第91話 敵を仕留め損ねた


 道案内のエルフの青年ジルジュと、追跡能力に長けたラキア、リリーシャの四人でのオーク部隊の追跡。

 最初は容易に見つかるかと思われたのだが、いざ蓋を開けてみれば思いの他難航することになった。

 というのも、オーク部隊はとりあえず逃走ルートを確保すると予想してセーン一族の集落の北側を捜索したのだが、まさかの空振りに終わったからだ。


「おかしい。確かに途中までの足取りは北に向かっていたのに、それがぷっつりと途絶えている。だが総勢五十人の大移動、見つからないはずがない……」


 ブツブツと独り言を言い続けるジルジュ。


 無理もない。ジルジュにとってここは自分の庭、そこで余所者を見つけられない事態など屈辱以外の何物でもないだろう。


「なあラキア、お前が見たっていうオークと、攫われてるエルフ達の進路っていうのは本当に間違いなかったのか?ひょっとして方角違いって可能性は――」


「何を言うかご主人様!これでも狩人の端くれ、方角の把握など基本中の基本だぞ!それによりにもよって従者を疑うとは何事か!謝罪のナデナデを要求する!」


 日に日にポンコツさとチョロさが増していくラキアの言われるがままに、自分の右手を彼女の頭に乗せながら、「そりゃそうだよな」と小さく独り言ちた。



「なあジルジュ、確認なんだが、俺が倒したオークは指揮官っぽかったよな?」


「あ、ああ。体格からしておそらくオークリーダー、それも上位種への進化の近い強力な個体だったと思う」


 俺の質問の相手、ジルジュはそう答えた。


「で、そいつを俺が倒したことで他のオークは逃げ出した」


「ああ、もしあのまま残りのオークが暴れていたらと思うとぞっとするが、何が言いたいのだ?」


「まあまあ、もうちょっと話に付き合え。で、その残りのオークなんだが、普通はあんな風に一つの方向に纏まって逃げるものなのか?」


「いや、それはありえない。たとえ魔王軍に属していようが、下級の魔物というものは自分より強い力に対してしか従わない。リーダーがいなくなれば奴らはたちまち好き勝手にバラバラの方向へ逃げ出すのが自然な行動――いや、待てよ」


「じゃあ、なんで奴らは同じ方向に、しかも纏まった状態で逃げたんだろうな?ひょっとしてだが、俺が倒したオーク以外にも奴らを統率している奴がいるんじゃないのか?」


「……オークリーダーか、それを上回る力の持ち主が他にもいるというのか?……確かに筋は通っている。だが、肝心のオーク部隊の居場所が分からないのだぞ?その仮説に何の意味がある?」


「そこで最後の確認だ」


 俺はそう言いながら、食って掛かろうとするジルジュの目の前に人差し指を立てた。


「これはオークに限った話じゃないんだが、魔物ってやつはより力の強い個体に従うんだよな?その『力』っていうのは、単純な腕力の話なのか?」


「いや、確かにその傾向が強いが、そうとばかりも言えん。たとえば何らかの方法で精神的に屈服させれば、上位の個体と認めて従うこともある。そう、例えば――まさか!?」


 突然驚愕の声を上げるジルジュに、俺は淡々と推測を告げる。


「不思議に思っていたんだよ。土地の者であるジルジュにラキアにリリーシャの三人、追跡という点では俺が考えうる限り最強の布陣で、どうして見つからないんだ?あの大人数、しかも人質付きでで逃げ切られたってのも考えにくい。なら答えは一つ、ラキアやリリーシャでは見つけられない方法で隠れてる、これしかないだろ」


「魔法か!ならすぐに長を呼んで看破の術を――」


「いや、その必要はないぞ。多分だが――見つけた」


 そう、オーク部隊が今も逃走中で俺達から距離を開けているしれない状況で、俺は何もただ突っ立って推理ゲームをしていたわけじゃない。

 話してる最中にも、俺なりの方法でずっと探索を続けていただけだ。

 ――まあ、残り可能性を潰すという意味でも、この会話は有意義ではあったが。


「ジルジュ、この場所から東に何がある?」


「……ちょっと行ったところに集落から一番近い龍脈があって、小さな祠を立てて『あるもの』を祀っている広場がある。だが、そこは周囲を崖に囲まれていて、隠れるのに適した場所とは言い難いぞ?」


