第75話 弟子問題を考えた


 まだ夜も明けきらぬ頃、黒竜の後始末のくだりを思い出しながら、朝食前に黒竜退治の反動で固まった体の筋肉をほぐす朝のストレッチを、自宅前の広場で着流し山袴草履のいで立ちでしていると、珍しい人物が竹林の向こうから歩いてくるのが見えた。


「いやはやタケト殿、お久しぶりですな」


「ああ、同じ村の中にいるのに、なんでか会わないよな、ニールセン」


 俺の前に立ったのは、紆余曲折あったのちになぜか俺を慕ってコルリ村に住み着いた、元凄腕の冒険者のニールセンだった。


「私もなんとかタケト殿と会う時間を作ろうと思っていたのですが、何度か頼みごとを引き受けているうちにあれよあれよという間に多忙の身となりましてな。それでこんな早い時間にお邪魔させていただいたというわけです」


 さもありなん。

 なにしろこのニールセンは、一度は貴族の家臣に成り上がったものの、とある事情で盗賊団の首領に転身、一時は三百人の配下を抱えるほどのリーダーシップを発揮していた人物だ。

 責任感の強い男のようだから、すぐにコルリ村の住人から信頼されてあれこれ頼まれるようになったのは想像に難くない。


「そう言えば、いつか聞こう聞こうと思っていたんだが、確か盗賊団のメンバーと一緒に開拓村へ行ったんじゃなかったのか?そっちはどうなったんだ?」


「ええ、おっしゃる通り、私たちは近衛騎士カトレア様の温情でとある開拓村の一つをあてがわれて、そこで暮らしが立つように奮闘していました。どうにか最初の難関を乗り越えて安定した作物の生産の目途が立ったころ、タケト殿に師事したいという私の希望を知っていた村のみんなから背中を押される形で、タケト殿の行方を尋ねる旅に出たのです」


 ニールセンも自分が望んだこととはいえ開拓村を出て苦難の旅が始まるかと思ったそうなのだが、意外にも情報を求めて最初に訪れた大きな街で手がかりを掴むことができたのだという。


「いやいや、まさか開拓村から一番近い大都市であるシューデルガンドでいきなりタケト殿の噂を聞くことができるとは夢にも思いませんでした。いやあ、僥倖以外の何物でもありませんでした」


 俺の魔法のことを知っていたニールセンは、偶然にも俺が作った竹細工を街で見かけて聞き込みを行った結果、俺がシューデルガンドにいたという事実を掴んだらしい。

 とはいえ、俺の名前はカトレアさんとセリカによって情報を秘匿していたはずだから、言うほど簡単な話ではない。

 元凄腕の冒険者というニールセンの肩書は、腕っぷし以外の分野でも伊達ではないようだ。


「と言っても、肝心のタケト殿の居所がどう捜してもとんと手がかりがつかめずに困っていたのですが、シューデルガンドよりさらに東に妙な木に囲まれた村があるという風の噂に聞いてピンときまして、先回りしてタケト殿をお待ちしていたというわけです」


「そうか、それはまた大変だったな。それとすまなかったな、あの時はカトレアさんの手前もあって行き先を教えるわけにもいかなかったんだ」


「なんの、盗賊をやっていた頃の、常に追手を気にしていた先の見えない暮らしとは、比べるまでもありませんよ。やはり目標とする人物と出会い、こうして近くにいることができるだけで充実した毎日を送れるものなのですな」


 そう、なんとも満ち足りた表情で話すニールセン。

 どうやらその目標とやらは俺のことらしいが、べた褒めされた身としては嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気分だ。


 おっと、話が脱線してしまった。


「そう言えばニールセン、俺に何か話があったんじゃないのか?」


「おお、そうでした。いえ、私もこの村に来てそれなりに時が経ちましたし、今更蒸し返すのもどうかと思ったのですが、やはりここは一度言葉にしておくべきかと思いまして」


「なんの話か分からないが、何でも言ってくれ。ニールセンが来てから、も含めて村のみんなもすごく助かっている。何か引っかかっていることがあるならできる限り力になるぞ」


 俺の言ったことはお世辞でも誇張でも何でもない。

 実際、冒険者として豊富な経験と実績を持つニールセンが来てから、急激に規模が拡大しつつある村の運営にずいぶんと貢献してくれていると、マーシュとセリカから話を聞いていた。

