第74話 後始末の一部始終を見た


 それから二日後の朝、俺の体は自宅兼工房の寝床にあった。

 未だに痛む体の節々に顔を顰めながら、俺は黒竜との戦いを思い起こしていた。






 結局決着がついたのは、黒竜の右翼を破壊してからほぼ半日後、その巨体に五十本目の竹槍を生やしたところで幕を閉じた。


「んん、ふぁあ~~~あ、やっと終わったか、存外時間がかかったではないか、主殿よ」


「アホか!竹田無双流にはクマと戦う術はあっても、ドラゴンなんてファンタジーな化け物と戦うとか想定外なんだよ!」


 遠くの方で寝転がりながら戦いの様子を観戦していた黒曜にそう怒鳴りつけた俺だが、爺ちゃんならあるいは……なんて考えが頭をよぎってしまい、ドラゴンの死体の上で汗一つかかずに高笑いしている人型の化け物の姿を想像してしまった。


 ……駄目だ、爺ちゃんならリアルにやりそうで全然笑えない。


 そんなどうでもいいことを黒竜との戦いという長丁場から解放された反動で考えていると、寝転がっていたパンダが話を振ってきた。


「時に主殿よ、そいつは一体どうするつもりなのだ?」


「どうって、このまま放置しちゃまずいのか?」


「ふむ、……なるほど、そういう考え方もあるのか。いやまさか、これを放置するという言葉が人族から出るとはな」


「なんだよ、含みのあるような言い方しやがって。どうせ俺は異世界出身の世間知らずだよ」


「そう拗ねるでない、これでも褒めておるのだ。確かに自然の摂理に任すという意味では、主殿の考えは至極真っ当なものだ」


「……まるで人族の論理は違うみたいな言い方だな」


 休憩する余裕など一切ない長丁場の戦いだったので、疲労以上に喉の渇きを覚えていた俺は、会話中と思いつつも背負い籠から竹筒を取り出して中のお茶を一気にあおった。


「当然であろう、それだけのドラゴンの素材があれば精鋭騎士百人分の最高級の装備が作れるだろうし、金に換えたとしたら大国の爵位くらいなら余裕で買えるであろうな」


「ぶふっ!?」


 一気にあおったのがまずかった。

 想像をはるかに超えた黒曜の返答に、せっかくの竹の葉茶を盛大に噴き出す結果になってしまった。


「なんだそりゃ!?」


「いやいや主殿よ、たとえゴブリン程度であろうと魔物の素材となればそれなりに使い道があることくらい知っておろうが。それならこの黒竜の全身が一体どれほどの価値と人族が考えるのか、ある程度の予測はつくはずであろう。さすがに世間知らずでは通らんぞ」


「む、確かに……」


 こればかりは黒曜の言葉に頷かざるを得なかった。


「だがなー……これを持って帰るのは無理だろ」


「別にそれくらいなら我が手伝ってもよいぞ」


「マジか!?……いや、確かに輸送方法も問題なんだが、それ以前に持って帰ったところでどうやっても説明するんだ?さすがに言い繕えないぞ」


「言い繕う?せいぜいこれを見た村の者たちが主殿をドラゴンバスターの英雄として祭り上げるだけだろう?それくらい構わんではないか」


「構うわ!!全然構うわ!!なんだよドラゴンバスターの英雄って!?そんなもんになった日には即戦争に駆り出されるわ!!俺は平凡な暮らしがしたいんだよ!!」


「なんと、それだけの力を持ちながら何とも強欲な主殿なことよ」


 うん?

 今こいつ、変なことを言わなかったか?


 ……いや、まずはこのパンダを説得する方が先だ。


「第一黒曜、そんなことになったらお前だって困るんじゃないのか?」


「困る?この我が?ははは、主殿、冗談にしてはあまりうまくないな」


 ……こいつ、そもそも俺を黒竜と戦うように仕向けたくせに完全に他人事のような顔してやがる。

 いい機会だ、ここはひとつ俺の敷地の居候という身分を思い出してもらうとするか。


「そうか、困らないと言うんなら仕方ないな。別に俺がドラゴンバスターに祭り上げられてコルリ村から出ていく羽目になっても困らないんだよな?」


「それのどこに我が困ることがあるというのだ?」


「そうだよな。別にその結果、季節ごとに微妙に味の違う竹の葉茶や、これから試行錯誤しようと思っていたタケノコ料理が食べられなくなっても、神獣様は一向に困らないよな?」


