよう」


「! ああ」


「そうすれば、あのイールギットはまた俺を倒しに来てくれるか?」


「え?」


「より強くなって、より高度な技術で、より大きな魔力で、俺を殺しに来てくれるのか?」


「な……なにを……ふざけてるのか!?」


「それとも」


 視界の端で、アリーシャが剣に手をかける。

 彼女の肩に乗った猫が毛を逆立てる。


「お前たちが、かわりをつとめてくれるのか?」


「……くっ……やはり魔王か! 交渉する気はないんだな!?」


「話をする気がないやつに言われたくはないぞ、魔王とてさすがに」


「問答無用! 貴様を倒し、我々は任務を遂行する!」


 言葉とともに、剣士が突進してきた。

 当たり前のように聖剣なのだろうそれを、鋭く突きこんでくる。


 速い。

 が。

 速すぎるほどじゃない。


「でやあああああっ!」


 鋭い剣先を、俺は避けない。

 そのまま胸元をえぐられ――


「おっと……」


 ずいぶんな勢いだったので、うしろによろめいてしまう。

 めっちゃ押された。


「話す気がないなら、それで結構だが……」


「なっ……!? す、スキル<切れ味すごい上がるライジングソード>! うおおおおおおお!!」


「俺は聞きたい、というかだいたいは分かってるんだが、確かめたいところだからな」


「たりゃああああああ!!」「どけっ、俺がやる! ぬおおおお<なんでも貫けるわけウルトラじゃないけどそういうロンギ気持ちが大切な槍ヌス>!!」


「俺の納得がどうというより、あの子はこれからも成長していかなくてはならん。そのために必要なことだろう」


「うららららららああああ!!」「情けないわね男ども! くらえ<天空の炎よすべてをヘヴンズ焼き尽くしてくれたらストライうれしいな>!!」


「なによりうしろに控えるアリーシャが、てか、おいおい。まてまて。弱すぎないかお前ら」


 立ってるだけだぞ俺は。

 いやまあ、多少たかぶってはいるがな。

 直接戦うのも、ずいぶんと久しぶりなもんで……


 気持ちが入ると、血が熱くなるからな。

 全身を魔力が駆け巡って……いろいろと耐えられるようになる。

 今も確かに、気分が上がっている。


 だがな。

 俺との約束を果たしに来た弟子たちと、謁見の間で相まみえたとき。

 それに比べると、まだまだぜんぜんだぞ。


「お前ら、本当に……」


 イールギットの仲間だったのか?



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は1/28、19時ごろの更新です。


※28日追記

申し訳ありません、本日の更新を明日29日とさせていただきます。

出張先に小説ファイルの持ち込みを忘れてしまいました……

失礼いたしました。

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