第106話 幕間~大樹界会議当日 後編~
ゲルマニウス達ドワーフ族代表とライネルリス達エルフ族代表が待つ議場に先に入ってきたのは、獣人族代表だった。
なぜそう言えるのか?
答えは至極簡単、ドワーフの係の者が開けた扉から入ってきたその姿は、全身が長い体毛で覆われていたからだ。
だが、その正体が獣人だと一目でわかる状況にもかかわらず、待ち受けていた全員の目に不信の二文字が宿っていた。
「お前は誰だ?今の獣人族の王、獣王は、狼の獣人だったはず」
そう問いかけたドワーフ族の元老の一人であるトラゼスだったが、それでも即座に偽者と決めつけられない事情があった。
ドワーフやエルフと違い、あらゆるタイプの獣人が共存する緩やかな共同体である獣人族では、王位継承は血統ではなく、強さで決定されるからだ。
そのせいもあって、王が代わるたびに方針が大きく変わることもしばしばあったため、一般レベルは別として歴代獣王との繋がりを持続させにくい点は、大樹界が一つに纏まらない大きな要因の一つとなっていた。
だが、当代の獣王は、強さだけでなく、人格、政治手腕ともに獣人族内での評判が非常に高く、この場にいるドワーフ族四元老やエルフの女王ライネルリスとも、顔見知り以上の関係を築いていた。
しかし、今彼らの前にいるのは猪の獣人。
両脇を固めている同種の獣人二人を従えるその巨躯は、獣王に選ばれてもおかしくないほどの風格だが、重要な外交の場でもある大樹界会議に、これまで各代表が事前通告なしに変更された例は一度としてなく、そのことを歴代の申し送りとして承知していたドワーフ、エルフの二族が警戒するのは当然のことだった。
そんな彼らを品定めでもするように無言で眺めていた猪の獣人だが、不意にニッカリと笑うと野太い声を議場に響かせた。
「いやー、すまんすまん。なにせ俺自身はゲルガンダールは初めてでな、本当は昨日のうちに着くはずが、道に迷っているうちにギリギリの時間になってしまった。まずは遅参を詫びよう」
まるで旧知の者に対するような語り口だが、もちろん猪の獣人がここにいる者たちの素性を知らないはずがない。
その上で猪の獣人の物おじしない態度に、一同はこの謎の獣人に対する評価を一段上げた。
そんな中で、ドワーフ族のゲルマニウスの脳内に、この人物ではという閃きが宿った。
「ひょっとして、あなたは現獣王の側近にして勇猛の将と称えられる、『巨獣将アングレン』殿ではありませんか?」
「おお、まさか俺の名を知っている御仁がここにおられようとは思わなかった!そう言う貴殿はゲルマニウス殿でよろしいか?」
「はい。獣王殿との手紙のやり取りで、あなたのことは承知していました」
「ワハハハハ!そうかそうか!あの方も獣人にしては筆まめなことだと思っていたが、一体どこで何が役に立つかわからんものだな!」
「歓談中に口をはさんで申し訳ないのだけれど、まずは席にお着きにならない?あなたの後ろの方々もお待ちになっているわよ、獣人の御方」
「む、おお、これは失礼した竜人族の方々よ。そうだな、事情を話すにもまずは腰を落ち着けるべきだな」
話が長引く様相を呈してきた絶妙なタイミングでライネルリスの助言が入り、アングレンと二人の従者は議場の中へと足を踏み入れた。
そして、その後ろにいたため影になって見えなかった、大樹界会議最後の種族がその姿を見せた。
姿を現したのは、この場にふさわしい実力者ばかりの亜人たちでも一目置かざるを得ない赤と青の竜人族二人、そして――
「んな!?」 「へえぇ」 「ほほお!!」
「あ、あなたは……?」
「いやー、俺がこんな所までしゃしゃり出てくるのもどうかと思ったんだけど、まともに会話できそうなのが他にいないんじゃしょうがないさね。お邪魔するさね」
「人族だと!?人族がなぜ竜人族と一緒におる!?」
そこに現れたのは、ドワーフのようにがっちりした小柄な体格でもなければ、エルフのようにとがった耳に線の細い色白の美形でもなければ、獣人のように長い体毛に覆われた箇所が一つもない、この場に入ることなど絶対にありえない種族、人族の男だった。
「まずは自己紹介させてもらうさね。俺の名はアーヴィン、本当は姓もあるんだけど、今は訳あって名乗れない身だから勘弁してほしいさね。職業は冒険者ギルドの冒険者、これでもSSランクを頂いてるさね」