「実際に発見できたってわけじゃないんだがな、俺の魔力感知を遮る何かがそこにしかないから、ダメ元でも行ってみる価値はあると思うぞ」


「ま、魔力感知!?タケト、お前まさか魔導師なのか?その外見で――痛っ!何をする!?」


「外見云々は余計だ。それに、俺自身魔導師の自覚なんか特にないんだからどうでもいいだろ。それよりも急ぐぞ、グズグズしてられないんだろ?」


 俺は手首の捻りだけで赤竜棍でジルジュの頭を軽く小突きながら、地中に広げていた魔力感知を閉じて歩き出した。


「ま、待て!その身のこなし、腕の立つ戦士かと思ったが、ここから遠く離れた祠まで感知できる魔法の実力の持ち主でもあるだと……?タケト、お前はいったい何者だ!?」


 なぜか仲間の救出を忘れたかのように俺のことに固執するジルジュ。


 ……はあ、こりゃ何か答えてやらないと収まりがつかない感じだな。


「ご主人様、どうしたのだ?」


 俺が立ち止まったのに気づいたラキアに手を振って先に行かせると、未だその場に立ち尽くしているジルジュにこう答えた。


「俺の名は竹田無双流免許皆伝、竹田武人。ただそれだけの男さ」






「……ビンゴ。やっぱりここに勢ぞろいしていたな。しかも指揮官っぽい奴のおまけつきと来た」


 俺の返答にわかったのかわからないのか、未だに微妙な顔をしているジルジュの案内でたどり着いた広場には、俺の推測通りに所狭しとオークがひしめいていた。

 俺達が隠れている茂みからはよく見えないが、その奥にちらほらとエルフらしき数人の姿と、なにやら大声で怒鳴り散らしているらしい、黒いローブを纏って鈍い金属の光沢を放つ杖を持ったオークの姿があった。


「あれはオークメイジ?それにあの杖はまさか――!?」


 俺の隣で身を潜めているジルジュから小さな驚きの声がその口から漏れた。


「おいジルジュ、余計なおしゃべりは後回しだ。それよりもあの奥、捕まった仲間は全員いるか?」


「あ、ああ、すまない取り乱した。一、二、三……確かに全員いるようだ」


「そうか。……どうもさっきからあの場所から嫌な感じがする。ジルジュも何か感じないか?」


「すまないが、私は魔法は攻撃専門でタケトの言うような才能はない。というより魔力感知自体が希少な才能なんだぞ?魔導師なら知ってて当たり前の常識を、なんでお前は知らないんだ?」


「だから言っただろ、俺は魔導師なんかじゃないからそう言われても分からん。あとさっきから気になっていたんだが、あのオークメイジ、めちゃくちゃ怒ってないか?」


 俺の視線の先で遠目に映るローブ姿のオークは、とても魔法を操ることができると思えないほど怒り狂った表情で部下のオークに当たり散らしていた。


「ああ、常に冷静でいることを強いられる魔導師が、しかも戦いの最中に激高するなどありえん。何かよほどのことが――いや、原因は言うまでもないのだったな」


 まあ、俺達だろうな。

 どうやら俺達がセーン一族の危機を奴らから救ったことが、よほどお気に召さなかったらしい。


「だが妙だな」


「なんだ、何が妙なんだ?」


「考えてもみろジルジュ、俺は確かにオークの指揮官を討って奴らを撤退させた。だがオークの生き残りは六十はいる。その上、オークメイジという指揮官が残っていた以上、明らかにおかしい点がある」


「なんだ!?言うなら早く言え!」


 さすがに今度は場を弁えていたらしく、小声で叫んだジルジュ。


「あいつらの目的は襲撃そのものじゃなかったんじゃないか?いや、別に襲撃の意図がなかったって言ってるわけじゃない。襲撃はあくまで手段で他に真の目的が、そう、例えばあそこに囚われているエルフたちとか、な」