 特にコルリ村周辺の豊かな食料を狙った魔物に対する警備に関しては、今ではニールセンの協力が欠かせないほどで、村の警備隊長の座に何となく収まっているとのことだ。


 近いうちにセリカのことも含めて、正式に役職を決めておくべきだな。


 ああ、さてはそのことかと俺が高をくくったのを見透かされたわけではないのだろうが、ニールセンは俺の予想の斜め上、というより真向唐竹割の一撃をくらわしてきた。


「タケト殿、次に会った時に私を弟子にしてもらえるとの話はどうなりましたか?」


「………………ん?」


「いえですから、以前一騎打ちをした後にお願いした弟子入りの件を――まさか私の一世一代の決心を忘れてしまったわけではないでしょうな?」


 さすがはかつて蒼刃のニールセンと恐れられた冒険者、先ほどまでの穏やかな物腰はどこへやら、一瞬で喉元に刃を突き付けられたかのような殺気をぶつけてきた。


「いやいやないない!!さすがに弟子入りなんて話、忘れたなんてことはない!――ていうかとっくに弟子にしたものとばかり……」


 そう言いながら、盗賊だったころの分も含めてニールセンとのやり取りを思い返してみる。


 ……あれ?どこにも正式に弟子入りの話を言葉にした記憶がないぞ?


 そもそもニールセンと直接会話した機会が驚くほど少なく、よくよく思い返す必要もないほどそんな事実がなかったと言い切れた。言いきれてしまった。


「あは、あははははは、……申し訳ない!!この通りだ!!」


 一説によると、最大限の謝罪の表れであるこの姿勢は、人によっては一種の暴力であり、逆に失礼にあたることもあるらしい。しかし、翻って謝罪する方の立場に立ってみると、これ以外に誠意の表し方が見つからないというのも実に納得できた。


 まあ、有体に言うと土下座していた。


「タ、タケト殿!?どうか頭を上げてください!そのようなことをしてもらうために来たのではありません!」


「どうか、どうかわたくしめの弟子になってはいただけないでしょうか!?」


「何を言っているのですか!?これでは師弟の立場があべこべです!礼を尽くすべきはこちらの方なのですよ!」


 特定の人間以外は滅多に近づくことのない俺の自宅兼工房なのでこの不毛なやり取りがしばらく続くと思われたのだが、その数少ない例外の人物、俺の従者を自任するラキアが現れたのはそれからすぐのことだった。


「ご主人様ー……って、なんでニールセン殿と向かい合って土下座しているのだ?」


「い、いや、ちょっと、な。ははは……」


「そ、そうですな。大したことではないのですがな……」


 さすがにこの姿を他人に見せ続けるのも恥ずかしいので、微妙な空気のままどちらからでもなく立ち上がった俺とニールセン。


「……むう、なんだかよくわからないが、秘密の香りがするぞ」


「そ、それよりこんな時間にどうした?朝食の時間には早すぎるだろう?」


 そう、ごまかしも兼ねてラキアに尋ねる。

 実際、まだようやく日が昇り始めたばかりで、ラキアが俺のところに来るいつもの時間からは早すぎるのは確かだった。


「うむ、この時間はご飯前の腹ごなしを兼ねて毎日その辺を走り回っているのだがな」


「俺が言えた義理じゃないが、元気すぎだろ。俺でも早朝にそこまでハードな運動はしねえよ」


「褒めてくれてありがとう!」


 褒めてねえよ、とは口に出さなかった。


「それでだ、今日もそんな感じでご主人様の家の近くを通りかかったのだが、妙なところで複数の人影を見つけてな、気づかれないように後をつけたのだ。するとその影たちはそこの竹林に入って行ってな」


