第2章 テイマー
第37話
今日も魔王城は、闇の気配に満ち満ちている。
なにせその名の通り、この俺、魔王ゼルスの棲まう場所……
怒り。恨み。妬み。
ありとあらゆる負の感情が渦巻いていて、当然なのである。
今もまた。
暗き企みが鎌首をもたげる……
「ねぇ~~~んゼルス様あ~ん、いいでしょお~~~?」
くねくねと、ちみっこい全身をあやしく波打たせ、金髪ツインテの精霊がほざいた。
俺の侍従にして、大事な右腕。
しかし、こいつだけは……このマロネにだけは、油断するわけにはいくまいぞ。
「なにもぉ、悪いことに使おうってわけじゃあ、ぜんぜんないんですからあ~。ね~~~?」
「……だから……城を増築してほしいと?」
「そうです~!」
「おまえの眷属……闇の精霊たちが力を回復できるような、エナジーホールを?」
「きっとお役に立つと思うんですよお! ほら、アレです、対勇者迎撃のためにも!」
迎撃って……
城の中に入られた時点で、もう迎撃とは言わんだろ。
「うーん、でもなー……ただでさえこの城、広いし……」
「だからいいじゃないですか、今さら広間のひとつやふたつ増えても」
「いや俺、今ですらいまいち把握できてないしな? 部下に、なになにの
「魔王の立場でそれはどーなんですか……」
「いやほら、夜中とかトイレに起きたりするじゃん?」
「しません」
「ちょっと興がのって、のどの奥で低く笑ったりしながら無駄に足音響かせて城のなか歩き回ったりするじゃん?」
「しませんマジで。なにしてんスか」
「誰に見られてなくとも魔王っぽく振る舞おうというけなげな努力だろうが。ほめろ」
「さすがゼルス様すごーい。で?」
「気づいたら迷ったりしている」
「アリーシャたーん、なんか言ってあげて」
マロネが広間を振り返る。
いつも通りの謁見の間。
大きく開かれた入り口のそばに控えていた銀髪の少女が、マロネの声にこっちを見た。
「魔王様。夜は早くおやすみになりませんと、お体にさわります」
「やーんアリーシャたんやさしー。でもね、あのね、マロネが言ってほしかったのはね、そゆんじゃないの」
「はあ。では何を言えば?」
「目ぇかんで死ねこのアホ魔王がッ! ってゼルス様の目を見て言ってみて?」
「お断りいたします。それに、あの、マロネ様」
「なーに? このあとどうせゼルス様にシメられてしばらく死ぬから手短にね?」
わかってるなら余計なこと言うなよ。
「どうせ増築するならば……その。女性用の浴場を、もう少し広くなさるなどは、いかがでしょうか」
「お風呂? あー」
「お手洗いの必要はなくとも、マロネ様もお風呂には入られますよね」
風呂か? と俺は首をかしげた。
「そんなに狭いか? そりゃ悪かったな」
「あ、いえ。あの、そもそもわたしのような、人間の女性修行者のためにあつらえてくださったものですし、そういう意味ではたいへん広々とした大浴場で、もちろん不満などございません。ですが……」
「どうした? 遠慮なく言え」
「はい……その。もとは、雌雄の別なく水浴びをしていた魔族の方々までもが、マネなさるようになってきまして」
「へ?」
「ワイヴァーンのお嬢さんなども、ときおりいらっしゃるので。そうなると、その。お湯の量ともども」
なんだそりゃ、ぜんぜんしらなかった……
そんなことになっていたのか、我が城のお風呂事情。
「そ、それはすまん! 不便をかけたな、アリーシャ」
「そーです。謝るのですゼルス様。マロネにも」
「なんでだ」
「ゼルス様は城が広いとおっしゃいますけど、下々の者たちからは真逆の評判ですよ? わりと生活のこまごました部分からして」
「うっ。それは……自覚がないわけではないが」
「だいたい、ゼルス様の御力を考えれば、この城とて城下とて見合いません。もっと禍々しく瘴気立ちこめる城下に! 常時カミナリが轟いている魔王城! こんくらいなくては」
「嫌だそんなやかましい城」
そーゆーの好んで棲んでる魔王も少なくはないけどもさ。
「まあ、領地の再開発……特に魔王城まわりの整地なんかは、いまいちどちゃんとせねばな、とは思っているんだが」
「だが?」
「めんどくさい」
「なんて闇に満ちたお言葉。でもダメですよ! 増築だけはやってもらわないと! マロネが同胞をはべらせまくって、おやすみのたびにどんちゃん騒ぎできる広間を!」
「貴様それが本音か――」
先ほどの暴言も含め、己がツインテールを巻き付けられてコマとなる屈辱を味わわせてくれよう!
と、立ち上がった俺の耳に、
『ご注進!!』
謁見の間の外から、鋭い声が届いた。
**********
お読みくださり、ありがとうございます。
第2章の開幕です。
ここからは自転車操業で、毎日1話ずつの更新を目指しつつ、
書けなかったら無理しない、というスタンスでいってみようと思います。
詳しくはまた近況ノートにて。
次は11/30、19時ごろの更新です。
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