第87話 大樹界とハイドワーフに翻弄された
ザシュ ギイイイィィァァァ――
ザシュ ギギギギ――
ザシュ グギギギイイイィィィ――
「っだああああ!キリがねえ!」
「口を動かす暇があったら手を動かせ。そこ、右の茂みから三匹来たぞ」
ドンケスの指示で襲い掛かってきたゴブリン三匹を振り向きざまに竹槍を一閃、
グッ ギッ ゲヘッ
三匹まとめて首の骨をへし折りながら吹き飛ばした。
「すまないご主人様!対処が遅れた!」
ラキアが俺に謝りながら、同じタイミングで左から接近してきたゴブリン四匹それぞれの胸に一度に矢を突き立てた。
「ち、たかがゴブリンでも一匹は一匹、これだけの数になると手間がかかる」
そう言いながら、足元に転がっているゴブリンが着ている布切れで真っ赤に染まったナイフの血と油を
山火事によって荒野と化した山岳地帯から大樹界の色口である森林地帯へ入ったのがちょうど昼頃、それからまだ日は十分高い時間だったが、魔物による襲撃はこれで五度目を数えていた。
「それにしても出てきたのが見事にゴブリンだけ、それも軽く五十体を超えやがった。一体どうなってるんだ?」
そう言いながら、人数分の竹筒の水筒を背負い籠から出して三人に渡した後、自分の分を一気に
思えば、強敵や大軍を相手にしたことはあっても、自分の命を惜しむ知能すらない敵を、しかも断続的に迎え撃った経験なんてなかったな。
しかも奴ら、ここは自分たちの縄張りだと言わんばかりに木々や茂みを利用してあちこちから奇襲を仕掛けてきやがる。
人間以外の動物が脅威ではなくなった元の世界では考えられん状況だな。
「おそらくはゴブリン共が密集する区域に入り込んでしまったのだろう。周囲を駆除したところでまた次々とやってくる。さっさと進んで抜けてしまった方がいいな」
唯一大樹界を知るドンケスの言葉に、俺を含めた全員が頷いた。
「だがドンケス、なんでゴブリンが密集する区域に飛び込むような真似をしたんだ?この先何があるかわからない以上、むやみな戦闘は避けたいんだが」
「そのことだがな……実はワシが選んだルートは魔物のいるテリトリーを外して進んでおる、はずだった」
「いや、はずだったって……」
「うむ、どうやら例の山火事で、焼失した森に住んでいた魔物が無事だった森へ移動したせいで、森の生態が激変してしまったらしいな」
「じゃあ、この先は……」
「どんな魔物がいつどこで飛び出してくるか、ワシにもわからん」
あっけらかんと物騒な言葉を口にしたドンケス。
「なんと!それはこの先楽しみだな!」
「うわさに聞いていた大樹界。楽な道行きではつまらんと思っていたところだ」
「………………」
なぜか戦闘狂のようなことを言うアホな子二人組とは違い、突然降って湧いたヤバい状況に絶句する俺がいた。
「まあ安心しろ。魔物の勢力図がおかしくなっているのは弱い魔物しか出てこん外周部だけで、奥地へ行けば山火事の影響は少なくなる、はずだ。奥地へ行けさせすればワシの記憶が役に立つ。それにいつまでもここで足踏みしていると――」
ズダン!! ズズウウウン
途中で言葉を切ったドンケスが白銀の大戦斧を近くの木に向かって一閃、その陰に隠れていたゴブリンごと両断した。
「こうやってまた魔物が集まってくる。さあ、もう休憩は十分だろう、さっさと進むぞ」
そのドンケスの言葉を合図に、ラキアとリリーシャがまるで示し合わせたように前に進み始めた。
自然と三人の後ろを守る形となった俺は、背後に迫っていたゴブリンの頭部に振り向くことなく竹槍を片手で引き回して直撃させ、背負い籠に竹筒をしまい一歩を踏み出した。
ガッ ガガガッ ドオォン!!