「そんなことを聞いとるのではない!貴様、何の権利があってこの神聖な大樹界会議の議場に入ってきた!?警備は何をしておる!?」
「許可なら我らが出した。すべての交渉はこの男に任せてある」
最初にその声が議場に響いた時、誰もが見当はずれの方向へ目をやってしまった。
だが、その聞き覚えのない声を議場の内外を守る警備兵が出したとも思えず、最終的にその男、赤い髪を持つ竜人族のものだと認めることになった。
そのタイミングを見計らったかのように、赤髪の竜人族が再び口を開いた。
「普段なら我らが貴様らと対等に口を利くなどあり得ぬことだが、今回はその要を我らが王がお認めになられた。だが、貴様ら弱者の些細な
「つまり、アーヴィン殿の言葉は竜人族の総意と受け取っていいんですね?」
「そう聞こえなかったのか、土の精霊の眷属よ」
「……わかりました。そのように致しましょう」
「ゲルマニウス!?」
竜人族の傲慢をあっさり許した同輩を見て思わず声を上げた元老の一人、アンゲスだったが、まだ話は終わっていないという目をしたゲルマニウスを見て、立ち上げりかけた自分の体を元の位置に戻した。
「ですが、一つだけお聞かせください。この大樹界会議にすら滅多に姿を見せることのなかったあなた方竜人族が、何故今回に限って出席を通知してきたのかを」
ゲルマニウスとしては、あくまでドワーフ族の、そして亜人を代表する一人として意地を貫くつもり為の発言、つまり返答など期待していない問いかけだったが、まさか二人の竜人族が互いの目を合わせた後にまともに応じてくるとは予想だにしていなかった。
「よかろうゲルマニウスとやら、我らを畏れぬその勇気に免じて教えてやろう。少し前、我らの王は《世界樹》の力を観測した。そして我ら二人に、その原因の探索の命を下したのだ」
ガタッ
「そ、その話、本当なの?」
ほとんどの者が何のことかわからずにどう反応するべきか戸惑う中、ただ一人、エルフの女王ライネルリス=カイジュ=ティリンガその人だけが、いつもの社交的な仮面を外して立ち上がっていた。
「知らん」
「し、知らないって――」
「我らは王の命に従って行動するのみ。むしろ尋ねるのはこちらの方だ。《古き盟約》に乗っ取って訊く。ここにいる者たちの中で、世界樹、あるいは見たこともない樹木を見かけたものはいないか?」
赤髪の竜人族による異例としか言いようのない質問。
しかし、それに対する各種族の反応は極めて鈍かった。
「ドワーフ族では聞いたこともありません」
「獣人族も同じく」
「……私の元にもそんな話は届いていないわ」
「……そうか。我らの用はこれで済んだ。あとはこの代理と交渉しろ」
それぞれで軽く目を合わせて確認した後、同じ回答した三つの種族。
その中で生じたわずかな違いに気づいたのか否か、竜人族の二人は興味を失ったかのように強引に話を終わらせた。
その様子を確かめたゲルマニウスは、場を仕切りなおすためにやや上擦った声色で話し始めた。
「え、ええっと、それでは、大樹界会議を始めさせていただきます。進行はドワーフ族代表、ゲルマニウスが務めさせていただきます。まずは各種族の報告から――」
こうして、竜人族の参加という異例の幕開けとなった今回の大樹界会議だったが、それからは特に滞ることもなく各種族の報告が進み、いよいよ今回の最大の議題、魔王軍への対抗策に移ることになった。
「――と、行きたいところなのですが、ライネルリス殿」
「あら、なにかしら?」
「実は話を進める前に、あなたに謝っておかなければならないことがあるのです」
「……どういう意味かしら?」
「いや、ゲルマニウス殿、それは俺の方から説明するべきだろう」
そう言って二人の話に割り込んできたのは、先ほどの獣人族の報告において、その威圧的な外見からは想像もつかないほどに理知的に説明して見せた猪の獣人、アングレンだった。
「実はな、我が王とゲルマニウス殿の二人は以前からかなり親交を深めていたらしくてな、大樹界連合軍の構想も大分前から練っていたのだそうだ。ごく最近に至るまで我ら側近にも明かせぬ単なる夢物語の類いだったらしいのだが、これまで軍事的には不干渉のはずだった魔族の侵攻を受けるようになって、一気に現実化したというわけだ」
「……つまり、大樹界会議の前から貴方達はグルだった、そう捉えてもいいのかしら?」
「ぬ……」
「それは否定しません」