「なんだと!?……いや、まさか、二百年前のことだぞ?他に知る者がいるはずが――」


「ジルジュ、考え事してるとこ悪いが、そんな余裕はなくなったようだぞ」


「何を――クソッ、アイツら!?」


 その時、俺とジルジュの視線の先に囚われていたエルフの女性や子供、合わせて十人がオークメイジの前に引き出される光景が飛び込んできた。


 恐怖に震える全員が一列に並ばされ、それぞれの背後にはオークが武器を持って立っている。

 そしてオークメイジが何かを叫んだあと、エルフたちから一際大きな悲鳴が上がった。


 ……どう見ても最悪の結末しか浮かばないな。

 そう確信した俺はオーク達に見つかる危険を無視して立ち上がった。


「……これ以上は待てないか、行くぞジルジュ」


「行くってまさか――正面から突っ込む気か!?」


「それしか手はなさそうだからな。別に無理してついてこなくてもいいんだぞ?」


「バカな!?あそこに囚われているのは私の仲間だぞ!?ここで見捨てるセーン一族の戦士など一人もいない!」


「そうか、じゃあ行くとする、か!!」


 俺はジルジュと会話しながら背負い籠から一本の竹槍を掴み出すと、魔力充填もそこそこにオークの固まっている箇所に向けて無造作にぶん投げた。


 ヴオォッ      パガアアアァァァン!!


「ピギイイイイイイイイイィィィアァ――!!」


「俺は左をやる!右は頼んだぞ!」


「任せておけ!」


 そうジルジュに声をかけながら、懐から竹串手裏剣を三本取り出してこちらに弓を向けようとしたオークの顔面目掛けて投げつけて無力化した。


「ぉおおおおおおっ!!」


 俺は雄たけびを上げて進行方向のオークをけん制しながら、囚われているエルフたちを守るために敵集団の中に飛び込んだ。


 一見すると竹槍よりも攻撃力に欠けていそうな赤竜棍だが、その極めて単純な構造は武器としての使い方を選ばないという利点にもなる。

 だから、竹槍と違って敵の体に突き刺さって抜けなくなるという心配もないし、ドンケス謹製だけあって非常に頑丈にできている赤竜棍ならこんな離れ業もできるというわけだ。


「はっ、せいっ、だりゃああああああっ!!」


 前方に三連突きを放った後、背後のオークに振り向きついでに横薙ぎの一撃、さらに背後の一体の顎をカチ上げた次の瞬間に連結を解除、数体を巻き込みながらエルフの女性に近づこうとしたオークに痛撃をくらわせた。


「近寄る奴には容赦しねえぞ!!」


 そう叫んだ俺の啖呵が効いたのか、周囲から一時的に敵がいなくなったのを確かめて、俺は右方に目をやった。


「大気の精霊よ、我が呼びかけに応じ敵を討つ力を授けたまえ、エアロクレイモア!!」


「ブギイイイィィィ!?」


 その力ある言葉が終わった瞬間、ジルジュの前に立っていたオークが驚愕の声を上げながら倒れ伏した。


 それをやってのけたエルフの戦士の手には、緑色に輝く透明な大剣が握られていた。

 その姿は、俺と出会った時の瀕死の状態だった男とはまるで別人のように凛々しかった。


 ……最初は初対面なのに重荷だったかと思ったが、あれなら任せて大丈夫だな。


 それからしばらくの間、俺はジルジュとともにその場で暴れ続けた。

 突き、払い、打ちのひたすらの繰り返し。

 爺ちゃんとの稽古をなぞるように、しかし決して目の前の敵を侮らぬように無心に赤竜棍を振るい続ける。


 そうして、俺の手によって倒され動かなくなった完全武装のオークが二十を超えた時、


「もういいどけ!ザコに任せたのが間違いだった!ワガハイがやる!」


 黒いローブに鈍い光を放つ杖を持ったオークメイジが、俺とジルジュの前に距離を開けた状態で姿を現した。


「――、~~~~~~、………………」


 この距離では聞き取れないほどの小声のオークメイジの呪文詠唱。

 しかし、その周囲に急速に集まりつつある魔力の量が、尋常ならざる事態を俺に教えていた。


「フアハハハハハ!ワガハイが生み出す地獄の炎に焼かれるがいい!!カオ――」


「今だやれ!!」


 ゥゥゥウヴン   ヒュカッ


「――スふれ、れ、れ――あれ?」


 カクン ドサッ


 自分の身に起きていることが理解できない、そんな戸惑いを声に出しながらオークメイジはゆっくりと横倒しに倒れた。

 その胸に、俺の指示で崖上に潜んだラキアが狙撃した矢を生やしたままで。


「ご主人様ーーー!」


 大声と共にこちらに向かってぶんぶんと手を振ってくるラキアに軽く振り返しながら、俺は囚われていたエルフたちの元へ近づいた。

 オークメイジの生死を確かめたりはしないし、その必要はないと確信している。

 ラキアが警戒を解いて俺に手を振ってきた以上は絶命しているのは確実だし、俺の目から見ても同意見だったからだ。

 残っているオーク兵にも最低限の注意を払うだけに留める。

 今度こそ指揮官を失ったオーク達が動揺しまくっているのは呆然とする様子から言っても一目瞭然だったし、向こうに戦意がないのならエルフたちの救出が優先の俺の方から仕掛ける必要はなかったからだ。