「グギギギギ、ガフッ――」
「っだああああああっ!キリがねえ!?」
ちょっと前にも同じようなセリフを言ったような気がしたが、あいにく今の俺には過去を振り返っている余裕はなかった。
「タケト!さっさとそっちを片付けてラキアの援護に回れ!今はワシも手が離せん!」
「ご主人様!矢を回収する時間を作ってくれ!もうすぐ矢のストックが尽きる!」
「矢の回収は私がやる!先に左後方から来る三体をやれ!あれがこっちに来たらやっかいだ!」
「ちくしょう!誰だよまだこの辺なら弱い魔物しか出ないって言ったのは!?」
ラキアに迫りつつあった敵の右目に竹手裏剣を投げつけ無力化、返す手で竹槍を両手で構えて反対側から来た敵――オーガをけん制した。
「はずだ、と言っただろうが!まさかオーガの群れに遭遇するなぞ誰が予想できるか!」
そう返してきたドンケスは一度に五体のオーガを相手にしながら、白銀の大戦斧を振るって一体一体確実に仕留めていく。
あのオーガキングを仕留めた技を使わないのは、派手な攻撃をして他の魔物を呼び寄せないためだろうか。
「ラキア!とりあえず集められるだけ集めてきたぞ!」
「助かる!――よし、これでどうだ!」
リリーシャに回収してもらった矢を矢筒ごと受け取ったラキアは、あの時のオーガキングほどではないがひと際大きな個体に向かって全力の矢を放った。
「グガアアアアアアァァァ!!」
狙い通りオーガの右目に命中するが致命傷には至らなかったらしく、それまでの嘲り切った余裕の表情から一変、怒りに任せてこっちに突撃してきた。
「タケト!おそらくそいつがオーガリーダーだ!そいつさえ倒せばあとのザコは勝手に退いていく!一撃で仕留めろ!」
よし――なら、あとのことは考えなくてもいいよな。
俺はラキアの前に回り込みながら竹槍を右手で逆手に持つと、迫ってくるオーガリーダーを警戒させないように少しづつ魔力を込め始めた。
「グググ、ガアアアッ!!」
そして、ラキアの前に立つ俺とオーガリーダーの間に障害物がなくなったと確信したその時、竹槍に込める魔力の量を一気に引き上げた。
キイイイイイイイイイィィィン!!
「グギャ!?」
生命の危機を感じ取ったオーガリーダーが急停止して反転しようとするが、もう遅い。
「すううう――ふっ!!」
俺はオーガリーダーが完全に背を向けたタイミングを見計らって、大量の魔力を込められて悲鳴を上げつつあった竹槍を思いっきり前に向かってぶん投げた。
――ゥゥゥウヴオォォン カッ パアアアァンッ!!