アングレンの裏切りともとれる説明に、一段声のトーンを落とすことで答えたライネルリス。
その冷徹な威圧に思わず言いよどむアングレンに代わって、開き直ったとしか言いようのない返事をしたのはゲルマニウスだった。
「あら、てっきり何か理屈をこねて丸め込もうとしてくると思ったのだけれど、違うのね」
「貴方相手に腹芸で太刀打ちできないのは、兄からよく言い聞かされていましたから。それに何より、対等な立場で連合軍を結成しようという時に、こちらが隠し事をしては成るものも成らないでしょう」
「そう」
簡潔ではあるが、意図の全く読めないライネルリスの返答。
結果、両者の間には視線のみが交錯し、竜人族以外の全員が固唾を飲む事態となった。
その時間は長いようで、その実ほんのわずかな時間で、沈黙は終わりを告げた。
「いいわ。私だって連合軍に賛成なんですもの。仲間外れにされたからって今更反故にするつもりはないわよ。今回は」
(あ、危なかった)
最後に添えられた言葉に戦慄しない者は、ハナから傍観に徹している竜人族以外にはいなかった。
エルフの女王の背後に控えるジルジュを含めて。
「それに、一番悪いのは、自分たちの里に引きこもって大樹界の変化に自ら疎くなっている私たちエルフ族ですもの。他人のことをどうこう言える立場ではないわ」
「そ、それでは」
「ええ、大樹界連合軍、改めてエルフ族は同意するわ」
「もちろん獣人族もだ!」
ドワーフ、エルフ、獣人の三族が稀に見る合意に至ろうとしたその時、
「あーーー、いい雰囲気なところ悪いんだけど、こっちとしてはこれだけは言っておかんといかんのさね」
そう言って自信なさげに手を上げてきたのは、前代未聞の人族の出席者であるアーヴィンだった。
「あ、すみません、勝手に盛り上がってしまって。……それは竜人族代表としての発言ですよね?」
「もちろん言うまでもないさね。俺は堅苦しいのが苦手なんで、単刀直入に言うさね。『竜人族は魔族を含めて他種族の争いに干渉しない』これが俺に託された竜人族のメッセージさね」
「……予想はしていました。というより、私にとってはこれまでと変わらない、私の知る竜人族のイメージではある意味予想通りの回答です。だからこそ尋ねなければならないことがあります」
「うん、そう来ると思ったさね。そこの二人と違って俺はどんな質問も受け付ける、それも依頼の内だからさね」
「では遠慮なく。なぜ、あえて口頭なのですか、アーヴィンさん?これまであなた方竜人族は立場表明もすべて書簡で済ませ、大樹界会議に出席してきたのは数えるほどだったと聞いています。それならば、今回あなたという代理を立ててまで直接私達に説明するのはなぜなのです?」
「もっともな疑問さね。んで、そう聞かれた時のみ、俺の依頼者から追加の説明をするようにと指示されているさね」
その言葉の意味を考えて、ゲルマニウスの心に苦いものが走った。
相手の知能を試すように情報を小出しにする竜人族の態度は、どう見てもこちらを小馬鹿にしているとしか思えなかったからだ。
そんな思いが顔に出ないように努力しながら議場を見渡すと、ライネルリスとアングレンが同様に微妙な表情を浮かべ、その元凶であるはずのアーヴィンが申し訳なさそうな顔でゲルマニウスを見ていた。
しかし、ゲルマニウスを含めて誰も表立って反論などしない。
それは、大樹界の歴史がどれだけ経とうと、ただ一つだけ存在し続ける絶対不変の掟のためだ。
強さこそ全て。
それぞれに得意不得意の分野があり、それがある種の調和と共存を生み出しているドワーフ、エルフ、獣人の三族と違い、孤高の存在である竜人族はたとえ三族が総力を結集したとしても絶対に敵うことのない圧倒的な戦力を有している。
そんな彼らに何かを強制することなど、大樹界会議の場ですら不可能なのだ。
「まあまあ、そんなに硬くなられると俺の方も言い出しにくいさね。それに、少なくとも今回はそんなに悪い話じゃないと思うさね」
「……伺いましょう」
議長という立場でなければここまで積極的に口を出すこともないのに、と思うゲルマニウスの心を知ってか知らずか、アーヴィンはとても言葉の通りとは思えないほど軽い語り口で話し始めた。
「『とはいえ、魔族に利するようなこともするつもりはない。もし、魔王軍が竜種を使役するようなことがあれば、我らはその個体のみを敵と見定め、滅ぼすことを誓おう』これがメッセージの続きさね。あ、でも、ワイバーンのような小者は自分たちで何とかしろ、とも言ってたさね」