 だが――


「タケト、確認したが攫われた仲間はこれで全員だ。何と礼を言えばいいか――」


「……ジルジュ、問答は後回しだ。すぐにその人たちを連れてこの場から離れろ」


「な、何を急に――」


「いいから急げ!!」


 なおも話を続けようとするジルジュを一喝して黙らせ、戸惑う彼らを広場から離れさせる。


 理由は単純明快。

 この広場に来た時に感じた嫌な予感が一向に消えていなかったからだ。


「タケト!!」


 三度声をかけてきたジルジュ。

 だがその視線は俺に向けられたものではなく別の方角、広場の中央を見ていることに気づき、とっさに振り返り、動くはずのないものがゆっくりと起き上がる姿を見つけた。


「――く、ぐグぐぐ、まさカ導師にかけテいたダいた死霊の秘法がコんな形でヤくに立つとは!おのれおのれオノレエエエエエエエエエェェェ!!」


 ラキアの矢が急所に刺さったままの、確実に絶命していたはずのオークメイジが絶叫した。


「こうなれバしかタがない、予備の計画ヲつかウまでダ。喜べ、きさマラやくタたずを有効ニつかッテやるゾ!!」


 その言葉と共に、広場の中心に立っていたオークメイジが自分の杖を地面に突き立てた瞬間、それまで鈍い光を放っていた杖がひときわ強く輝いたかと思うと、地中から黒一色に彩られた邪悪な風が吹き荒れ――


「ギュアアアアアア!!」「ギピイイイッ!?」「ウゲゲゲゲゲゲフッ!」


 かろうじて広場から脱出していた俺達の方ではなく、自分の部下であるはずのオークを広場ごと飲み込んだ。


「……まずい、あれは間違いなく死霊魔法、しかも多くの命を捧げることと引き換えに、死んだ肉体に強制的に魂を呼び戻して復活させる反魂の秘法だ……」


 断続的に絶叫が響き渡る黒い風に覆われた広場を、呆然と見つめながら呟くジルジュ。


「御託はいい、あの広場に祠があったってことは何かをまつっていたんだろ?ジルジュ、あそこには何があるんだ!?」


「……あの祠は二百年前、私たちセーン一族がある危機に瀕した時、ドンケス殿に救っていただいた恩を忘れぬために建てられたものだ。そして、その元凶たる大魔獣の魂を鎮めるための慰霊碑でもある……」


「なら、オークメイジの目的は――」


「地中深くに眠る大魔獣を復活させるつもりだ。セーン一族の秘中の秘をどこでどうやって知ったのか、信じがたいことだがそれ以外考えられん」


 ジルジュから情報を得ながら、死を運ぶ黒い風に迂闊に手が出せずに事態を見守っていたが、やがてオークの絶叫も聞こえなくなり、次第に黒い風も晴れてきた。

 やがて見えてきたのは、数十体はいたはずのオークの肉体が全て消え、そして広場の中央でたった一人高笑いする、アンデッドと化したらしいオークメイジの姿だった。


「ははハ、ハハハハははははははハハ!!導師のカンぺきな計画を邪魔しタ愚カものどモが!!無尽蔵に動き続けられる死霊魔法の恐ロしさをその身に刻んで――死ねエ!!」


 ビキ ビキビキキッ!!


 その時、オークメイジの背後の地面に亀裂が入り、その裂け目からゆっくりと巨大な何かが姿を現し始めた。


「……ジルジュ、さっさと行け。集落までたどり着けば、あとはドンケスが何とかしてくれるだろう。ここは俺が引き受ける。おっと、問答はなしだ、まずは仲間の安全を優先しろ」


 俺はその場で呆然としたままのジルジュ達にそう促すと、改めて赤竜棍を握る感触を確かめた。


 さて、黒竜以来の強敵、この新しい得物でどこまでやれるか、試してみるとするか。

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