唸りをあげながら飛んでいった竹槍は見事オーガリーダーの背中に命中、以前オークナイトに対して使った時よりかなり威力を抑えられたその投擲の一撃は、それでも頑丈なはずのオーガリーダーの上半身を文字通り吹き飛ばした。
「――ふうっ、よっしゃ次!……って、はやっ」
自分の攻撃の成果を確認した俺は、油断することなくアイテムボックス化した背負い籠から二本目の竹槍を取り出すと両手で構えた。
が、オーガリーダーの死を知った他のオーガは脇目も降らずにバラバラの方向へと退散、残ったのは俺達四人と、十体は優に超えたオーガの死体だけだった。
「おいドワーフ!話が違うではないか!さすがにオーガの群れに突っ込むとは聞いていないぞ!」
息つく間もなくそう大声を出したのはリリーシャだ。
どうやらオーガキングを倒した時にドンケスに対して見せた畏敬の念は、どこかに吹き飛んでしまったらしい。
まあ、リリーシャが言わなかったら俺が怒鳴ってただろうがな。
「今のはただの不運だ。そう目くじらを立てるな」
「何かきな臭いと言った私の意見を無視して、勝手に進んだのはお前だろうが!」
そう、ただ運が悪いだけなら誰も文句は言わない。
だが「ここはワシの庭みたいなものだ」と言って先頭を歩いた挙句、見事にオーガの群れのど真ん中に出くわしてしまったドンケスを擁護する者は一人もいなかった。
――あの滅多なことでは他人を責めないラキアでさえ、ドンケスのことをジト目で見ていた。
「しかしドンケス、さすがにアレはないだろ。ぶっちゃけラキアとリリーシャが居なかったら、俺たち二人だけでオーガの群れを相手にするのは厳しかったと思うぞ」
「む、……わかったわかった、今度からはちゃんと貴様らの意見も聞く、それでよかろう。……しかしおかしい。はぐれた一体ならともかく、さすがにこんな外周部でオーガの群れが出てくるはずがないのだが……」
「確か、へ進むほど強い魔物が出てくる、だっけか」
「うむ、大樹界は奥へ行くほどより多くの魔力を蓄えた植物が生えるのでな。それを求めて草食の、さらには肉食の動物が集まるようになり、やがて大樹界の中央部を頂点とした食物連鎖が成立するようになったというのが、大樹界誕生の最有力の説だな」
なるほどな。
だが、そうなってくると当然一つの疑問が生まれてくる。
「こう言っちゃなんだが、亜人たちはよくそんな場所で生活する気になるな。大樹界の奥地で暮らすなんて、控えめに言っても戦場で暮らすようなものだろうに」
「何を言っとるんだタケト、魔物が大樹界の恩恵を受けるのなら、亜人もまた同様であるに決まっておるだろうが」
「どういうことだ?」
「ワシのさっきの戦いを見ただろう。どう思った?」
「さっきのって、オーガキングとのやつか?……まあ、人族には真似できない、まさにドワーフ特有の戦い方だって思ったが」
「その通り。そしてそんなワシの力を授けたのもまた、この大樹界というわけだ」
……ん?ちょっと待てよ、ということはもしかして――
「ひょっとして亜人ってのは、この大樹界でしか生まれない?」
「厳密には違うが、今は
「……リリーシャがお前のことを変わり者だって言った意味がよくわかったよ。なにしろ、その高位亜人であるハイドワーフ様が人族の辺境の村に住み着いてるんだからな」
「そのおかげで、タケトは自分の武器を作れる目途が立ったことも忘れるなよ。――さあ、そろそろ出発だ。オーガの素材は惜しいが、もうすぐ日が暮れる。その前に安心して眠れる今日の寝床を確保せねばならん」
オーガの死体を椅子代わりにして休憩していたドンケスが勢いよく立ち上がった。
……オーガの群れとの戦いを引きずってて今気づいたが、ワイルドすぎだろドンケス。
「安心して、って当てはあるのか?またいきなり襲われるくらいなら仮眠程度の方がいいと思うんだが」
「心配するな。今度こそは大丈夫だ。なにせこれから向かうのは、大樹界でも数少ない魔物が寄ってこない安全地帯だからな。そこで今後の予定をしっかり立てるとしよう」
そう自信たっぷりに宣言してズンズン前を歩きだしたドンケス。
さすがに右も左もわからない状況ではこれ以上文句を言うわけにもいかず、そこはかとない不安をラキアとリリーシャと俺の三人で共有しながら後を追いかけるのだった。