「へえ、それはまた馬鹿なことをしたもんだ」


 普通なら、すわ侵入者か、と警戒するところなのかもしれないが、俺の家の周辺に限っては相手が軍隊でもない限りその心配はない。


 なぜなら、


「うむ、ご主人様の予想通、り全員が仕掛けに引っかかって中で宙づりになっている」


 さて、ここで竹細工とは別の、俺の日課を説明しておこう。


 まあ、ここまで言えば説明の必要もなさそうだが、俺の家の周りには竹林が広がっている。

 現在、グノワルドでも辺境の地にあるコルリ村はニールセンのおかげもあってそれなりに魔物対策が進んでいて、村に近づく前に追い払う、または狩る体制が整っている。


 だが、俺の家はその警備の範囲外にあり、いつ魔物が襲ってきてもおかしくない立地環境にある。

 まあ、常在戦場の心を忘れないためにあえてここに居を構えたわけだが。


 とはいえ、何の対策も講じていないわけではない。

 村の者には近寄らないようにマーシュなどを通じてそれとなく言ってある竹林には、俺が一人でコツコツと仕掛け続けた竹製の罠が所狭しと設置されている。

 その位置を知っているのは、俺と唯一の従者であるラキアの二人のみ。

 ん?もう一人従者がいた気がするが……気のせいだな。


 余談だが、罠にかかった魔物はラキアが毎日見回ってとどめを刺して回収、罠を仕掛け直してから村へ戻り、素材や食料として村を潤している。

 俺自身も、時々マーシュの家の食卓に並ぶ魔物の肉を頂くことで恩恵に預かっている。


 そんな無数の罠に、ラキアの言う不審者がまんまと引っかかったらしい。


「どこのどいつか知らないが、魔物と違って放置しておくと何かと面倒そうだ。ラキア、その場所まで案内してくれ」


「わかった!」


「不審者とあれば、座して待つわけにはいきません。ご一緒させてください」


 俺の言葉に頷いたラキアと、同行を申し出たニールセン。

 ちょっと戦力過剰かなと思いつつ、まあ人手が有りすぎて困ることもないかと俺は頷くと、家の前に立てかけてあった竹槍を無造作につかむと、ラキアの後を歩き始めた。






「お前ら……気は確かか?はぁ、よりにもよって……」


 ラキアの案内によって最短ルート(直進ルートではない)で竹林を進み、問題の人影と対面した俺達。

 だがその顔を見た途端、予想外ではあったが毎日のように見るよく知った顔だったため、俺の体は急激な脱力感に襲われた。


「「「「へへへ、いやあ、面目ない」」」」


 そう言って謝罪してきたのは、コルリ村の住人の中でもシューデルガンドへの旅で特に俺と関係が深くなったJ四人組だった。


「……こんな奇妙な行動、お前らが自分で考えて実行するわけないよな。となると――」


 俺は罠に引っかかって宙づりになっていた、最後にして五人目の男、マーカスに目を向けた。


「な、なんだ、ここは別にお前の土地ってわけじゃねえだろ、俺が入ったって何の問題もねえはずだぜ!」


「なんだその口の利き方は!貴様は礼儀というものを知らんのか!?」


 ここには入らない方がいいということくらいマーカスも知っていたはずなので、ちょっと一言言ってやろうとは思ったが、ここまで上から目線で言ってやろうと思ったわけじゃない。


 驚いたことに、そんな俺よりもきつい口調でマーカスを叱ったのは隣にいるニールセンだった。


「お、俺はただニールセン先生が心配で……」


「だからと言って不用心に立ち入り区域に入る奴があるか!それに私は弟子は取らんと言ったはずだぞ!」


 そのやり取りを見て、ニールセンの用件とやらに朧気ながら察しがついた。

 俺に弟子入りしたいと言っているのに自分が弟子をとれば、それは師匠への反逆行為と見做されてもおかしくない。

 普段は温厚なニールセンが頑なに拒否してはいたものの、やはり心苦しかったんだろう。

 それで、非礼を承知でこんな朝早くに俺を訪ねてきたというわけか。


「先生がそこまで言うなら、俺がこいつをぶっ飛ばせば何の問題もないだろう!今度は油断してやらねえから覚悟しやがれ!」


 そんなことを考えているうちにさらに話がこじれたようで、マーカスはわけの分からないことを言い出し始めた。


 ……いやマーカスよ、そういう威勢のいいセリフは、せめて間抜けすぎる宙づりの状態から解放されてから言ってくれないと、こっちも困るんだ。


 とはいえ、相手がどんな状態だろうが一度勝負を申し込まれたら受けないという考え方は、竹田無双流には存在しない。

 というわけで、今度は気を失う余裕を与えることなくボコボコにしてやろうかと思ったその時、考え込むようなポーズをしていたニールセンが言い出した。


「……仕方ありませんな。タケト殿、一つお手合わせをお願いいただけませんか?」


「ああ、どうやらマーカスはこの間のお仕置き程度じゃ堪えなかったらしいから、今度は観念するまで徹底的にやってやるさ」


「いえ、やり方はその通りで構わないのですが、相手は私でお願いしたい」


「……おい、本気か?」


「よろしくお願いします」


 くどいようだが、俺は一度勝負を申し込まれた以上、自分から断ることはないし手加減もしない。

 それが例え意図の見えない唐突な申し出でも、今や村に欠かせない戦力となっているニールセン相手だとしても。


「わかった。なら今すぐここで」


「承知」


 俺は手にしていた竹槍を、ニールセンは腰の剣を音もなく抜く。


 こうして、一別以来の、蒼刃のニールセンとの再びの真剣勝負の幕が切って落とされたのだった。

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