「……いえ、それだけでも、万が一魔王軍と全面戦争になった時のことを考えると十分すぎるほどです。ありがとうございます、アーヴィンさん」
相変わらずの突き放すような竜人族の物言いだが、それでもゲルマニウスとしては感謝せざるを得なかった。
極限られた状況とはいえ、魔王軍の戦力を竜人族に任せることができることがどれほどありがたいことか。大樹界の結束を考えるうえでの重要性は計り知れなかった。
「いやいや、礼を言われるようなことは何もしていなさね。でも、魔王軍の中には死霊術でドラゴンゾンビを生み出したり、中には野良のドラゴンそのものを従える魔導師もいるって噂さね。それを考慮すると、確かにあんたたちにとっては小さくない話になるか」
「その通りです。少々自軍の駒が増えるより、相手の大駒が使用不能になる方がはるかに有益だということです」
「ま、竜人族にどんな思惑があるのかなんて、代理人に過ぎない俺には分からないさね。ただ一つ言えるのは、竜人族は一度交わした約束は自分たちの方からは決して反故にしない、それだけは確かさね」
「こちらからも約束を破らないように、精一杯努力します」
「ひとまず、俺の仕事はここまでさね。後は好きにやってくれさね」
そんな投げやりなアーヴィンの言葉で、世にも稀な竜人族の主張は終わりを告げたのだった。
それから、ゲルマニウスによる会議の進行は進み、最近の魔王軍による被害の具体的な洗い出しが始まったのだが、一見無造作に襲撃されていると思われた複数の集落に一つの共通点があることを、参加者の誰もが見出していた。
「これは……」
「セーン一族に過剰な戦力が投入されたと聞いた時から、もしかしたらとは思っていたけれど……」
「間違いないな。ドワーフ族の方でも、大樹界に点在するいくつかの交易拠点が襲われている」
「つまりこういうことですか?魔王軍はどういうわけか交通の要衝、つまり各種族の情報が集まりやすく、かつ伝達の速度に直結する拠点ばかりを狙っているということですか?」
「いや、厳密には、取り立てて特徴のない普通の集落もいくつか襲われてはいるが、普通ではない方がこれだけ襲われているとなると、我らへの目くらましの為だけに襲われたとみていいだろう」
「そんな……!?」
アングレン、ライネルリス、トゥーデンス、ゲルマニウスが厳しい顔で次々に声を上げる中、その様子を眺めていたアーヴィンがおもむろに口を開いた。
「なあ、一応聞いておくけど、そう言う場所ばかりが襲撃されたってえことはだ、大樹界を見張っていた監視網が破壊されたってことになるさね。それって、復旧はできてるのか?」
「いえ、少なくともドワーフ族では、生き残った人々の受け入れやゲルガンダールの警備で、今は手いっぱいです」
「エルフ族も似たようなものだわ」
「……言うのが遅くなってしまったのだが、おそらく被害の数、規模では獣人族が一番深刻だ。そのため、獣王様自らが事態の対処に当たられている。大樹界会議に出席できなかったのはそのせいだ」
「貴方、この会議の重要性を分かっているの?仮にも王を名乗るのなら、大所高所に立った視点で対応するべきでしょう?見たところ、貴方でも十分獣王の不在を守れると思うのだけれど」
「……も」
「なに?よく聞こえないわよ」
「何も知らぬエルフ風情が、知った口をきくなぁ!!」
それはまさに獣の咆哮。
厳ついながらもどこか愛嬌のある顔つきをしていたと思えたアングレンだったが、ライネルリスに向かって吠えたその表情は、怒りに狂った猛獣そのものだった。
「アングレン殿、ここは歴史ある大樹界会議の場です。どうか気をお鎮めください」
「フゥー、フゥー、……失礼した」
表面上は怒りを鎮めて席に座りなおしたアングレンを見届けた後、ゲルマニウスはライネルリスに厳しい目を向けた。
「ライネルリス殿、その発言を取り消してください。今のは完全に獣王殿への侮辱発言に当たります」
「……ゲルマニウス、あなた、事情を知っているのね?」
何かに感づいた様子のライネルリスに、落ち着き払った様子を崩さなかったゲルマニウスが頷いて見せた。
「数日前、獣王殿御本人から謝罪の書簡が届きました。『息子の集落が襲撃を受け、多数が戦死、あるいは行方不明』とのことです。ご子息とその奥方は瀕死の重傷、獣王殿のたった一人の孫娘は現在も行方不明だそうです」