その後も、数えるのも馬鹿らしくなるほど魔物の襲撃を受け続けた俺達四人は、予定の時間を大幅にオーバーしつつもなんとか日が完全に落ちる前に、ドンケスが言っていた安全地帯に飛び込むことに成功した。
近くに小さな泉がありまばらに木が立っているその安全地帯は、万が一魔物の襲撃を受けても余裕をもって迎撃できるだけのスペースがあった。
「この状況では火を起こすのも危険だな。今日は予定外のことが起きすぎた、さっさと寝て話は明日することにしよう」
一応リーダーであるドンケスの言葉に、俺を含めた三人に異論があるはずもなく、村で作っておいたタケノコおにぎりで簡単な夕食を済ませた後、竹で作った簡易ベッドを設置して眠りにつくことになった。
はずだった。
ガサ
ガサガサ
ガサガサガサガサ
ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ
「っだああああああああああああっ!!うるせ………………え?」
何かが
ガササ
安全地帯にたどり着いた時にはまばらに立っていたはずのすべての木々が、俺達に向かって迫ってきている光景だった。
「うおわあああああああああっ、『笹群れ!!』」
久々に詠唱付きで発動させた俺の魔法。
最低限の詠唱で地面を突き破って出現した百本ほどの竹に俺たちの周りを囲ませることで、目前まで迫っていた
……ヤ、ヤバかった、あと少し遅かったらガードが間に合わないほど接近されていた……
「――む、なんだ騒々しい。何をしているタケト、明日は早いのだ、遊んでないで早く寝ろ」
「バカ!ドンケス!バカ!外を見てみろ!バカ!」
……うん、セリフがおかしくなっている自覚はある。
しかし、蠢く大量の木が自分の元に迫ってきている光景を想像してほしい。
少しはパニックになった俺の気持ちを分かってくれるはずだ。
「なんだ藪から棒に――あ、あれはトレント!?なぜこんなところに!?」
「お前言ったよな!?ここは魔物が寄ってこない安全地帯だって!じゃああれはなんだ!?」
「落ち着けタケト、あれは確かに魔物ではない。言うなれば妖精の一種、大樹界のマナが生み出したこの世の理から半分逸脱した存在だ。少なくともあれを生物と呼ばぬ」
「よ、妖精!?――な、なんだ驚かせやがって、害はないんじゃないか」
ちょっと俺の知っている妖精とは趣が違うが、せいぜいイタズラをする程度なら何の問題もない。
「何を馬鹿なことを言っとるんだ、トレントは近くの生物を根や枝で拘束して死ぬまで養分を吸い続ける危険な存在だぞ。そういう意味ではタケトのとった行動は実に的確だった。見事だぞ」
「見事にやらかしてくれたのはお前の方だああああああっ!!」
人目もはばからずにここまで派手に叫んだのはいつ以来だろう?
そんな関係ない思考で逃避しないと目の前のハイドワーフの首を絞めてしまうそうなほど、俺は怒り狂っていた。
「し、仕方がなかろう!本来は大樹界でも最奥地にしか生息していない上に移動速度が遅いトレントが、こんな外周部に集団で来ているなど誰が想像できるか!」
「そう言ってお前の予想が外れたのはもう何回目だ!いい加減にしろこの野郎!」
「なんだと貴様!人が下手に出ていればいい気になりおって!少しは年長者を敬え!」
「敬える相手なら赤ん坊だって敬ってやるよ!本当に敬えればな!」
「おのれ馬鹿にしおって!こうしてくれる!」
「やったなこの野郎!」
狭い竹の防護壁の中で取っ組み合いのケンカを始めた俺とドンケス。
サバイバルに等しいこの旅で一番やってはいけなかったはずの仲間割れを起こしてしまったのだが、すぐそばで聞いていたはずのラキアとリリーシャはというと――
「むにゃむにゃ、ご主人様、もっと頭をなでるのだ……」
「すやぁ――」
完全に熟睡して、結局朝になるまで起きることはなかった。
後で、少しでいいからそのアホ成分を分けてほしいと本気で思った。
ちなみにケンカの結末だが、種族的に圧倒的に体力と筋力で勝るドンケスに物の一分で地面に抑え込まれた後、チョークスリーパーで再び眠りの世界へといざなわれてしまった。
ハイドワーフ半端ねえと思いながら意識を失ったのだった。
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