「うむ困らぬな困らぬが仮にも主殿が困るというのならしもべとしてはできる限り助ける義理はあるなうんここはひとつ主殿のために一肌脱ぐとしようかさあ主様なんでも我に命令するがいい」


 誤植ではない。

 繰り返す、これは誤植ではない。


 一見表情に変わりのないように見える黒曜だったが(そもそもパンダの表情なんてわからんのだが)、一切の息継ぎなしで述べた長口上こそが、大いに動揺している何よりの証拠だった。


 さて、これで黒曜との秘密厳守の約束を取り付けたわけだが、この巨大な黒竜の死体、さてどうしたものか。


「話を戻すけどな、このまま放置って案はなしなのか?」


「うむ、こちらも話を繰り返すが、自然の摂理という点ではそれもよいだろう。だがその結果、周囲の環境に多大な被害が出る恐れがある」


「……おいおい、せっかく脅威を取り除いたってのにこの上まだ何か起こるのか?」


「確かに主殿の奮闘で物言わぬ体となった黒竜だが、依然その体中に強大な魔力が残ったままだ。このまま放置すれば、周囲が強力な魔力に浸食されて一種の魔境と化すか、もしくは体内に蓄えられた重力制御の力が暴走して、文字通り大地が割れる恐れがある。さすがに大陸そのものが割れるまでは行かずとも巨大な絶壁のおかげで国境線が書き換えられるくらいのことにはなるであろうな」


「だ、大惨事じゃねえか……」


「まだある、というよりこれが最も可能性が高く、最も危惧すべき事態だ。要は我が発見したように、他の魔物、魔獣、魔族といった類が黒竜の魔力を自身の体に取り込むために四方八方からやってくることになる」


 淡々と話す黒曜だったが、要はここに集まってくる者たちの途中にある町や村がもれなく被害に遭うと言っているわけだ。

 さらそれらがここに集まってからは、それらの強者たちによる黒竜の死体をめぐるバトルロイヤルが起きるのだ。正直、その影響がどれほどのものになるかは想像したくもない。


「一応聞いとくけど、ここって魔族の領域か?それとも――」


「主殿の察している通り、ここは人族の領域、もっと分かりやすく言うとグノワルド王国の南部のとある草原だ」


 ということは魔物、魔獣はともかく、ここに大量の魔族が現れた日には即戦争勃発ということか……


 なおさら放置なんてできねえじゃねえか!?


「となると、やっぱ形の残らない方法で処理するしかないか」


 とはいえこれだけの巨体、しかも大量の魔力を含んでいるとなると厄介なこと極まりない。


 一応背負い籠の中には、例の火柱を上げる竹炭がいくつか入っているが、下手をすると辺り一面を火の海にしかねないので、こいつは最後の、そのまた最後の手段にしたい。


 どうしたもんかとうんうん唸っていると、いつの間にかに隣まで歩いてきたパンダが声をかけてきた。


「本当に主殿が黒竜の素材が要らぬというのであれば、我が処分してやってもよいぞ」


「本当か!?すぐやってくれ!」


 さて、ここで俺から、よいこのみんなに一つ忠告だ。

 人の提案には考えなしにすぐに飛びつかず、時間の許す限りじっくり考え、時に相手に質問しながら答えを出そう。

 そうしないと俺のような目に遭っちゃうかもしれないよ?