「王には、俺を含めた側近が謀って、あえて残っていただいたのだ。無論無断でな。もちろん全ての罪は俺にある。役目を果たした後なら喜んでこの首を差し出そう」
「いえ!アングレン殿は、魔王軍と戦争になった際には一軍を率いていただくことが確実な、大樹界にとってなくてはならない御方。ライネルリス殿、ここはどうか私に免じて――」
「あーーー!わかってるわよ!私が言いすぎたってことくらい!だから二人とも頭を上げて頂戴!これじゃ一方的に私が悪いみたいじゃない!」
大小の違いはあれど、ともに筋肉質な体を持つゲルマニウスとアングレン。
その二人が華奢そのもののライネルリスに深々と頭を下げている様子は、端から見たらさぞ違和感のある光景に映ったことだろう。
珍しく額に汗をかきながら男二人を無理やり座らせたライネルリスは、精神的な疲れを隠す余裕もなくポツリと言った。
「それでも、あなたたち獣人のやったことは間違いだと、私は思うわ。私だって、一歩間違えたらここにいるジルジュとカイジュ叔父に二度と会えなくなっていたかもしれない。それでも、女王としてエルフ族の命運を背負っている以上、その責務から目を逸らしたらその分だけ同胞が死んでいくことを私は知っている。王とはそういうものでしょう?」
淡々と語るライネルリス。
それだけに、実のこもったエルフの女王の言葉に反論する者は誰もいなかった。
「話を中断させてごめんなさいね。それで、魔王軍への監視が緩まっている、ってことなのね?」
「……え、あひゃい!?」
何を隠そう、このなかでは一番政治の舞台の経験が少なく、ライネルリスの人となりを知らないアーヴィンだが(エルフこえー、と何度も密かにつぶやいていた)、当のエルフの女王に声を掛けられて素っ頓狂な声で返事をした。
「そ、そういうことさね。もし、復旧が出来ていないのなら、今は大樹界のどこの種族も魔王軍の動きを察知できていないことになるさね」
「だ、だがそれは推測にしかすぎまい。証拠も証人もいない状況で――」
思わず反論を投げかけるトラゼスに、なんとチ、チ、チ、と指を振って大胆不敵に否定してみせたアーヴィン。
――もしかしたらライネルリスへの恐怖で感覚がマヒしているのかもしれないが。
「確かに証拠はないが、証人ならちゃんとそこにいるさね。な、エルフ族の戦士殿?」
「あ、ああ。確かに、我がセーン一族の集落を襲ったのは、完全武装のオーク兵の部隊だった。しかもそれを率いていたのは、高位のアンデッドビーストを私の目の前で召喚して見せたほどの実力を持った、死霊術士だった。今頃は、魔王軍の主力は我が集落の辺りまで進軍してきている頃だろう」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください!!」
そこへ、場違いなほどの大声を上げて、傍らに用意していた大樹界の地図を広げながら会話を止めに入ったのは、本来進行を促す役目にあるはずのゲルマニウスだった。
「セーン一族の集落はどこですか!?」
「あ、ああ……ここだ」
ちらりと女王の方を見て承諾を得たジルジュは地図の一点を指差した。
「ドワーフの主な拠点がこことこことここ……獣人族はどのあたりですかアングレン殿!?」
「こことここだ」
「……なんてことだ」
二人に指差された箇所を、次々と線で結んでいったゲルマニウス。
そして、浮かび上がったのは、円に近い形に結びついた線と、その中心にあるゲルガンダールだった。
「もう疑いはないわね。魔王軍の真の狙いは――」
「ここ、ゲルガンダールか」
「衛兵!すぐにゲルガンダール全域に通達を!これより厳戒体制に移行――」
切羽詰まったゲルマニウスの大声を黙らせたのは、建物内はおろか周辺も厳粛な空気に満たされているはずの議場に響き渡った、一切の遠慮を感じさせない足音だった。
「伝令!伝令ーーー!ゲルガンダール周辺に魔王軍と思しき軍勢が出現!その数最低でも一万以上!」
魔王軍の侵攻に対してこちらから打って出るために開かれた大樹界会議。
だが、完全にその裏をかかれて各種族の代表が集まるゲルガンダールを攻められた事実に、議場の空気は凍り付いた。
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