「ぐけ」


 カエルの鳴き声のような、とても人の声とは思えない音だったが、何を隠そう、全身がピクリとも動かなくなった俺の声帯から発せられた苦悶の声だ。


「では主殿、しばしこの場から離れていてもらおう。さすがにこれだけの大仕事、巻き込まれたら主殿の体を粉砕では済まぬからな」


 来た時と同じように全身を黒曜の重力制御で固定された俺は、宙に浮かんだ状態で新幹線張りのスピードで後退させられた。


「ふむ、とはいえ主殿に我の仕事を見てもらわねば成果として認めてもらえんかもしれんな。……これでどうだ?」


「ぐけけ」


 繰り返すが、場所を移動したからカエルの鳴き声が聞こえたのではない。

 これは、急に視界が変わって黒曜と黒竜の死体が近くに見えるようになったことへの俺の驚きの声だ。


「重力制御で空間を捻じ曲げて作ったレンズだ。人体に影響のない弱い力だから、安心してそこで見ているがいい。では行くぞ」


 グワン


 今度は声でも音でもない。

 これだけ離れているのにそんな擬音が聞こえてきそうなほど黒曜の周囲の空間が歪んだのだ。

 よく見ると歪みは等間隔の波となって一点に向かっているのが分かった。


「ん?あの黒竜あんなに小さかったか?」


 思わず独り言をつぶやいてしまったが、さっきまで死闘を繰り広げていた相手だ、そんな見間違いをするはずはない。

 その疑問の答えはすぐに出た。

 小さくなっていたと思えた黒竜の背骨が、突然大きく不自然に曲がったのだ。


「圧縮――」


 その力ある一言を証明するように、黒竜の体は次々と全身をひしゃげさせ、やがて一つの黒い球体となった。

 途中、赤黒い液体が体の外に漏れだすのも見えたが、一滴も飛び散ることなく球体の中に納まっていく。


 キュウウウウウウウウウン


 黒曜の力による圧縮はまだ終わらない。

 あの中で何が起こっているのかさっぱりわからないが、完全に黒竜の死体を潰し切ったと思えた球体は速度こそゆっくりとしたものだったが、確実にその直径を縮めていくのが重力レンズ越しに分かった。


 それからどれくらいの時が立っただろうか、かつて黒竜だった球体は今やピンボールほどのサイズにまで縮まり、縮小も収まっているように見えた。


「このくらいか」


 そう独り言ちた黒曜は大きく口を開けると、小さくなった球体を宙に浮かせたまま重力制御で口元に引き寄せてそのまま食べてしまった。


「……」


 当然というかなんというか、その一部始終を見ていた俺はというと、絶句の一言だった。

 あの巨体があそこまで小さくなるのは物理的にあり得ないからおそらく魔法的な作用が働いているんだろうとか、膨大な魔力を秘めているらしい黒竜の死体を圧縮したとはいえそのまま体内に取り込んで大丈夫なのかとか、そういう理屈っぽいことも次々と頭をよぎってはいたのだが、そんな諸々がどうでもよくなるほど黒曜がやったことのインパクトはすごかった。


「……それ、食べてしまって大丈夫なのか?」


「ん?ああ、時々我に挑んでくる愚かな魔獣をこうやって食しているが、これまで特に問題はなかったな。今回はなかなかの大物だったが、そのうち消化されるだろう」


「しょ、消化か……」


「主殿は真似せぬ方がいいぞ。人族の脆弱な体で消化しきれないという問題でもあるが、今回の黒竜ほどの魔力量になると、一種の魔力爆弾を腹の中に入れることになる。そんなものを消化しきれずに抱えたままでは、何かの拍子にドカン、なんてことになりかねぬからな」


「なりかねねえよ。何がどうなったら俺が黒竜の死体を丸呑みする未来がやってくるんだよ?」


「だからこう、重力制御を駆使して――」


「駆使しねえよ!!お前の他にどこにあんな出鱈目な真似ができるバケモノがいるんだよ!?」


 一度目は何とか冷静に返してみたが、二度目はダメだった。普通に怒鳴っている俺がいた。


「まあ似たようなことができる魔獣なら、あと三体は知っているのだがな。主殿も既知の白いの、あとは赤いの、青いの、ほら三体いただろう?」


「ちくしょう!!ほんとにいるのかよ!?」


「そんなことよりも、用は済んだのだから早く帰って我に茶を淹れてくれ。最近、一日一杯は飲まぬと気が休まらぬのだ」


「……そういうのをなんていうか知ってるか?カフェイン中毒って言うんだよ……」


 これまでほとんど他人と関わることがなかったと見えるパンダの姿をしたマイペースすぎる神獣に突っ込む気力をなくした俺は、コルリ村に帰るためにはまた気絶しなきゃならんのかとうんざりしながら、とぼとぼと歩きだすのだった。

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